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ラヴェル:組曲「マ・メール・ロワ」

大島功士(ヴァイオリン)


 マ・メール・ロワは、5曲からなる組曲で、17-18世紀の作家の童話を下敷きに子供向けの4手のピアノ連弾組曲として作曲された。最初の2曲、「眠りの森の美女」「おやゆび小僧」はシャルル・ぺロー(1628-1703)の童話集『マ・メール・ロワ(マザー・グース)』から、「パゴダの女王レドロネット」はドーノワ夫人(1650?-1705)の『緑のヘビ』から、「美女と野獣」はボーモン夫人(1711-1780)の童話集『子供の雑誌』から採られた。最後の「妖精の園」はラヴェルの創作である。
 このピアノ連弾組曲は、子供が演奏し親しみやすいように、形式を単純にしつつも表現を洗練させた作品となっており、ラヴェルが懇意にしていたゴデブスキー家の2人の子供、ジャンとミミーに献呈された。その約30年後にミミーは以下のように書いている。


 「女王レドロネットや美女と野獣、そして私のために創作してくれたかわいそうなねずみの冒険といった、わくわくするような物語をラヴェルは私を膝の上に乗せてよく聞かせてくれました。そんな彼のことを私は大好きでした。彼は私と兄のジャンのためにマ・メール・ロワを作曲してくれましたが、私も兄もそのありがたみがわかる年齢でもなく、むしろこれを演奏するのは大変だなと思っていました。ラヴェルはこの曲の初演を私たちに望んでピアノのレッスンをしてくれましたが、私は聴衆の面前で演奏することを考えるだけで体がこわばってしまいました。」


 結局、初演はパリ国立高等音楽院の学生であった11歳のジャンヌ・ルルーと14歳のジュヌヴィエーヴ・デュロニーに委ねられた(なお、ジャンヌ・ルルーはパリ国立高等音楽院の教授となった)。


 本日演奏するのは、このピアノ連弾組曲が作者自身によって管弦楽化されたものである。管弦楽化にあたって音の増強がほとんどなく、原曲に大変忠実な編曲となっている。ピアノ連弾組曲との聞き比べも興味深い(ピアノ連弾組曲には、アルゲリッチとプレトニョフによる演奏がある)。
 そもそも作曲は、その音楽にもっとも適した楽器のために行われるものであり、作者自身によって編曲が行われることは珍しい。編曲は、人気のある旋律を別の楽器によって演奏するために、作曲者以外によって行われるのが一般的である。ところがラヴェルの作品には「古風なメヌエット」、「亡き王女のためのパヴァーヌ」、そして「道化師の朝の歌」など、ピアノ曲を管弦楽曲に自身の手で編曲したものが少なくない。
 編曲によって原曲から大きく変化するものは音色である。音楽の本質が音色と響きに緊密に結びついている場合、編曲は難しく、原曲の良さが失われかねない。一方で、音色と響きが副次的な役割を果たし、音楽が旋律線と構造によって保たれている場合には、編曲による影響は少ない。ラヴェルの音楽は後者の性質を持っていると考えられる。
 なお「前奏曲」、「紡ぎ車の踊りと情景(Dance durouet e scéne)」、「間奏曲」を加えたバレエ版も作者によって編曲されている。


■眠りの森の美女のパヴァーヌ
(Pavane de la Belle au Bois dormant)
イ短調、遅く、4/4拍子

 わずか20小節の小曲。全音階を基調とした美しいメロディをフルートが奏でる(譜例1)。


■おやゆび小僧
(Petit Poucet)
ハ短調、ごく中庸な速度で

 きこりの7人の子供たちが、森に捨てられ途方にくれる様子が描かれている。頻繁に変化する拍子が子供たちが道に迷った様子を描く(譜例2)。ピアノ連弾組曲版に対してヴァイオリンとフルート、ピッコロによる鳥のさえずりが追加された(譜例3)。


■パゴダの女王レドロネット
(Laideronnette, Impératrice des Pagodes)
嬰ヘ長調、行進曲の速さで、2/4拍子

 パゴダとは一般的に仏塔という意味であるが、ここでは17-18世紀にドイツのマイセン窯などで作られた中国の神の坐像をモチーフにした磁器製の首振り人形を意味する。ピッコロによるにぎやかな旋律(譜例4)からはじまり、人形たちが歌い、楽器を演奏し始める様子が、東洋的な5音音階やチェレスタやグロッケンシュピール、タムタムなどで表現されたエキゾチックな楽器を用いて描かれている。


■美女と野獣の対話
(Les Entretiens de la Belle et de la Bête)
へ長調、中庸なワルツの速度で、3/4拍子
 意地悪な仙女によって野獣の姿に変えられた王子が心豊かな美女と出会い、元の姿に戻る様子が描かれている。クラリネットによる美女の主題(譜例5)がはじまり、やがてコントラファゴットによる野獣の主題(譜例6)が登場する。その後、美女の主題と野獣の主題が協奏される。この曲はサティの「ジムノペディ」へのオマージュだといわれている。


■妖精の園
(Le Jardin féerique)
ハ長調、ゆっくりと重々しく、3/4拍子
 弦楽器によるゆるやかな3拍子の美しい旋律からはじまり(譜例7)、それに続くチェレスタとソロ・ヴァイオリン、ソロ・ヴィオラによる旋律(譜例8)がたぐい稀な美しさを湛えている。そして終曲らしく華麗なフィナーレへと向かう。


作曲:ピアノ連弾組曲(1908-1910)、管弦楽編曲(1911)、バレエ版(1911-1912)

ピアノ連弾組曲初演:1910年 パリのカヴォー・ホールに於ける独立音楽協会第1回演奏会にて、ジャンヌ・ルルーとジュヌヴィエーヴ・デュロニーの演奏による
管弦楽編曲版初演:不明
バレエ版初演:1912年 パリのテアトル・デ・ザールにて、ガブリエル・グロヴルの指揮による


楽器編成:フルート2(2番はピッコロ持ち替え)、オーボエ、コールアングレ、クラリネット2、ファゴット2(2番
はコントラファゴット持ち替え)、ホルン2、ティンパニ、大太鼓、シンバル、タムタム、トライアングル、木琴、ジュ・ド・タンブル(グロッケンシュピール)、チェレスタ、ハープ、弦五部


参考文献
『Ravel』Roger Nichols著(Yale University Press)
『モリス・ラヴェル その生涯と作品』シュトゥッケンシュミット著、岩淵達治訳(音楽之友社)
『1001 Classical Recordings You Must Hear before You Die』Matthew Rye著(Cassell Illustrated)
『作曲家別名曲解説ライブラリー ラヴェル』音楽之友社編(音楽之友社)
『ミニチュアスコア マ・メール・ロア』(音楽之友社)
『美女と野獣』ボーモン夫人著、鈴木豊訳(角川文庫)
『完訳 ペロー童話集』ペロー著、新倉朗子訳(岩波文庫)

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