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飯守先生インタビュー番外編

 飯守泰次郎先生とは1993年の初共演以来今回で25回目の定期演奏会となります。インタビュー本編は当日お配りするプログラムでお読みいただきますが、維持会ニュース用に楽しいお話をしていただきました!


~どの国の料理が一番お好きですか?


飯守 何と言ってもイタリア料理です。もちろんフランス料理もすごいんですけど、あまりに良くできていて、手が入っていて完璧過ぎる。イタリアの方が、素材が自然で。日本もそうでしょう、素材の自然さがすごくある。そうすると、イタリア料理がやはり自分には一番合っているような気がするなあ。


~ワインはお好きですか?


飯守 やっぱり好きですよ。ドイツの中だったら当然ビールで、特に暑いときには何と言っても冷たいビールをグーッとね。だけど、やっぱり落ち着いて良い料理の時にはワインですね。料理によって、日本料理の時には日本酒を飲みます。でも僕は、そんなにこれでなくてはいけないとか、そんな難しいことは言わない。お腹が空いていたら何でもいいんです。音楽やっているとね、どこの国の音楽かというのと直結しているのが食べ物とお酒ですね。あと言葉もですけれど。


~料理はなさるんですか?


飯守 僕は料理は全然ダメ。それこそ、すき焼きとか余りものとか・・・。たまに、家ですき焼きを作ります。ドイツに居た頃にすき焼きをやると、肉を薄く切るじゃない?あれがドイツのお肉屋さんはいい気がしないのね。良い肉ほど厚いというのがあちらの考え方で、薄く切るのは彼らにとっては冒涜みたい。肉屋さんに頭下げて、すき焼きをやっていました。


~スキーは今も滑られますか?


飯守 今時間がなくなって。数年前に脱臼骨折やってからも、それからまた返り咲きして。スキーを始めたのは学生時代で、その後20年ぶりに再開したのだけれど、自転車と同じで体が覚えていて滑れたのです。


~ヨーロッパでも滑っていらしたんですか?


飯守 滑りました。スイスが一番いいですね。雪の質が良いし、スキー場の規模が違う。普通ここがスキー場ですって柵や紐があるのに、それがない。だから、大体の地形でわかる。注意しないと、気が付いたら人の庭に出たり、崖にも注意とか立ち入り禁止とか、書いてないんだ。


~他にスポーツは何かされますか?


飯守 あとは健康のために泳ぐ。スポーツジムに行っていますが、今は時間みつけるのが大変。あとは、もうただ歩く。30分しか時間ないっていう時は歩く。1時間とか。1万歩ってなかなか歩けないんだよ。で、やっぱり6,000歩くらい。


~本番を振ると体重減るのですか?


飯守 ああ、減る!減りますよ。1kgは絶対減る。曲にもよって、ワーグナーだったら2kg。一種の脱水状態だ。そのあとガブガブ飲む。


~猫を抱いた写真を拝見しましたが?


飯守 ずっと居たんですけどね、今は居ない。黒猫で尻尾が長いというのが好きでね。もちろん、トラ猫でも三毛猫でもいいんですよ。僕が小学生の頃は家に12匹いました。というのは、6匹居たうちの1匹が黒猫で、それが6匹子供を産んで倍になって。海外でもずっとじゃないけれど飼っていました。やっぱり猫って居ないとさびしいです。


~やはり猫派ですか?


飯守 絶対猫ですね。ただ、昔子供の頃に2匹家に犬が居たことがあります。最初の犬はまだ満州にいた頃、いきなり居なくなって、どうも中国人に盗まれたらしい。もう一匹は中学校時代、車に轢かれてしまって。


~猫のどういったところがお好きなんでしょうか?


飯守 自由なところでしょうか。生まれ変わったら何になるかと言われたら、僕はやっぱり猫かなと。寝たいときに寝て、食べたいときに食べて、かわいがって欲しい時にかわいがられて、十分になったらスッと居なくなるという。犬はそうはいかないでしょう。忠誠を尽くさないといけないから。もう一つまったく違うんだけど、渡り鳥になりたい。行きたいところに行ける。旅が何千キロと出来るというのは、すばらしい。コースは決まっているんでしょうけどね。しかし、渡り鳥の身の危険というのはすごいらしいから。猫だって野良猫は大変ですよね。野良猫の一生は厳しいと思うので、飼い猫の方がいいですね。勝手なもんでしょう?


~学生時代に副科でホルンを吹いていたのですよね。


飯守 僕はホルンの音がものすごく好きでね。やっぱりオーケストラの音を変えるのはオーボエとホルンだと思うんですが、ホルンが一番影響力が強いと思う。学校で指揮の勉強をしていると、指揮のトレーニングはもちろん、オーケストラの中に入って指揮者と向かって自分が演奏することがどんなに大事か。それで、何か楽器をやるように齋藤先生に言われていたんです。そうすると、学校のオケで不足している楽器が一番良い訳ですよ。ちょっと下手でもすぐ入れる。その時に足りなかったのは、コントラバス、ファゴット、ホルン。どれにするかと言われたら、コントラバスは大き過ぎる、ファゴットは重い、それでホルンなら一番軽いなと思って。


~どのような楽器を使っていたのですか?


飯守 アメリカの、メーカーは忘れてしまいました。それで、エロイカの2番ホルンを吹いてね。あの3楽章の・・・。本番は何とかなったけれど、それはそれは大変だった。楽器を潰してしまったことがあって。当時柔らかいケースが流行っていたんですよ。危険なんですけど。楽器を持ってラッシュアワーの電車に乗ったときに、ドアが開いて人がなだれ込んできて、楽器が飛ばされた。それで探していたら、誰かが下を見ていているわけ。その人が潰しちゃったというか、ラッパが曲がっちゃった。それで、直したけれど一度歪んじゃったものは元には戻らない。


~弦楽器はやられなかったんですか?


飯守 ヴァイオリンをやっていたんだけど、あまり長くはやらなかった。というのは、うちは家族が皆音楽をやっていて、兄がヴァイオリン、姉がピアノ、もう一人の姉がフルート。始めたんだけど、まだ子供だったでしょ?1/8のヴァイオリンを弾くと、ものすごく安っぽい音がする。あのヴァイオリンの音じゃない。兄貴は1/2だと立派な音で、ビブラートをかける。僕はちょっと間違えれば音程が気になる。そして兄貴のヴァイオリンにやきもちを焼いて、だったら自分はピアノをやるんだと。ピアノは音程が決まっているから。ピアノに変わって良かった面もあるけれど、やっぱり一緒にヴァイオリンもやっておけば、もっと良かったなあと。留学した時にもう一回ヴァイオリンをやったんだけど、二十歳過ぎてヴァイオリンというと、ちょっと遅いね。


~絶対音感はピアノでついたのですか?


飯守 それは関係あるんですかね。確かにピアノを3歳か4歳の頃、立って弾いていたんだけど、そうやっているうちに、見えないけれど黒鍵と白鍵の違いが分かって、それで家族が、この子は絶対音感があると。だから訓練されたわけではないけど、遊んでいて黒い鍵盤、白い鍵盤という感覚で身についたようです。
 音楽は強要されたことがないから。桐朋学園の音楽教室に入ると、それは競争は激しいし。僕はその競争が嫌いで遊びたくて。そういう意味では、高校も普通の学校に行って普通の社会人になりたいと思っていて、音楽家はどこか欠けていると(笑)。だけど結局、どこの高校も受験地獄で大変で、これはやっぱりちょっと適わないなと。で、先生にも音楽をやりなさいと言われて。だから優柔不断で、やはり音楽しかなかった。


~音楽の道に進むと決意されたのはその頃ですか?


飯守 やっぱりそうですね。大好きだからずっとやっていたかったけど、本職には絶対なりたくなかった(笑)。一応ピアノ科に入って、そうしたら齋藤先生に、君は絶対音感がある、初見が上手いと。あの先生は指揮者をハントしていた訳です。指揮者とピアニストがやっぱり一番良いコンビネーションだと思います。
 レパートリーが多いということは、凄く魅力だった。ピアノだったらピアノの曲、アンサンブル。指揮であればそれこそもう、交響曲から序曲から、宗教曲、ミサ曲、コンチェルト…なんでもある。指揮者になる人っていうのは色んな動機があるけれど、僕は指揮台に立ちたいっていうよりも、音楽とかレパートリーが好きだった。


~自分で音を出せないもどかしさはありますか?


飯守 それね!それはもどかしい。それが一番、それが今も付きまとっている。自分で音を出すのだったら自業自得ですよねぇ。


2016年2月21日 
まとめ:大原久子(ホルン)

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