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リヒャルト・シュトラウス:交響詩「死と変容」

黒住 康司 (フルート)

シュトラウスと交響詩
 「死と変容」は交響詩という音楽形式で書かれている。交響詩とは、ロマン派時代にリストが提唱した詩的なニュアンスを含む標題のある管弦楽曲である。
 ロマン派以前のベートーヴェン、ハイドンらの古典派の音楽を学んだシュトラウスが交響詩の作曲を始める動機となったのは、オーケストラの指揮を始めた20歳頃に出会ったワーグナーの革新的な音楽であった。表題を基にした濃密なストーリー展開や、交響曲に比べ短く聴きやすいことから忽ち人気を博すこととなった。
 シュトラウスは1888年の「ドン・ファン」を皮切りに1898年の「英雄の生涯」までの10年間で7つの交響詩を作曲している。
 「死と変容」は、彼が25歳の時に作曲した3作目の交響詩で、自身が指揮するオーケストラのヴァイオリン奏者であったアレクサンダー・リッターの作詩を題材にしている。


 ストーリーは大略次のようなものである。死の床にある病人が迫りくる死との戦いの中で、幸せな若き日を回想し生への強い執着を見せるが、ついには力尽き、追い求めた理想は実現することはなかった。しかし、死して魂となった今、まさに自分の理想とする世界を見つけ、天に召されるというものである。
 死との闘争、甘美な過去の回想、そして魂が天に召される神々しい情景が独特のリズムと色彩豊かな音色で展開する。若き天才作曲家の創造した約25分間のドラマティックな音絵巻を堪能していただきたい。


楽曲について
 序奏部はハ短調のLargoで第2ヴァイオリンとヴィオラの不規則なリズムで静かに始まる(譜例①)。死の床にいる病人の不安定で弱い脈拍のようだ。時折来るフルートの装飾音は痛みのようにも聞こえる。


 ハープの分散和音に乗って、フルートとクラリネットが幸せな思い出を回想しているかのような甘美な旋律(譜例②)を奏でると、オーボエも新たな回想の旋律を続ける(譜例③)。夢の中で人生の幸せな出来事を思い出して微笑んでいるかのようだ。


 穏やかな回想シーンから一転、ティンパニの一撃を合図に死との闘争が始まる。低弦と低音木管による重厚な上昇音階のフレーズは、病人を執拗に鞭打つようで痛々しい。
死との闘いの中で生への執着は強くなり、死に対する宣戦布告のような勇ましいテーマが全奏される(譜例④)。


 死との闘いが激しさを増し、青春時代の回想と絡み合いながら生への執着が頂点に達すると、雄叫びのようなテーマ(譜例⑤)が奏される。


 再び静寂が戻ると、速度を落とした回想シーンとなる。弦パートの三連符にフルート、ソロヴァイオリンが(譜例③)の旋律を重ね、 (譜例②)も交えながら幸せな場面が続き、次第に曲調は力強く情熱的に展開していく。
突然トロンボーンとティンパニが死との闘争の狼煙を上げると、若き日の回想、死との闘争が激しく絡み合いながら、生への執着が高まるが、次第にテンポが緩み再び現実引き戻される。
 その後、短い冒頭の序奏部に続き、再びティンパニの強打で最後の戦いが始まるが、病人に抗う力はほとんど残っておらず、間もなくドラ(タムタム)の重い一撃により最期の時が訪れる。
 長く苦しい死との闘いが終わり、魂が肉体から解放されると、天上からは一筋の光が現れる。ハ長調の清らかな明るい変容のテーマ(譜例⑤)が幾重にも奏されながら、光は大きく輝きを増していき、ついには全奏で頂点に達したのち、この上なく美しく幸福に満ちた響きの中、静かに終わる。


 1900年頃のドイツの平均寿命は50歳に届かない中、シュトラウスは2度の大戦をくぐり抜け、病弱であったとは到底思えぬ85歳という長寿を全うしている。
 筆者の推測ではあるが、この曲は生きる希望を見出し、自らを奮い立たせるために作曲したのではないだろうか。生きることは素晴らしい、そして死は決して恐ろしいことではないから安心しなさいとこの曲を通して言ってくれているような気がするのである。


初演:1890年6月21日 作曲者自身の指揮 アイゼナハ市立劇場
楽器編成:フルート3、オーボエ2、コールアングレ、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、タムタム、ハープ2、弦五部
参考文献:
『作曲家別 名曲解説ライブラリー9/R.シュトラウス』音楽之友社 1993年
江藤光紀『(総譜解説)死と変容』日本楽譜出版社 2019年

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