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50年後の新響<新響の過去・現在・未来>

団長 土田恭四郎(Tub)


 今まで3回連続で寄稿してきたが、いよいよ未来というキーワードに突入することになった。新響が創立100年を迎える50年後、はたして新響はどうなっているのだろうか?過去や現在のことを語るのは容易でも、未来どうなっているかは、どこに話の軸を置くかによってその内容は大きく変わってくる。
 少なくとも、芥川也寸志先生や山田一雄先生のことを直接知っている団員がたぶんこの世に存在していないこと。また現在の新響に係わっておられる多数の錚々たる音楽界の先生方を直接知る団員が限りなく少なくなっていることは間違いない。新響が創立して50年間にあった出来事はもちろんのこと、サントリー音楽賞を取ったことや、ベルリン芸術週間に招聘されたこととかもうたくさんの思い出とともに、現在の活動も全て資料として過去のものとなって、こんな時代があったんだなあ、と言われているに違いない。日本の古典芸能じゃないが、口伝として、あの時はこんなことがあったらしい、運営はこうだったらしい、とか、なんでこんな曲演奏したんだ?いやあの時はかくかくしかじかあって、なんて多少なりとも尾ひれが付いて噂だけが残っているに違いない。
 もちろん運営の体制も方針も変わっているだろうし(もしかして自主運営でなくなっているかもしれない)音楽監督とか常任指揮者が存在していて、活動の内容も大幅に変わっているに違いない。維持会もどのように展開していくことだろうか?
 国内のみならず海外にも演奏活動の場を拡大し、維持会も現在では考えられないほど大きく発展しているとなればうれしい限りである。
 ネガティブに考えていけば、もしかして団の名前も変わっているかもしれない。全てが過去の栄光としてのみ残り、長いディミヌエントの末、やがては消え果てしまうカゲロウの如き影のうすい存在でしかないかもしれない。すなわちもはや新響が存在しているという保障はない。維持会もどうにかなっちゃったりして、そうなっては欲しくないのはもちろんで、たとえ活動の規模が縮小しても新響としての活動の火だけは、燃え続けて欲しいものである。
 世の中の経済や環境がどのように激変しようとも、新響がその時代にあった文化的に意義の高い企画、すばらしい演奏をしている限り、新響はその価値を高めつつ存在していくことを信じている。たとえ運営体制が変わろうと、団員の意識や価値観が時代と共に変わろうと、常に前向きに質的向上を目指し、今を活きている、という認識があれば順調な変遷と発展をとげていくだろう。新しい時代の流れに乗っていかないと発展はない。しかしここで大切なのは、今まで築き上げてきたものを改めて認識し、土台にした上で常に前にチャレンジして行く、ということといえよう。そのベースとなっているのは、いつの時代において変わることのない「音楽が好きだ。」という情熱と新響に対する思いが全てだと思う。
 最近、音楽性の高さとその実力において認知されている優秀な合唱団とお付き合いする機会があり、「過去に学び、現在(いま)を活き、未来を創る」精神を大切にしていくことが合唱団のモットーであることを伺った。新響も同じだと感じた次第である。常に新響は現代を活きているのであり、そこで得た蓄積が将来の糧となっていることは間違いない。これからの新響はどのような運営、演奏会企画を立案していくのかが重要なことであり、また楽しみでもある。どうか、維持会の皆様には今後ともサポーターとして新響を見守っていただきたい。


第195回演奏会(2006.11)維持会ニュースより

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