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ガーシュウィン:キューバ序曲

浦辺 靖子(打楽器)

■ガーシュウィンにとってキューバとは?
 皆さんはキューバという国にどのような印象をお持ちですか? バリバリの社会主義国家、カストロ、チェ・ゲバラ、野球、カリブ海。私が思い浮かべられるのはそんな程度ですが、ガーシュウィンにとってキューバとはどんな国だったのでしょうか。
 アメリカが禁酒法時代の1932年2月、ガーシュウィンはキューバで休暇を過ごしました。1930年代、首都ハバナから北西140キロにあるリゾート地バラデロにはアメリカ人富裕層の別荘が多く建てられました。1962年10月のキューバ危機以降、アメリカとキューバには国交がありませんが、現在もメキシコやカナダを経由してキューバへ行きバカンスを過ごすアメリカ人は多いようです。
 『キューバ序曲』の4年前、1928年に発表された『パリのアメリカ人』も、ガーシュウィンの代表作の一つです。『パリのアメリカ人』では、アメリカの旋律を用いて、パリの情景や、パリを訪れたアメリカ人(ガーシュウィン)の心情が描写されていますが、対して『キューバ序曲』では、キューバの旋律とリズムを用いており、キューバそのものを描写したような雰囲気に仕上がっています。どちらも名曲ですが、『パリのアメリカ人』では、アメリカとフランスとの違いをまざまざと見せつけられて戸惑うガーシュウィンが、『キューバ序曲』では、キューバ滞在を思いっきり楽しんでいるガーシュウィンが目に浮かびます。


■ルンバ
 ガーシュウィンはキューバでボンゴやクラベスなどの打楽器類を入手して持ち帰り、それらの打楽器類とキューバのリズムを用いてこの『キューバ序曲』を作曲しました。当初は『ルンバ』という曲名で発表し、のちに『キューバ序曲』に改題しました。

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キューバ序曲の自筆譜(表紙)


 『ルンバ』と言っても最近人気の自走式掃除機のことではありません。もっともあの掃除機の名前はルーム(Room)と音楽のルンバ(Rumba)を組み合わせた造語だそうで、全く関係無いわけではありません。ガーシュウィンは『キューバ序曲』でルンバのリズムをオーケストラに奏でさせることに成功しました。ガーシュウィンが用いたルンバは、奴隷としてアフリカからキューバへ連れてこられた人達の間で発生した音楽で、一方、現在の社交ダンスでのルンバは、そのキューバ発祥のルンバが他国の文化と混ざり合って洗練され発展した音楽であり、両者は雰囲気が少し異なります。


■管弦楽の可能性を広げた『キューバ序曲』
 この『キューバ序曲』をあまりご存知でない方は、曲が始まってすぐ、びっくりするかもしれません。「今日は新響の演奏会だよね? 私、間違って違う団体の演奏会の会場に来てしまったのかしら」。いえいえ、ご安心ください。今日は新響の演奏会ですよ。たまにはこんな曲も演奏するのです。およそ“クラシック音楽”とは言い難いような雰囲気の曲ですが、これでもれっきとした管弦楽曲なのです。使用している特殊楽器といえば、打楽器のボンゴ、クラベス、マラカス、ゴード(ギロという解釈もありますが本日はシェケレという楽器を使用します)だけで、それ以外はベートーヴェンやマーラーの曲で使用するのと同じ楽器です。
 ガーシュウィンは500曲もの歌曲(歌曲というよりも歌謡曲という表現のほうが適しているかもしれません)を書き残しています。管弦楽曲はわずか7曲です。“ポピュラー音楽とクラシック音楽の両方のジャンルで活躍した”とよく評されますが、そもそもポピュラー音楽とクラシック音楽の境界線がどこにあるのかについては、人によって解釈がまちまちです。『キューバ序曲』も、楽器編成で分類すれば管弦楽曲に分類されますが、使用しているリズムは明らかにポピュラー音楽のものです。どちらのジャンルか判断しにくいですが、明らかに管弦楽曲であることは確かです。普段、ベートーヴェンやマーラーといった“管弦楽曲のスタンダード”を楽しむ我々に、ガーシュウィンは「たまにはこんな曲もいいんじゃない?」という素敵な提案をしてくれました。ガーシュウィンの功績は、そこにあるのではないでしょうか。

 曲は3つの部分とコーダから成り、軽快なリズムで始まり、続いて、夜の静けさのような美しい中間部、そして再び軽快なリズム、最後に、全曲を通して活躍するキューバの打楽器類が一層盛り上げて、華やかに終わります。

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キューバ序曲で使用する特殊楽器。手前から時計回りにボンゴ、マラカス、クラベス、シェケレ


初  演:1932年8月、ニューヨーク、ルイゾーン・スタジアム


楽器編成:フルート3(3番はピッコロ持ち替え)、オーボエ2、コールアングレ、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、シロフォン、グロッケンシュピール、小太鼓、大太鼓、シンバル、クラベス、ゴード(シェケレ)、マラカス、ボンゴ、弦五部


参考文献
『大作曲家 ガーシュイン』ハンスペーター・クレルマン著 渋谷和邦訳(音楽之友社)

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