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ワーグナー/歌劇「ローエングリン」より 第1幕への前奏曲、第3幕への前奏曲

安田 俊之(チェロ)


 この歌劇が完成した1848年はワーグナーの生涯に おける重大な転機の始まりにあたります。この年の 2月にフランス・パリで起こった2月革命はドイツに も広がりました。ワーグナーもこの運動に加担したため、政府から追われ海外へ亡命することとなるのです。亡命生活は長期にわたりますが、その最初の 9年間を過ごしたスイスで彼は総合芸術論を展開し、 従来の歌劇を否定しました。これが以降の楽劇へと 展開されていくことになります。 「ローエングリン」は亡命前にドレスデンで完成したのですが、この亡命により初演は友人の作曲家 フランツ・リストの助力を得て実現することとなり ます。しかしその初演に亡命中のワーグナーは立ち合うことができませんでした。彼が自作の演奏を聴く(見る)ことができたのは初演から10年以上も過 ぎた1861年3月12日だったのです。


■歌劇「ローエングリン」のストーリー
舞台:ブラバント公国(現在のベルギーとオランダの一部)
主な登場人物:ローエングリン(白鳥騎士)、エル ザ(ブラバント公国先公の娘)、テルラムント(ブラバントの伯爵)、オルトルート(テルラムントの妻で妖女)、ハインリッヒ王(ブラバントに遠征に来たドイツ国王)、ゴットフリート(エルザの弟)


第1幕
 ドイツの藩国ブラバントに激励、募兵に来たドイツ・ハインリッヒ王に、土地の伯爵テルラムントが「先公の遺児エルザが王位継承権のある弟のゴットフリートを殺害した」と訴えます。審判のため呼び出されたエルザは「白鳥の騎士が自分を救いに来てくれる」と述べ、彼女の祈りに応えるように白鳥に引かれた小舟で美しい騎士(ローエングリン)が登場。騎士はエルザに対して「テルラムントと戦い勝てばエルザを妻にすること、そして自分の素性は一切尋ねないこと」を問いかけます。エルザがこれを受け入れたので、騎士はテルラムントと戦い勝ちます。しかしテルラムントの命は助けておきました。


第2幕
 テルラムントと妻オルトルートが夜の城庭で話しています。オルトルートは妖女(魔法使い)で、実はエルザの弟ゴットフリートを魔法で白鳥に変えていたのでした。オルトルートはテルラムントに騎士の身体の一部を切り落とすか、もしくはエルザに尋ねてはならない素性を問わせれば騎士を倒すことができると吹き込みます。さらにその場に現れたエルザにも騎士に対する疑念を植え付けるのです。やがて夜が明け人々が婚礼のために登場すると、テルラムントは素性不明の騎士との戦いは無効だと訴えますが、騎士は相手にせずエルザとの婚礼会場に向かいます。


第3幕
 華々しい前奏曲の後有名な婚礼の歌(結婚行進曲)。2人きりになった騎士とエルザ。しかしエルザはオルトルートに植え付けられた疑念に耐えきれず、ついに不問の誓いを破り騎士に素性を尋ねてしまいます。そこへテルラムントが乱入し騎士に切りかかりますが、エルザの差し出した剣により騎士はテルラムントを倒します。しかしすでに問いが発せられてしまったため、騎士は2人の幸せは終わったことを告げ、人々の前で自分が聖杯守護王パルジファルの息子・聖杯騎士ローエングリンであることを打ち明け、自分の秘密が破られた今モンサルヴァートの聖杯城へ帰らねばならぬことを告げるのでした。そして騎士を迎えに天空から白鳩が、水上に小舟を曳く白鳥が現れます。オルトルートは自分の計略が成功したと歓喜の声を上げますが、ローエングリンが祈りをささげると白鳥は一度水中にもぐ り美しい少年の姿となります。この少年こそがエルザの弟ゴットフリート。術を破られたオルトルートは地に倒れます。ローエングリンは白鳩に引かれた小舟で去り、残されたエルザは悲しみのあまりゴットフリートの腕の中で息絶えるのでした。


■音楽
 歌劇「ローエングリン」は、「さまよえるオランダ人(以下オランダ人)」「タンホイザー」から続くワーグナーのロマン歌劇の最後の、そして次の楽劇への転機にあたる作品です。従来の形式は残しながらも新しい要素が織り込まれた歌劇だと言えます。「タンホイザー」では残されていた独唱歌の番号形式は使われておらず、内容・構成的にも音楽と劇の融合が見られます。管弦楽についても「オランダ人」「タンホイザー」の2管編成から3管編成となり、同一楽器による和声の多彩化が図られました。新しい時代を予感させるこの歌劇は、前作「タンホイザー」とともにワーグナー作品の中でも広く親しまれる作品となっています。


第1幕への前奏曲
 Langsam(ゆったりと)の指示で始まるこの曲は聖杯をテーマとしています(聖杯=十字架で処刑されたキリストの血を受けたと伝えられる器)。木管と8パートに分かれたヴァイオリンが天上の和音 で呼応した後、ヴァイオリンによって聖杯の動機が奏されます(譜例1)。この動機は歌劇中でもローエングリンの登場や名乗りの場面で奏されます。ヴァイオリンのイ長調から木管のホ長調、中音楽器のイ長調を経てクレシェンドで高揚し、金管コラールで曲の頂点を迎えます。
 華やか且つ神々しい響きが収まるとヴァイオリン が美しくも気高い旋律を奏し音楽が静まり冒頭の和音、動機で静かに曲が終わります。天上の聖杯の輝きが人間の住む下界へ降り再び天上に戻っていく光景を表している、ワーグナー作品の中でも最も美しい音楽の1つではないでしょうか。
 実は聖杯自体はこの歌劇には登場せず、ワーグナーの最終楽劇「パルジファル」でその輝きとともに舞台に現れるのです。


第3幕への前奏曲
 Sehr lebhaft(とても快活に、生き生きとして)。 第1幕の前奏曲とは対照的に明るく始まるこの曲は、第3幕の婚礼への華やかな気分が感じられる音楽です。爆発的に歓喜を表す音楽のあと3連符のリズムに乗って中音楽器群が歓呼の音楽(譜例2)を堂々と奏します。中間部では愛らしく結婚式に華を添え るような音楽が木管、ヴァイオリンに奏でられ、その後再び歓喜の音楽となります。テューバ、コントラバスも加わって重厚な響きとなり、最後はト長調の和音で曲が終わります。歌劇ではこの前奏曲の最後の和音が徐々に静まり、有名な婚礼の合唱=結婚行進曲へと続くのです。


 ロマン歌劇の前2作「オランダ人」「タンホイザー」は女性が自分の命と引き換えに愛する主人公を救おうとする「救済」の内容ですが、この「ローエングリン」は逆に男性が女性を救いに来るも叶わず去っていくという内容です。表面的には女性(エルザ)がその愛ゆえに不問の誓いを破らずにいられなかったという悲劇ですが、実は男性(ローエングリン)もエルザとの愛に救いを求めるものの自身の神性ゆえ秘密保持を貫かねばならなかった(救済が叶わなかった)という悲劇も描かれていると言えるでしょう。このような悲劇作品ではありますが、その音楽には美しく幸福感に満ちたものが多数あり、例えば結婚行進曲が悲劇的内容にもかかわらず現在の結婚式でも演奏されるのは、その音楽ゆえではないでしょうか。
 ワーグナーはオペラを極めましたが、実はベートーヴェンを崇拝し交響曲的な世界観をオペラに取り込んだとも言えます。その功績は後に続く作曲家たちにも影響を与えました。特に交響曲分野ではブルックナーがワーグナーを尊敬しており、交響曲第 7番第2楽章には、偉大なる先輩作曲家への想いが込められています。詳しくはブルックナー交響曲第7 番曲目解説を参照下さい。
 今回は前奏曲2曲からワーグナー歌劇の世界を覗いて頂きましたが、新響が次回に取り上げる「トリスタンとイゾルデ」は第2幕全曲を中心にオペラを より深く知って頂ける演奏会となります。ご期待下さい。

(譜例準備中)


初演:(歌劇全曲) 1850年8月28日ワイマールにて フランツ・リスト指揮


楽器編成:(前奏曲) フルート3、オーボエ3(1幕は1本がコールアングレ)、クラリネット3(1幕は1本がバスクラリネット)、ファゴット3、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、 シンバル、トライアングル(3幕のみ)、タンブリン(3幕のみ)、 弦五部


参考文献:
高木卓(解説)『ワーグナー ローエングリン第一幕・第三幕への前奏曲』(ポケットスコア)全音楽譜出版社 2007年
バリー・ミリントン(三宅幸夫監訳、和泉香訳)『ワーグナー バイロイトの魔術師』悠書館 2013年
ヴァルター・ハンゼン(小林俊明訳)『図説ワーグナーの生涯』アルファベータブックス 2012年
マルティン・ゲック(岩井智子、岩井方男、北川千香子訳)『ワーグナー(上)』岩波書店 2013年
『ワーグナー歌劇“ローエングリン”全曲』(LPレコード 解説・渡辺譲)東芝EMI 1982年

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