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プーランク:組曲「牝鹿」

門多 のぞみ(ヴァイオリン)

 本日のプログラムの中で、いわゆる王道の名曲にはさまれたこの作品。今回の演奏会で取り組むことになるまで、私は恥ずかしながら作曲家プーランクのことさえまともに知りませんでした。しかし先日ちょうど初合わせを終え、既に軽妙洒脱な本作品に愛着がわいています。あまり馴染みのない方も、拙文が演奏会をお楽しみいただく一助となれば幸いです。


フランシス・プーランク
 1899年、南仏・アヴェロン地方出身の敬虔なカトリック信者である父親と生粋のパリジェンヌの母親のもと、パリ都心部、8区のマドレーヌ地区に生まれました。裕福な家庭で幼少期から母親にピアノの手ほどきを受け、モーツァルトやドビュッシーを崇拝していました。プーランクは母親譲りのちゃきちゃきとした楽しい音楽と、父親譲りの真撃な宗教的な音楽を絶妙に操り続けた作曲家で、ウィットに富んだ軽妙な場面転換が特徴的です。和声的にはサン=サーンスやビゼーと比較してかなり凝ったエスプリの効いたもので、不協和音も不協和音に聞こえません。


演奏会用組曲「牝鹿」
 本作品は彼が初めて手がけたオーケストラ作品であり、後にプーランクの名声をより確固たるものにした作品と位置づけられています。
 1923年、ロシアで精力的に活動していたバレエ団「バレエ・リュス」の敏腕プロデューサー、セルゲイ・ディアギレフの依頼で作曲されました。結婚式を目前に控えた青年と妖精との、叙情的で幻想的なロマンティック・バレエ《ラ・シルフィード La Sylphide》の現代版、というのが依頼内容であったそうですが、本作品《牝鹿》の舞台は青いソファが1つ置かれただけの白く塗られた部屋、時期は暑い夏の午後。3人の若い男が16人の可愛い女の子達と無邪気に戯れているという他、明確なあらすじはありません。
 チャイコフスキーの『眠りの森の美女』のヴァリアシオン、ストラヴィンスキーの『プルチネルラ』や『マヴラ』の影響を受けたとされる一方、1920年代初頭のサロンにおける「優雅な宴」を再現したともされます。快活なメロディ、哀愁を帯びたロマンティックな旋律を凝った和声で軽妙にはぐらかす、という場面が幾度となくでてきます。


 本日演奏する組曲版は円熟期に入った1939年、プーランク自身がバレエ曲のうち数曲を抜粋し、演奏会用組曲として編曲したものです。私個人としては、あらすじがはっきりしない、また、視覚的なバレエの振り付けからも解放されているという点で、弾き手、聴き手それぞれの感性を自由に発揮して演奏を楽しんでよいのではないか、と解釈しています。


第1曲 Rondeau, Largo-Allegro
 短い序奏に続き、華やかで軽快なメロディがトランペット、ホルン、弦楽器へと受け継がれます。神秘的な和音で短調の部分をはさみながらも上手にはぐらかされ、あっという間に明るい曲調に戻り締め括られます。


第2曲Adagietto
 オーボエの憂愁をたたえたメロディに始まり、弦に受け継がれ、優しく歌われます。若者の悩みを象徴するかのような音楽は、部分的に吹奏楽のような響きに身を任せつつ、最後は静かにひっそりと終わります。


第3曲 Rag Mazurka, Moderato-Allegro molto
 名目通り、快活な踊りの曲調ではじまり、メンバー各々が騒がしく個性を主張しますが、時に涙をみせているか
のような情景が目に浮かびます。


第4曲 Andantino
 これまでとはうってかわった清楚な装いで、女子会が開催されている様子。人数が増え、騒いでいるところに男性らしいフレーズが入れ替わり立ち替わり顔を出します。


第5曲 Finale, Prest
 ここまでの総括となる色彩感のある音楽に加え、再び出てくるジャズ風のサウンド、快活なフィナーレをお楽しみ下さい。


初演:1924年1月6日、モナコ公国モンテカルロにて、ディアギレフ・バレエ団による(パリ初演は同年5月)


楽器編成:ピッコロ、フルート2、オーボエ2、コールアングレ、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット3(3rdファゴットはコントラファゴット持ち替え)、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、グロッケンシュピール、小太鼓(響き線あり)、小型小太鼓(響き線なし)、中太鼓(響き線なし)、合わせシンバル、吊りシンバル、大太鼓、トライアングル、タンブリン、ハープ、チェレスタ、弦5部


参考文献:
『標準音楽辞典』堀内久美雄 編 音楽之友社 2008年
『ラルース世界音楽事典』福武書店 1989年
『プーランクは語る 音楽家と詩人たち』
フランシス・プーランク、ステファヌ・オーデル編
(千葉文夫訳)筑摩書房 1994年
2020年9月 矢崎先生インタビュー(プーランク解説動画)

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