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ドヴォルザーク:序曲三部作『自然と人生と愛』

岡田 充子 (フルート)

 ドヴォルザークといえば交響曲第9番「新世界より」や弦楽四重奏曲「アメリカ」等が有名だが、彼が愛してやまなかったのは、故郷チェコの風景、そして民族であった。

 ドヴォルザークはプラハから少し離れた村で肉屋兼宿屋(食堂)の長男として生まれた。父も叔父も楽器を演奏し彼も幼い頃からヴァイオリンやヴィオラを始め、優れた才能を示した。そのまま肉屋を継ぐところを、ドイツ語(当時チェコはオーストリア=ハンガリー帝国の一部だったため商売をするにもドイツ語を話せることが必要だったが彼はチェコ語しかできなかった)と音楽を教えてくれた先生の強い勧めでプラハのオルガン学校に進学し、苦労の末音楽家の道に進むことができた。「モラヴィア二重唱曲」や、幼い我が子を続いて亡くした頃に作曲した「スターバト・マーテル(悲しみの聖母)」などで有名になり、次々に曲を発表して名声を確立していく。ブラームスに認められてウィーンに住むようにも言われたが、彼はチェコを離れようとはしなかった。

 妻の姉が嫁いだカウニツ伯爵の別荘がプラハから60キロ離れたヴィソカー村にあったが、彼は1885年に伯爵の持っていた近くの小さな家を買い取り、夏の家に改装した。

 ルサルカ荘と名付けられたこの家をドヴォルザークはこよなく愛し、半年以上を過ごすこともあったそうだ。周囲には美しい自然とのどかな田園風景が広がり、2階の書斎の窓からも素晴らしい眺めを楽しむことができた。森や池もある周囲を散策するのが彼の何よりの楽しみだった。                            

 ニューヨークの音楽院長にと招聘されアメリカに旅立つ直前の1891年の3月から1892年の1月までに「自然と人生と愛」は作曲されている。当初は序曲3部作の1つのまとまった作品として扱われたが、翌年出版されたときには独立した3つの序曲とされた。どの曲にも冒頭の「自然」のテーマが共通して登場し、チェコの民族音楽を思わせるメロディが出てきて、ドヴォルザークの故国の自然への愛と、民族の自立への思いが込められているようだ。

『自然の中で』ヘ長調〖自然〗

 最初にファゴットにより「自然のテーマ」が奏でられてどんどん広がっていき、豊かな自然の広がる美しい風景を表現している。ヴィソカーでドヴォルザークが早朝飼っていた鳩に餌をやってから村を通り抜け、森の中を散歩する様子が目に浮かぶようだ。

「謝肉祭」イ長調〖人生〗

 イースター前の肉食を控える期間の前に行うのが謝肉祭であり、チェコでも仮装パレード等各地で楽しいお祭りがある。肉断ちする前に盛大に肉をさばいて食べる、というのが起源なので、肉屋のマイスターの資格を持つ唯一の作曲家であるドヴォルザークにとっては、とりわけ印象深いお祭りだったに違いない。

 この曲はお祭りや村人の踊りを表すように華やかに始まる。のどかで田園風な中間部では「自然のテーマ」もゆったりと現れ、また最後はにぎやかに盛り上がって終わる。この曲は3曲中で最も頻繁に演奏されている。

「オセロ」嬰ヘ短調〖愛〗

 この曲はシェイクスピアの「オセロ」のストーリーに基づいて作曲されている。

 静かに始まり、第1主題はオセロを表し第2主題はデズデモーナを表している。ドヴォルザークはスコアに手書きで場面を書き込んでいた。曲の後半から「オセロの心の中に嫉妬と復讐の念が育ち始める」「オセロの怒りは頂点に達して彼女を殺す」。その少しあとで第2主題がフルートで演奏されるが、ここには「彼女は再び、そして最後に潔白を訴える」。「彼女は安らかに死ぬ」「取り返しのつかなくなったオセロは自分のしたことを後悔し始める。嫉妬の苦しみは薄らいでいく」そして木管の静かなアンサンブルで「彼は祈る」。「彼女に最後のキスをする」静かにティンパニがトレモロを始めるところで「自分のおぞましい行為を思い返す」。「自殺を決断する」「自殺する」。それぞれの場面を想像しながらお聞きください。

楽器編成:ピッコロ(謝肉祭のみ)、フルート2(オセロで一人はピッコロ持ち替え)、オーボエ2、コールアングレ、クラリネット2、バスクラリネット(自然の中でのみ)、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、テューバ、ハープ(自然の中で以外)、ティンパニ、シンバル、トライアングル(オセロ以外)、タンブリン(謝肉祭のみ)、大太鼓(オセロのみ)、弦五部

初演:1892年4月28日 (プラハ 芸術家の家にて)作曲者自身の指揮

参考文献:
REPERTOIREEXPLORER In der Natur
op.91 Othello op.93 Musikproduktion Hoflich 2008年(ポケットスコア)
New York Philharmonic Leon Levy Digital Archives (HP)
渡 鏡子 『スメタナ ドヴォルジャーク』 音楽之友社 1980年
黒沼ユリ子 『ドボルジャーク―その人と音楽・祖国』富山房インターナショナル 2018年

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