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聴いてなんぼのトリスタン   

岡田明彦(Tb)

 トロンボーン吹きには、トリスタンとイゾルデってやっぱ聴く曲だと思います。出番は極端に少なく、それでいて和声のつながりが難しいので音程が悪いと一発でばれてしまう、ホントやな曲です。何度か「前奏曲と愛の死」は演奏したことありますが、まさか演奏会形式で上演することになろうとは…。演奏するという立場ではこんなにブゥたれている私ですが、「トリスタン」を聴くのはとっても好きです。
 大学時代にクライバー&ドレスデンの「トリスタン」の録音(*レコード*5枚組ですよ)が出た、とFM雑誌に載ったのを見ると、すぱっと買っちゃいましたし(そのすぐ後にバーンスタイン&ベーレンス版が出たのだが、必死に思いとどまった)。全曲のスコアも今からざっと20ウン年前に買って持ってましたし、多分、私が持っているオペラ全曲のスコアの中でも最も早い時期に買ったものだと思います。どうして買ったんでしょう?
 記憶が定かでありませんが、友達がオケで「トリスタン」をやるというのでライトモチーフのチェックをしようと思ったのでしょうか(失念)、その友達にしばらく貸していたような記憶もあります。あっ、一つ思い出しました。それより前から持っていた「前奏曲&愛の死」のスコアの解説に、「トリスタン」の調性の話が載っていたからでした。それによると、「トリスタン」の理想の主調は「ホ長調」らしいですね。でも、理想の(というかあこがれの、というか)調ということで、全編で「ホ長調」はほとんど出てこないとのこと。聴音のできない私はスコアを見てそれを確かめたかったのでした。確かにシャープ4つの箇所はなかったですねぇ…1カ所を除いては。三幕で傷ついたトリスタンが夢とも現実ともわからない状態でまどろんでいるところにだけ出てきます。結局、現世では「ホ長調」にお目にかかることはできないんですね。最後の「愛の死」の場面でクライマックスに達するところの和声はE-dur→H-dur→E-dur→H-durで、やっと「ホ長調」の和音は出てきますが(ただし、ロ長調のドファラとしてですが)、トリスタンはもう死んでいますし、二幕で実際に2人が逢い引きしている場面では「ホ長調」の和音に達する直前にメロートたちが乱入してきて曲が中断しています。
 「ホ長調」といえば、「トリスタン」より少し前に書かれた「ワルキューレ」の最後の部分とは好対照です。なんか「トリスタン」と同じようなフレーズが出てきたり(逆か…)もしますが、「ワルキューレ」の最後はずっとずっと「ホ長調」です。舞台上ではウォータンがブリュンヒルデに罰として、彼女を次に目覚めさせた男に彼女をくれてやる、ことにするわけですが(さぞかし悲嘆にくれているかと思えばさにあらず)、音楽は来るべきジークフリートとの出会いを先取りして祝福しているんですね。
 「目は口ほどにものを言い」ではないですが、音楽は劇の「影の語り手」になっています。書き出すときりがないですが、例えば、ストーリーは「愛の媚薬」で図らずも2人が愛し合うことになってますが、解説本など読まなくても、その前から2人は強く互いを意識し合っています(と音楽は語っています)。2人はそれが愛だと気づいていないだけなんですね。
 多分他の方もお書きでしょうからこの辺でやめときますが、今からソリスト合わせやゲネプロ、本番が楽しみです(「聴ける」という意味で、ですが)。あまりに聴き入りすぎて休みを数え忘れるのだけは避けたいと思います。


第195回演奏会(2006.11)維持会ニュースより

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