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トゥリーナ:幻想的舞曲集

井上 雅貴(ヴィオラ)

1.スペインと音楽
 スペインの音楽と聞いて、皆さんは何を思い浮かべるだろうか。大半の人は、クラシック音楽ではなく、フラメンコを思い浮かべるのではなかろうか。確かにスペインには、ドイツやイタリアに比べ、バロックやオペラのような典型的なクラシック音楽は少ないかもしれない。しかし、ここには他国にはない混沌とした歴史があり、その地理的な事情も合わさって、数え切れないほどの民族音楽が存在する。フラメンコはその一つに過ぎず、中にはバグパイプを使う地域もあるくらいである。
 スペインは地理的には、ユーラシア大陸の西端に突き出たイベリア半島に位置し、北にはピレネー山脈が、南にはジブラルタル海峡がある。南北からの文化の流入によって独自の文化が形成されつつ、大西洋からは対外的に文化を輸出することが可能だったと考えられる。
 また歴史的には、イベリア族やケルト族の流入によりその土地の歴史が始まったと言える。バグパイプを使う地域があるのは、このケルト族の影響である。その後、ローマ帝国や西ゴート王国による支配だけでなく、イスラム勢力であるウマイヤ朝による征服もあった。多くの植民地を持つ大国を経験したかと思えば、アルマダの海戦をはじめとする数々の対外戦争による国力の衰退、そしてウエストファリア条約でのオランダ独立などによる国際的な地位の低下も経験した。このような、イベリア半島で多くの民族・宗教が入り乱れた歴史と、スペイン帝国の栄枯盛衰の歴史は、スペインの民族音楽と世界のラテン音楽を作るのに貢献してきた。と同時に、その経緯があったからこそ、たとえスペインがドイツやオーストリアのようなクラシック音楽大国でなくとも、民族音楽が国民楽派として変容した時、それはとてつもない勢いを持つことになり、聞き手もそのエネルギーを感じることを禁じ得ないと言える。


2.トゥリーナについて
 19世紀のスペインでは、王位継承をきっかけとした3回に及ぶカルリスタ戦争を始め、無数の暴動が発生した。他のヨーロッパ諸国が栄えつつある間に、不安定な状態が続いたわけである。それに伴い、芸術の発展も遅れをとっていた。
 そんな中、1882年にトゥリーナは生まれた。場所はセビーリャという、アンダルシアの中心都市である。彼はマドリードで学ぶ時期もあったが、1905年には学習の場を国外に移した。スコラ・カントルムという音楽学校があるパリの街である。そこで彼は作曲やピアノを学びつつ、デュカスやドビュッシーなどのフランス人作曲家とも出会っていった。しかし、1907年10月の演奏会において、彼は人生を変える出会いをする。イサーク・アルベニスという作曲家との出会いである。トゥリーナとアルベニスは、ファリャを含めて3人で話す機会があったようだが、ここで注目すべきは、3人全員がスペイン人であったという事実である。アルベニスが語るヨーロッパの音楽観に感化されたトゥリーナは、「ヨーロッパを見据えたスペイン音楽」を書いていこうと意を決するのである。そして彼はパリにいるうちから、スペインを題材にした作品を発表していった。1913年にスコラ・カントルムを卒業すると、第一次世界大戦もきっかけとなって、彼は翌年スペインに帰国した。それから数年経った1919年に書かれた曲が、今回演奏する「幻想的舞曲集」である。彼のスペイン音楽への決意を反映するかのように、スペインの民族音楽をふんだんに活かした作品となっている。
 その後トゥリーナは、スペイン内戦により音楽活動を縮小したり、独裁政権の下で活動をしたりしたこともあった。しかし彼は確かに、セビーリャ人としてスペイン独自の音楽を大切にし、その発展に貢献したのである。


3.Danzas fantásticas 幻想的舞曲集Op.22
 この曲は、まずピアノ曲として、しばらくのちに管弦楽曲として書かれた。各楽章のスコアには、とある小説から取られた文言が題辞として書かれている。ただしそれらの文言は、楽章の元のイメージになっているだけで、小説と曲に内容面での関連はないようである。むしろ、各楽章で全く異なる雰囲気を醸し出すそれぞれの民族音楽の方が、より重要だと思われる。


第1楽章 Exaltación 高揚
 曲は静かに始まるが、注目すべきは途中から現れる3/8拍子である。これはピレネー山脈の南側に広がるアラゴン地方のホタという民族舞踊であり、この曲ではチェロとティンパニによってレとラが交互に鳴らされる中、木管楽器により旋律が奏でられる 。(譜例1)

 
譜例1


 譜例の1小節目や5小節目では、「レーシーラー」と降りずに、「レーシドシラー」となっているが、これは歌唱でいうところのメリスマ(日本の「こぶし」に似た唱法)のような手法が現れているように思われる。単調な流れにつむじ風のような動きを付けることで味が出ており、スペインの民族舞踊によく見られるものである。
 ホタでは、特徴的な衣装を着た男女二人が一組になり、両手に持ったパリーリョス(スペイン民族舞踊で用いるカスタネットのこと)で軽い音を小気味よく立てながら、かかとやつま先で軽やかなステップを踏む(図)。地面から飛び跳ねつつ回る動きにも上品さが見られる踊りであり、楽しそうだ。

 
図: ホタの踊り


 参加する楽器が増えていくと気分が高ぶるが、数小節かけてcediendo(徐々に速度が緩くなる)すると、次に木管楽器やホルン、ヴァイオリン、ヴィオラにより、横向きの流れを持った旋律が出てくる。(譜例2)

 
譜例2


 楽章の後半に現れる同じリズムも、徐々に速度が緩んだのちに出てくる。その時はffで歌い上げられるためか、満を持して登場するように聞こえ、一気に視界が開ける。ニ長調の持つ、喜びを伴った明るい響きが溢れ出てくる。私はこの瞬間に、クラシック音楽とアラゴンのホタが融合するのを見る。


第2楽章 Ensueño 夢
 特徴的な5/8拍子のリズムを持つ、ソルツィーコというバスク地方の踊りが展開される。


第3楽章 Orgía 狂宴/饗宴
 迫力ある2拍子で前に進むフレーズが強いインパクトを持つ。一方で、落ち着きつつも楽しげな雰囲気が垣間見えるフレーズも聴き逃したくはない。そして全体を通して、ピアノ版より幾分か勇ましさが強調されているように聞こえる。文献により、ファルーカやカンテ・ホンド、パソ・ドブレなどの民族音楽の影響が様々に言及されているが、ここからも分かるように、それほどにスペインの民族音楽は多様性に富み、複雑だというわけである。なお、「狂宴/饗宴」という題とは裏腹に、トゥリーナによると本楽章は、「セビーリャのどこかの小さい家にあるごく普通の庭」での踊りのようである。


 さて、ここまで読まれた方は既にお気づきかもしれないが、この曲は民族音楽を存分に使っているとはいえ、スペインの音楽のほんの一部に過ぎない。この曲を聞いて、束の間のスペイン旅行を味わっていただきたいと思うと同時に、スペインに存在する数限りない民族音楽に興味を抱くきっかけとしていただければ、この上ない幸せである。


初演:1920年2月13日 Bartolomé Pérez Casas 指揮 Orquesta Filarmónica de Madrid (Teatro Price in Madrid)


楽器編成:フルート3 (3番はピッコロ持ち替え)、オーボエ2、コールアングレ、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、大太鼓、鐘、シンバル、太鼓、グロッケンシュピール、トライアングル、ハープ、弦五部


参考文献:
Downs, L., Spanish dances and the piano music of Albéniz, Granados, Falla, Turina, and Mompou. The University of Oklahoma. 2010.
Draayer, S. R., Art song composers of Spain: an encyclopedia. Scarecrow Press. 2009.
Marco, T., Spanish music in the twentieth century. Harvard University Press. 1993.
上原由記音/濱田滋郎『粋と情熱 スペイン・ピアノ作品への招待』ショパン 2004年
ギルバート・チェイス(館野清恵訳)『スペイン音楽史』全音楽譜出版社 1974年
濱田滋郎『スペイン音楽のたのしみ 音楽選書』音楽之友社 1982年
読売日本交響楽団ホームページ 交響詩 <幻想舞曲集>プログラムノート
“https://yomikyo.or.jp/pdf/book/orchestra-201609-01.pdf”
(最終閲覧日:2023年5月23日)
オレゴンシンフォニーホームページ プログラムノート
“https://www.orsymphony.org/concerts-tickets/program-notes/1819/pablo-villegas/#Turnina”(最終閲覧日:2023年5月23日)
Turina, Joaquín. Danzas fantásticas. Jordi Masó. Naxos: 8.557150 (CD), tracks1-3. Recorded 2003. Liner notes for Danzas fantásticas, 2-4.
Turina, Joaquín. Danzas fantásticas. BBC Philharmonic. Chandos: 10753 (CD), tracks1-3. Recorded 2011. Liner notes for Danzas fantásticas, 6-7.

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