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ヒンデミット:ウェーバーの主題による交響的変容

常住裕一(ヴィオラ)

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 ヒンデミットは極めて多才な音楽家であり、作曲 家としてのみならず、指揮者、ヴィオラ奏者、音楽 理論家、教育者として精力的で幅広い活躍を行った 人である。通常のオーケストラに定席を持つほとん どの楽器のための独奏曲を残したことで、特に金管 楽器奏者にとっては非常にありがたい存在と思われ ているようだ。また、大学等で音楽を専攻した者が 必ずお世話になる「音楽家の基礎練習」~決して喜 ばしい内容ではない!~の著者であり、その他いく つかの重要な理論書を残した。極めて速いスピード で曲を書くことで知られており、生涯に600以上も の曲を残した。ヴィオラ奏者としては弦楽四重奏の 奏者、ソロ奏者として時代を代表するヴィルティオ ーゾであり、ヴィオラの独奏楽器としての価値を大 いに高めた。1929年にはウォルトンのヴィオラ協奏 曲を初演している。また、1956年にウィーンフィル ハーモニー管弦楽団が初来日した折の指揮者がヒン デミットであった。このように色々な顔を持つヒン デミットであるが、作曲家として見た場合、今日 我々が抱いているヒンデミット像は、どうしても 1950年代のトータルセリエリズムの隆盛を透かして 見てしまうため、「時代から取り残された作曲家」 というのが一般的な評価であろう。しかし第1次大 戦後から1950年頃までは、ヒンデミットは間違いな く時代の最先端を行き、ドイツ現代音楽を代表する 巨匠とみなされていた。

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     パウル・ヒンデミット(左端)と兵士の弦楽四重奏 第1次世界大戦中

生涯と音楽的変遷
 パウル・ヒンデミットは1895年11月16日、ドイツ のハーナウで生まれた。早くから楽器に対する卓越 した才能を示し、二十歳前にしてヴァイオリン、ヴ ィオラ、クラリネット、ピアノなどいくつかの楽器 の優れた演奏家であった。弦楽四重奏やオーケスト ラのヴァイオリン奏者として活躍し、のちにヴィオ ラやヴィオラ・ダモーレの名演奏家として広く知ら れるようになった。若い頃は先行する巨匠たち(ド ビュッシー、シェーンベルク、バルトーク、ストラ ヴィンスキーなど)の様式の影響を受け、ダダイス ティックで激しい表現主義的な力強い作品を書い た。そこには「狂気を振りかざす煽動家としての前 衛」を自負する若き作曲家としての気概が感じられ る。1923年頃から彼の音楽は転換期を迎え、和声的 な荒々しさを持った新バロック様式を完成し、当時 流行であった新古典主義の旗手の一人と目されるよ うになった。1927年にベルリンの音楽大学で作曲の 教授となり、音楽学生やアマチュア演奏家たちと接 触した経験から、理論書の執筆やアマチュアのため の作品を手がけるようになり、作品はより抒情的で、 耳に快い印象を与えるものになっていった。1930年 代のナチス台頭によりしだいに「退廃音楽」とみな されるようになり、フルトヴェングラーの擁護(有 名なヒンデミット事件)などもあったが、結局1938 年にスイスへ亡命し、さらに1940年にアメリカへ亡 命した。ちなみに代表作である交響曲「画家マティ ス」の初演を指揮したのがフルトヴェングラーであ った。「画家マティス」以降、ヒンデミットは自ら 作り上げた音楽語法の体系化を目指し膨大な数の曲 を書き続けたが、もはやその作品が興奮を生み出す ことは少なく、音楽史の背後に沈潜していくことと なる。1963年12月28日、膵臓病のためフランクフル トにて死去した。ヒンデミットの音楽はその独創性 にもかかわらず、あるいはそのためか、後の作曲家 たちに何ら重要な影響を与えなかった。しかし、そ の非の打ちどころのない完成された作曲技法と音楽 全般への情熱の大きさにより、20世紀の新古典主義 の理想に合った不朽の名作として独自の位置を確立 したといえる。

ウェーバーの主題による交響的変容
 この作品は交響曲「画家マティス」と並んでヒン デミットの作品の中では最もよく演奏される曲であ るが、音楽史や20世紀音楽の解説書などでは完全に 無視されている不思議な作品である。1943年にアメ リカで書かれ、老練な職人的技巧の見事さと、彼の 独自の和声理論(和声的勾配と呼ばれる)に基づく 協和音と不協和音の交差が印象的な曲である。
第1楽章
 主題はウェーバーの四手ピアノのための「8つの 小品」作品60の中の第4番「Allegro, tutto ben marcato」から採られている。全体の構成はほとん ど原曲に従って進行していくが、聴く印象としては 全く似ても似つかぬ音楽となっている。原曲の素朴 さは微塵も残っておらず、ヒンデミット独自の世界 がこれでもかと言わんばかりに展開される。構成の 極端な明確性、主要旋律の音楽形式への凝集、打楽 器の豊富な使用などである。和声的には長調と短調 の区別が曖昧で頻繁に転調を繰り返す独特の方法が 繰り広げられる。
第2楽章
 この楽章は特に印象深いもので、劇音楽「トゥー ランドット」作品37の中のスケルツォが主題となっ ている。巧みな対位法的処理と打楽器の効果的な使 用の目立つ楽章である。中間部では主題は当時流行 であったジャズ風のリズムを伴って変奏され、非常 に興味深い。ラヴェルやミヨーを思わせるミクスチ ュアや打楽器のみによるアンサンブルなどもみら れ、やりたい放題という感じである。
第3楽章
 緩徐楽章で、主題は四手のためのピアノ曲「6つ の小品」作品10の中の第2番「Andantino con moto, Marcia maestoso」から採られている。再現部での フルートの細かいオブリガードが印象的である。
第4楽章
 主題は四手のためのピアノ曲「8つの小品」作品 60の第7曲「Marcia maestoso」から採ったもので ある。原曲はやや重々しい感じの行進曲であるが、 ここでは華やかで輝かしい響きへと変えられてお り、爽快な疾走感溢れる楽章となっている。

参考文献
『最新名曲解説全集第7巻』音楽之友社
『ニューグローヴ世界音楽大辞典』より 講談社
『前衛音楽の漂流者たち』長木誠司 筑摩書房
『大作曲家の和声』ディーター・デ・ラ・モッテ(滝井敬子訳)シンフォニア

初  演:1945年1月20日アルトゥール・ロジンスキー指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック交響楽団
楽器編成:ピッコロ、フルート2、オーボエ2、コールアングレ、 クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット2、コ ントラファゴット、ホルン4、トランペット2、トロン ボーン3、テューバ、ティンパニ、小太鼓、テナード ラム、タムタム、タンブリン、トライアングル、小 ゴング、シンバル、小シンバル、鐘、鉄琴、弦5部
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