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芥川也寸志:チェロとオーケストラのためのコンチェルト・オスティナート

〈作曲者の言葉〉
 “コンチェルト・オスティナート”は、おそらく、現代にあってはきわめて古典的な風貌をそなえた、チェロのための協奏曲で、譜例1のような進行に固執したオスティナートを中心にして書かれている。
 F・メンデルスゾーンは、手紙のなかでこう書いている。〈……きっとあなたは私のことを、いつも不平をブツブツつぶやき続けている、バッソ・オスティナートのようだと思いはじめるに違いありません。そしてついには、うんざりしてしまうのでしょう。〉(Grove)
 オスティナートによる、不朽のシャコンヌや、パッサカリアを書いたJ・S・バッハの、深い理解者であった彼でさえ、オスティナートは〈うんざりする〉ような存在であった。ロマン派の作曲家たちに見はなされていたオスティナートは、I・ストラヴィンスキーを筆頭とする二十世紀の作曲家たちによって、一応、復活の場を与えられた。しかし、かってJ・S・バッハによって、たとえば〈パッサカリア、ハ短調〉において用いられたように、作曲家の論理を強め、完結させるための名誉あるオスティナートの地位は、いまだに回復されてはいない。現代にあって、私はオスティナートに、単なる修辞学的技法以上の意味を与え得ると思っている。
 この曲は、日本の素晴らしき才能、岩崎洸さんの依頼によって作曲された。かつて、コンチェルトを書いた作曲家の多くが、魅力的な独奏者に創造力を駆り立てられたのと同じように、私もおそらくそれと似た興奮を味わったことを、今もなお鮮かに記憶している。
 このコンチェルトは、1969年12月16日、東京交響楽団定期演奏会で、岩崎洸さんによって初演された。

譜例1
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譜例2
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譜例3
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〈解説〉
 曲は、譜例1に示したオスティナーテ・モティーフを中心に、単一楽章で作曲されているが、形式的には、大きな2つの部分から作られている。第Ⅰ部は比較的ゆっくりとした部分で、A.B.A´.B´の2部形式でできている。まずAの部分は、ハープシコードとコントラバスのユニゾンによるオスティナーテ・モティーフの提示に始まる。このオスティナーテ・モティーフは、譜例からもわかるように、明確、単純で、下行音型、上行音型による、非常にシンメトリックな音型によっている。前にも述べたように、オスティナートとして使われるモティーフは、このように明確で単純なものの方が、聴くものの意識の根底に焼きつき、効果的なのである。さて、このオスティナーテ・モティーフは、リズムのみを固執しながら、ほかの楽器を加えていく。やがて独奏チェロが、オスティナートの上に、新しい主題a(譜例2)を奏する。この主題aは、発展的な要素を持ち、重要なものである。これをもう一度くり返して、Aの部分を終わる。Bの部分は、テンポが若干速くなり、譜例3の主題bが、弦の伴奏の上に、独奏チェロによって提示される。この歌謡的主題bは、シンメトリックな構造を持っており、あきらかに、オスティナーテ・モティーフから派生されたものである。この主題bにより、ひとつのクライマックスが作られたあと、A´の部分に入り、再びオスティナーテ・モティーフを伴奏に、主題aをくり返す。そしてこの主題aが、いろいろと展開され、変形され最高潮に達し、B´に入る。B´の部分では独奏チェロと打楽器を除いた全オーケストラによって、主題bが再び奏される。やがて、これは第Ⅱ部への推移部分に受け渡される。この推移部分は、主題aを中心に構成されている。まず、独奏チェロとオーケストラのかけ合いがしばらくあった後に、主題aは、トランペット、オーボエ、フルートへと移され、装飾的に奏される。そして、b主題の一部が再現されたあと、ハープシコードと弦楽によるオスティナーテ・モティーフは、テンポが漸次速くなり、アレグロに至って第Ⅱ部になる。
 第Ⅱ部は、C.B″.C´の3部形式でできており、独奏チェロが、第Ⅰ部からの余勢をかって、オスティナーテ・モティーフを奏することから始まる。このCの部分は、オスティナーテ・モティーフを、さまざまに変容することに終始する。やがて、ゲネラル・パウゼがあり、中間部B″に入る。B″の部分では、一変してテンポが遅くなり、主題bが独奏チェロによって奏される。しかし、それは主題aにとって変わり、しばらくしたところで独奏チェロのカデンツァになる。カデンツァではオスティナーテ・モティーフ、主題aなどが、技巧的に展開され静寂にむかう。そして、その直後、ハープシコードにより、オスティナーテ・モティーフがユニゾンで奏され、この静寂は打ちこわされ、C´部分が始まる。C´部分は、C部分同様、一貫してオスティナーテ・モティーフの展開、変容に力が注がれる。それは、時には、独奏チェロだけで、時には、独奏チェロとオーケストラとのかけ合いで、時には、全オーケストラでと、巧みに構成されながら高潮していき、終結部に至る。終結部もまた、オスティナーテ・モティーフを中心に、独奏チェロによるグリッサンド、主題a.bの縮小形などを織りなしながら(sff)で終わる。

1981.7.29「第92回演奏会」プログラムより転載


初  演:1969年12月16日秋山和慶指揮東京交響楽団(第173回定期演奏会)
チェロ独奏 岩崎 洸
楽器編成:フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、トロンボーン2、テューバ1、ティンパニ、大太鼓、小太鼓、鞭、鉄琴、マラカス、ハープ、チェンバロ、弦5部


チェンバロという楽器

藤井泉(ピアノ)


 「チェロとオーケストラのためのコンチェルト・オスティナート(1969)」は独奏チェロとオーケストラのための作品であるが、オーケストラの楽器編成にチェンバロが含まれていることもこの曲の大きな特徴のひとつとなっている(作曲者自身による曲目解説にはハープシコードとなっているが、同一の楽器を指す)。
 チェンバロはグランドピアノとよく似た外観、そして鍵盤を持つことから鍵盤楽器の一種に分類されることもあるが、発音原理がピアノとは大きく異なる。ピアノはフェルトで被われたハンマーが弦を叩く打弦楽器であるのに対して、チェンバロはプレクトラム呼ばれる小さなツメが弦をはじく撥弦(はつげん)楽器であ る。撥弦楽器というと聞きなじみがないかもしれないが、何らかの方法で弦をはじくことによって音を出す楽器の総称で、代表的な楽器としてはギター、ハープがあげられ、日本の琴もこれらに分類される。
 チェンバロはバロック時代において幅広く用いられたが、18世紀後半以降のピアノの発展とともに人気が衰え、19世紀に入ってからは歴史から忘れられた存在となった。しかし19世紀後半から始まった古楽の復興運動とともにチェンバロを復活させる動きがはじまり、博物館に残された楽器を参考にして、さらに当時のピアノ製作の技術を用いて重い弦を金属製のフレームに張ったモダンチェンバロが新しく開発された。このモダンチェンバロは20世紀前半まで頻繁に使われることとなる。この楽器を主に使用した代表的な演奏家としては、カール・リヒター、ヘルムート・ヴァルヒャなどがあげられる。
 そして20世紀半ば頃からバロック時代の製作方法を復元しようとする試みが始まり、当時と同じ素材、設計で楽器を忠実に再現することに努めたヒストリカルチェンバロが生まれた。現在ではこのバロック最盛期の製作方法を尊重したヒストリカルチェンバロが主流となっている。一方ピアノの長所を応用したモダンチェンバロは、本来のチェンバロとは別物だという批判も生まれ、表舞台から消えつつある。20世紀以降、近現代オーケストラ作品でチェンバロを使用した代表的な曲(チェンバロ協奏曲は除く)としては、ショスタコーヴィチの映画音楽「ハムレット(1963―1964)」、シュニトケ「室内協奏曲」「ヴィオラ協奏曲(1985)」などがある。芥川作品の中ではNHK大河ドラマ「赤穂浪士」のテーマ音楽(1964)や、NHK新時代劇「武蔵坊弁慶」のテーマ音楽(1986)にもチェンバロが使用されている。
 さて本日の「チェロとオーケストラのためのコンチェルト・オスティナート」のチェンバロは、オーケストラの総譜に記載されている頻繁なストップ操作の指示から、足のペダル操作によってストップを切り替えることができるモダンチェンバロを想定して作曲されたと推察される。しかしながら本日は現在の状況を鑑み、東京芸術劇場所有のヒストリカルチェンバロ「アトリエ・フォン・ナーゲル製フレンチダブルマニュアル型」を使用し、その上で作曲者の意図に沿った演奏に努めたい。

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