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シベリウス:交響曲第2番ニ長調

志村 努(トロンボーン)

【作曲家シベリウス】
 シベリウスを論じようとするとき、ともすると安易に「フィンランドの」という形容詞をつけてしまいがちである。確かに代表作は交響詩「フィンランディア」であるし、フィンランド人のアイデンティティーを支える民族的叙事詩「カレワラ」に題材をとった多くの曲と合わせてロシアの圧政に対抗するフィンランド人に勇気を与えたことは間違いない。しかしシベリウスは、フィンランドという枠を超えて、音楽史上の大作曲家たちと肩を並べる作品群を残した、ということを忘れてはならない。特に彼の7曲ある番号付きの交響曲(番号の無いクレルヴォ交響曲はあえてはずす)は「フィンランドの」という形容詞をつける必要のない、音楽そのものとしての傑作群である。純粋に音楽的な観点からは「フィンランディア」よりもむしろ7曲の交響曲の方を代表作というべきだろう。
 シベリウスは14歳から始めたヴァイオリン(その前にはピアノを習っている)と独学の作曲に非凡な才能を示し、音楽家をまっとうな職業とは認めない親族、特に母方の祖母らの反対を押し切る形で、一度入学したヘルシンキ大学理学部から創設間もないヘルシンキ音楽院に移籍している。(途中一度法学部を経ているが、形だけ。)シベリウスの才能は、入学当初からたちまち音楽院内の注目を集めるところとなるほどのものだったが、極度のあがり症のため、ヴァイオリンでは演奏会で実力を発揮できず、次第に作曲に力を入れていくこととなる。実は後にウィーンに留学した際に、そのあがり症のためもあり、ウィーンフィルのヴァイオリンのオーディションに落ち、それを機に完全に作曲に専念する決心をしたようだ。
 シベリウスは上述した「フィンランディア」や「カレワラ」関連の作品で、若くしてフィンランドでも注目される作曲家と認められており、作品も高い評価を受け、聴衆にも受け入れられていた。だが、家庭的には、激しい浪費癖、度を越した社交好き、過度の飲酒などの問題を抱えており、成功した作曲家としてそれなりの収入と周囲の援助もあったが、常に多額の借金を抱え、家計は火の車だったようだ。「芸のためなら女房も泣かす」を地で行っていたと言える。
 交響曲の作曲は比較的遅い時期に始まっており、第1交響曲の初演は1899年である。本日演奏する交
響曲第2番は、シベリウスの7曲の交響曲の中でも最も有名で演奏される機会も多い。比較的内省的な他6曲と比べて全体に親しみやすく、フィナーレでは豪華な大団円を迎え、カタルシスが味わえる、というところもその一因だろう。だが実は他の交響曲同様、2番にも様々な斬新な試みがちりばめられている。指揮の湯浅先生によれば「ドイツ流の伝統的な音楽理論ではアナリーゼ(楽曲解析)不能」なのだそうだ。と言っても曲を楽しむのにアナリーゼは不要だ。肩ひじ張らず自然に聴けば、特に違和感なくすんなり耳に心地よく入ってくる。


【作曲の経緯】
 この曲が作曲されたのは、1901年のイタリア滞在がきっかけとなっている。このイタリア行きを勧めたのは、シベリウスの崇拝者にして理解者、後には親友となるパトロン、カルペラン男爵という人物である。パトロンと言っても自身が資産家なのではなく、シベリウスのために金策に走り回ったというのが実態である。2人の交流はカルペランが「フィンランディア」の命名を提案したことがきっかけで始まった。1901年の2月から北イタリア、ジェノヴァの東25㎞ほどのリヴィエラ海岸沿いにある、ラパッロという小村で家族での滞在が始まった。カルペランの狙いは当たり、フィンランドとは全く異なる冬でも温暖な地で、次々と新たな曲の着想を得、着々とスケッチがたまっていった。途中家族を放置して単身ローマに逃げるという事件はあったものの、ローマでは、イタリアで書き溜められたスケッチがまとめられ、交響曲第2番として、全曲のおおよその形が出来上がった。その後家族と合流、5月に帰国してからはフィンランドでこの交響曲の仕上げに没頭
し、1902年1月に完成、3月にヘルシンキで自身の指揮で初演され、空前の大成功を収めることとなる。
時に寒々しいフィンランドの光景を連想させるような曲想が登場するこの曲が、温暖なリヴィエラ海岸で着想されたというのは、やや意外な感じがする。


【曲の構成】
・第1楽章
 やや速く

 曲は4分の6拍子。大きな2拍子ともとれる。まずは弦楽器のニ長調のミミ・ミミミ・ファファファ・ ソソソ(以後移動ド表記とする)というひそやかな動きで始まる。この2度進行は、第1楽章を通して現れるモチーフで、この後も何度かキメの箇所で現れる。続いて木管で提示される第1主題が前述の音符3つ単位の2度進行、ミ-レ-ド、ミ-レ-ドで始まる。少し進行すると弦楽器のピチカートで少し気分が変わり、木管主導の第2主題を導き出す。第2主題は長い伸ばしの音の後で音の動きの3回繰り返し、というパターンで始まる。第2主題部分は比較的緊張感が高く、何度か高まりと弛緩を繰り返す。ここで注意すべきは、この間フルートが何度か4分音符3つの合いの手を入れるのだが、2つ目の音は、2本が全音でぶつかっており、初めて聞くと音を間違ったかのような印象を受けるが、これで楽譜通り。提示部の最後、緊張感が徐々に冷めていく中で、冒頭のモチーフが何度か現われ、すっかり収まったところで、オーボエただ1本の第2主題で展開部が始まる。展開部では、提示部で登場したモチーフが第1、第2主題の間の経過部で現れた動きも含めて、文字通り展開されもつれあい、どんどん緊張感が高まっていく。ついには短調に変形された第1主題が第2主
題を導き、最高潮に達したところで弦楽器群の壮麗なサウンドが楽しめる。と、ここで、主導権は金管群に移る。交響曲の一番の盛り上がり部分を金管のみにここまで委ねる、というオーケストレーション非常に珍しい。盛り上がり感を残したまま、曲は再現部に入り、最後は冒頭のモチーフが繰り返されながら徐々に静まっていく。


・第2楽章
 歩く速度で、ただしテンポを揺らして - 歩く速度で、音を保って

 ティンパニのトレモロで曲は始まり、低弦のピチカートがしばらく続く。するとそれに乗ってファゴット2本のオクターブで第1主題が奏される。しばらくすると、オーボエとクラリネットが副主題を奏する。これらの主題は緊張感とともに高揚感を高まらせながら盛り上がり、最後は金管主導の頂点に達する。ホルンがとどめを刺して金管の盛り上がりが完全に収まると、静寂の中から弦楽器のひそやかな第2主題が始まる。徐々に木管が絡みながら弦主導で粘り強く盛り上がっていき、ある程度の盛り上がりを見せたところで、いったん収まる。ここから印象的なトランペットのソロが始まり、楽器間の呼応が繰り返され、徐々にフィンランディア前半と似た雰囲気の重苦しく劇的な盛り上がりを見せていく。最後は金管主導となり最高潮に達したところで興奮は一気に収まるが、再度一瞬金管が短く小さい叫びをあげる。この後、低弦がピチカートを始めると、ここからはだいぶ平穏な雰囲気となるが、そのまま再び弦楽器を中心に木管が彩を添えながら徐々に壮麗に盛り上がっていき、金管も加わった小さい頂点ののち徐々に落ち着いていく。この後は、木管と弦の断片的な短いフレーズの応酬があり、最後に、もう一度金管も含めた一瞬の盛り上がりを見せて静かに収束する。


・第3楽章
 非常に活発に - ゆっくりと滑らかに - 次の楽章に続けて演奏する

 まずは疾風のような非常に速いスケルツォが始まる。これが終わると、今度は一転してオーボエのソ
ロから始まる非常にゆったりしたトリオとなる。一度全オケで盛り上がったのち静まると、突然金管が冒頭のフレーズで乱入してくる。ここから再び非常に速いスケルツォで、ほとんど冒頭のリピートと言って良い。そしてすぐまたゆったりしたトリオに戻る。これまた1回目のリピートだが、次第に第4楽章のテーマの断片が現われ、ついには完全に第4楽章への推移となっていく。そして第4楽章冒頭の豪華・壮麗な第1主題へと盛り上げていく。盛り上がり切ったところが第4楽章の冒頭である。


・第4楽章
 フィナーレ、ほど良く速く - 遅すぎず速すぎず- 非常に幅広く

 2分の3拍子で、第1主題、2分音符単位のニ長調の「ド-レ-ミ、シ-ド-レ」というモチーフが弦楽によって華麗に提示されて第4楽章は始まる。しかしいくつかの展開の後、盛り上がりが一段落すると、曲は地下潜航とでも言うべき曲想に入り込んでしまう。この部分は弦楽器のうねるような短調の音階的動きが延々繰り返され、その上で木管が入れ替わりながら物悲しい旋律を奏でる。この繰り返しは最終的に長調に転調することで一気に空気を変え、金管が荘厳なモチーフを提示する。いったん落ち着くと、フルートに第4楽章冒頭のモチーフが静かに現れ、木管、低弦と受け渡され、さあ、このまま曲の最後に向かって徐々に盛り上がっていくのか、と思いきや、一転雲行きが怪しくなり、緊迫感が増したのち、予想に反して第4楽章の冒頭の再現に向かって盛り上がっていく。再現された第4楽章冒頭はいっそう豪華さを増している。しかしこれも長くは続かない。再び地下潜航となる。今回は繰り返しがより執拗だ。短調のうねる音階は木管にも展開され、これでもかと繰り返される。途中先ほどと違うパターンで一瞬長調に転調する気配を見せるが、それもすぐに元通り。おまけに、先ほど長調に転調したのと全く同じパターンが現われたところでも転調しない。短調のまま同じことが繰り返される。さらに同じパターンがもう一度現れて、「今度こそ転調か」と期待してもやはり転調しない。最後の最後についに転調を果たし、再び金管のファンファーレ風モチーフとなる。最後、
第4楽章冒頭のテーマが現われ、ついに最終的な大団円に向かっていく。最後はトランペットとトロンボーンが高らかにコラールを強奏して曲は終わる。


初演:1902年3月8日、作曲者自身の指揮によりヘルシンキにて。

楽器編成:フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ1、ティンパニ、弦五部

参考文献:
ひのまどか『シベリウス―アイノラ荘の音楽大使』(作曲家の物語シリーズ)リブリオ出版 1994年
ハンヌ=イラリ・ランピラ(舘野泉監修、稲垣美晴訳)『シベリウスの生涯』筑摩書房 1986年
音楽之友社編 作曲家別名曲解説ライブラリー18 北欧の巨匠 グリーグ/ニールセン/シベリウス 音楽之友社 1994年
神部智『シベリウス』(作曲家・人と作品シリーズ)音楽之友社 2017年

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