2006年4月演奏会パンフレットより


「面白い音がしますよ。楽しんでください。」---高関健が語る193回プログラムの魅力

今回で4回目の共演となる高関健さん。新響50周年特別プログラムについて、猿谷氏、マイスキー、カラヤンとの思い出を交えて語っていただきました。

◆<猿谷紀郎/Swells of Athena 揺光の嵩まり>

― 高関さんが猿谷さんの作品を指揮されたのは、京都市交響楽団(以下京響)の委嘱作品「ゆららおりみだり」が最初でしたか?

高関 その前に「ファイバー・オブ・ザ・ブレス(息の綾)」を神奈川フィルで演奏したことがありましてね。曲がすごく良かったのです。猿谷さんとは1980年代の前半でしたが、お互い学生だった頃、僕がニューヨークに遊びに行った時に彼が留学していて、ちらっと会ったことがあり面識がありました。
 その後、京響で指揮者をしていた時に、委嘱作品をという話があって、じゃあ猿谷さんにお願いしてみようじゃないか、と私がアイデアを出して、常任指揮者だった井上道義さんと話をしてまとまって、お願いしてできたのが「ゆららおりみだり」でした。
 「揺光の嵩まり」は、私が大阪センチュリー交響楽団の常任指揮者だった時に委嘱しました。大阪センチュリーは当時1年に1回委嘱作品を定期演奏会で取り上げて、私がセンチュリーに来る前から10年間継続していた。最初の年が猿谷さん、翌年は細川俊夫さん、というようにね。残念ながら不景気でそれ以降辞めてしまいましたけどね。
 とにかく猿谷さんの曲については「ファイバー」を指揮して、京都でも「ゆららおりみだり」を初演しているし、作風が良くわかっていたので、センチュリーは小さなオケだからそれに見合う編成で作ってもらった。

― すごくまともな編成ですが、オーケストレーションが面白い、というか面白い音がでてきますね。

高関 そうそう、面白い音がします。振っていることと出てくる音が違う、という不思議な曲ですよ(笑)。譜割りが難しいけど、そのとおり演奏すると自然にテンポが早くなる、というように凄く計算されています。

― 猿谷さんは多作ではありませんが、とにかく委嘱作品が多いですね。高関さんから見た猿谷作品の魅力は?

高関 そうですね。けっこう日本人の作品には、理論的にはこうなるのだけど、という曲が多い。悪く言えば少し観念的な曲が多い傾向がある中で、彼の作品は徹底的に具体的です。だから演奏しやすいですね。難しいのは難しいのですけど楽譜に書いてある通り演奏すればその通りの音が出てくるし、わかりやすい。いってみればどの国でも演奏できる曲。海外に持っていけますしね。

― 猿谷さんとは今度お会いしてお話を伺うことになっております。曲の題名にはこだわっておられるようですね。

高関 そう、題名にはすごくこだわっているみたいね。読めない字ばっかりですね。(笑)むしろ英語の方がイメージとしてわかりやすい。(笑) お会いしたら理由を聞いてみてください。

― 「揺光の嵩まり」は、宇宙空間を漂って混沌の中で超新星が光って、みたいな感じがします。

高関 とにかくまったく日本的じゃないでしょ?題名は日本的だけど。楽しんでください。

◆<ショスタコーヴィチ(バルシャイ編)/室内交響曲>

― ショスタコービッチですが、前回の演奏会で交響曲第8番を演奏しました。とにかく徹底的に重い曲で精神的に追い詰められて、という大変な曲でした。そのせいでしょうか、この室内交響曲はすんなりと入れます。

高関 この曲に関しては原曲の弦楽四重奏でもやりたいという人が多いですね。

― 室内交響曲は高関さんからのご提案でした。

高関 弦楽器だけで、という話を伺って提案しました。もちろん生誕100年ということもあります。一番知られた弦楽四重奏曲だけど書いたきっかけも解りやすい。確かドレスデンに行って戦争の惨禍に遭遇して即座に書いた、という曲ですね。
 演奏して解るとおり、D、S(Es)、C、Hという自分のテーマが全面的にでていて、チェロ協奏曲のテーマがあって、交響曲第1番のテーマが出てきて、当時の彼にとって初期の作品と最近の作品を取り上げているということです。弦楽四重奏で演奏するのももちろんいいのですが、弦楽合奏という大編成で演奏すると、より意味がはっきりわかってくる、という感じがします。合奏にして良くなる曲と、逆に印象が薄まる曲とあるのだけど、これはより明快になってくる曲。いわゆる曲のテーマでもあるのでしょうが、圧倒的などうしようもない力、というものがはっきりわかりやすくなりますよね。量的に多いほうがね。これがショスタコービッチの音楽なのでしょう。

― そうですね。この前の8番でもどうしようもない力、冷徹なまでのかっちりとした感情もなにもないテンポ、という悪夢を感じました。ところで先日練習の時に4楽章冒頭の音が三つ並んでいるところを、これはKGB(秘密警察)が部屋のドアを叩くノックの音だ、というお話がありました。

高関 これについては、ミッシャ・マイスキーから直接聞いたのです。先日、映画監督エイゼンシュタインに関するテレビ番組をたまたま見ていたら、同じような話が紹介されていました。当時ソ連に芸術家がたくさん住んでいるアパートがあって、スターリンの粛清で都合の悪い人がだんだん消されていって・・・。夜中の2時にKGBがどこかの部屋の扉を叩く音がコンコンコンと鳴る。ノックは必ず3回と決まっていて、皆その時間になると恐れおののくのですよ。そのコンコンコンが自分のところにきたらおしまいなわけですよ。身じろぎもせず朝を迎えて、起きて外にでて誰がいなくなったんだ?と言う怖い話です。これ、マイスキーが言ったことは同じだった。そういう恐怖が現実にあったわけですね。
 もう20年近く前の話ですが、桐朋学園のオケでマイスキーがいろいろな曲の弾き振りをして、その中でこの曲を彼が振った。練習は前もってやらなくちゃっていうので私がアシスタントをやった。当時、練習から本番まで全部付き合いました。彼、指揮棒を持っていなかったので私が進呈したのです。(笑)練習の時に学生さんに彼はこの話をしたのですよ。それで自分で言ってから、ああーっていう感じで彼は落ち込んで自分が嫌になったのですよ。思い出したのですね、昔のことを。そういったことが全てですよね、この曲は。

◆<R.シュトラウス/アルプス交響曲>

高関 私はこの曲をベルリン留学中にカラヤンのレコーディングをまさにその現場で聴いているのですよ。1981年だったかな。演奏は全部通して録音、CDというのが出るのが分かっていたからデジタル録音でね。当時はまだLPが主流だったのですが、レコードだと収録時間が短いから途中でひっくり返さなければならないでしょう。、だからLPのためにひっくり返す部分のみ後でわざわざ録っていました。この曲に関してはずいぶん時間がかかって録りましたね。
 とにかくアルペンは、マーラーの交響曲第9番とともに、カラヤンが最後の時期に新しくレパートリーにした曲です。1981年から82年くらいにこの2曲をよく演奏していました。その後は新しいレパートリーはなく、オペラの全曲録音とか、VTRで録るために今までのレパートリーの曲、ベートーヴェンの全集、ブルックナー、チャイコフスキーなどを指揮していましたね。

― カラヤンというと、リヒャルト・シュトラウスが得意、というイメージが強いですが。

高関 カラヤンのリヒャルト・シュトラウスはとにかく壮大で、特にベルリン・フィルを振ると、ものすごい音がしましたね。一番よく演奏したのが「英雄の生涯」と「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」でしょうね。それから私がベルリンにいた頃は「ツァラトゥストラはかく語りき」が多かったかな。「英雄の生涯」はそれこそ彼の生涯にわたって多く演奏したようです。「家庭交響曲」も一時期やっていたけど70年代にやめちゃって、その後はアルペンを良く取り上げましたね。

― 今回、ホルンのバンダ(ステージ外に設置される編成アンサンブル)はステージに出ていますが?

高関 あれはカラヤンが実際のステージでやったことです。カラヤンの場合まずレコード録音してからその後演奏会を繰り返す、というパターンだったから、録音の際には楽譜通りに舞台裏で演奏したのです。実際に演奏会を始めてみるとその度にステージ8バンダ12、あわせて20人ホルンが必要なわけですよ。そういうことも考えたし、実際に中と外では音がなかなか合わないんです。そこで舞台上でやってみたら結果が全然よかった。そのかわりステージ上にホルンが12本必要ですが。
とにかく、私は7〜8回カラヤンの指揮元で聴いています。ベルリン、ウィーン、ザルツブルグでもやりましたしね。1982年秋のベルリンフィルとのニューヨークでの演奏旅行が象徴的で、カーネギーホールでブラームスの交響曲全曲、ストラヴィンスキー「ミューズを率いたアポロ」とアルペン、マーラーの9番、すごいでしょう。(笑) この頃がカラヤンの最後の良かった時期で、これ以降健康がすぐれなくなってきた。因みにこの年はベルリンフィル創立100年でした。

― 凄い!それにしてもアルペンは漫画みたいな曲ですね。吹き出しがいっぱいあって、サワサワサワ、とか。

高関 予備知識などなくても、聴いているだけで全部わかる曲ですよね。風が吹くとか嵐がくるとか霧があがってくるとか。やっぱり彼は山が好きだったようです。情景を理解して書いていますね。私がどうしても笑っちゃうのは、花が開く時にポンと音がするという部分。しないだろう、あれだけは嘘だろう、と思うけど。(笑)

― 高関さんが今まで指揮をされたのは?

高関 1992年に当時の新星日響でやりました。その時はウィンドマシーン(風の音を描写する楽器)を使わずにPAを使ってシンセサイザーでやった。これはカラヤンのアイディアを頂いてやってみたのです。彼もいつもシンセでした。彼は他の曲も、例えばドン・キホーテもそうでした。

― アルペンはいろいろと特殊な鳴り物が多いですが、カミナリもシンセだったのですか?

高関 ドンナーマシーネ(カミナリ)についてはシンセではなく、大きなアルミ板を吊っておいて、それをバリバリ揺すっていました。ウィンドマシーンについては、これはカラヤン一流の美学だと思うのだけれど、あれを回しているのが見えるとお客様が音楽をそっちのけでそこばかりを観てしまうのですね。しかもアルペン・シンフォニーの場合は演奏するというか回す時間が尋常じゃない長さなので、打楽器奏者の負担も大変なのですよ。かといってお客様に観えないところで回しても音がまったく聴こえないのです。
 カラヤンはカウベルもシンセで合成でした。私は自然の方がいいなと思うけど。マーラーの交響曲第6番でもカウベルは合成。遠い教会の鐘の音も。本来音楽を聴いて欲しいのにお客様が別のところに興味がいっちゃうのが、カラヤンとしてはどうしても許せなかったのでしょうね。

― 有名なホルン奏者だった作曲家の父親は保守的でワーグナーが大嫌い。ワーグナーと喧嘩して、いわゆる形式音楽というか絶対音楽の世界にいましたが、息子がトリスタンをバイロイトで聴いて感激して標題音楽の世界に嵌っていくのがユニークですね。

高関 アルペンではとことん行けるところまで行ってますね。オペラは標題音楽の世界をそのまま発展させています。もちろん彼は絶対音楽もずっと書いている。特に室内楽はまるでモーツァルトみたいです。彼にとってもうひとつ重要なのはリーダー(歌曲)で、絶対音楽と標題音楽の中間をいくようなところがあってね。
 シュトラウスについての面白い話ですがは、ナチスが当時のドイツ中の作曲家に公開質問状を出したことがあったそうです。この質問状を出すこと自体が相当なお笑いだと思うのですが、その中に自分が尊敬できる作曲家を三人あげよ、というの質問があって、彼は解答欄に、モーツァルト、ワーグナー、そしてリヒャルト・シュトラウスと書いた。(笑) 自分と書いたのは冗談だろうけど、他の二人についてはまさに彼の理想だったと思います。ベートーヴェンでもバッハでもない。もちろん下地としてはあるのだろうけど、モーツァルトのような純真なオペラも書くし、ワーグナーのような標題音楽も書くし、面白い作曲家ですね。

2006年3月4日 
司会・進行 土田 恭四郎(テューバ) 
まとめ・構成 土田 恭四郎(テューバ)



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