2003年7月演奏会パンフレットより


「1本の綱、皆で一緒に頂上へ!」

緑川まりさん 大いに語る!

― 本日はご多忙のところお時間を割いていただきありがとうございます。早速ですが、緑川さんといえばワグナー、というイメージがあるようですが如何でしょう?

緑川 私、今でもイタリアオペラ歌っていますよ(笑)。あまりドイツものを歌う方が日本にはいらっしゃらないからそう思われるのでしょうね。でもね、私は「素晴らしいマエストロの方々と共に、その音楽を通して自分の人生を大きくしていきたい」と常々思っています。その意味で、飯守先生にはお会いして以来、ワグナーの作品を一緒に勉強する事によって、人生のいろいろな新しい扉を開けて戴いております。

― 飯守先生といえばワグナーですね。ところで先生とのご縁は?

緑川 飯守先生とは、私が桐朋学園の学生だった時、学校のオペラで「ディドとエネアス」をご一緒したのが最初です。その後は、もうあまりにもお付き合いが長くて(笑)。とにかく飯守先生とのワグナーの演奏は、私にとって新しい扉を開くことが多いのです。「ワルキューレ」とか今度の「神々の黄昏」もね。先生は、声の事もわかってくださっているので歌手に無理はさせないし、こんなにがんばらなくてもいいんだよというような歌い方のコツとか、ワグナー特有のオーケストレーションの厚い部分を分析してくださるとか、いろいろと教えて頂く事のひとつひとつがとてもいい勉強になります。大変に御熱心ですので惹きこまれるこちらも大変ですが、内容として熟したものができます。

― 今回のプログラムで、飯守先生と「4つの最後の歌」について相談させていただいた時、緑川さんのお名前があがりました。

緑川 北海道で飯守先生とマーラーの「復活」をご一緒した時、帰りの飛行機の中で、先生とこの歌を歌いたいとお話したら、先生がじっとこちらを見て「なんかやりたくなってきたなあ」「やろうやろう」ということになったのです。じゃあ先生絶対お願いですよ、といって別れたのですが、その1週間後くらいに今回のお話を頂きました(笑)。因みに先生からは、この曲はオーケストラが難しいから新響の方で取り組む姿勢が持てないと怖い、というお話がありました。

― ご期待に添えるようがんばります。ところで最近、緑川さんはこの曲を歌われる機会が多いですね。

緑川 そう、特にここ最近です。新響とお付き合いのある指揮者の先生でいえば、小泉(和裕)さん、高関さんともご一緒させていただきましたし、自分のリサイタルでもピアノ伴奏で歌いました。3楽章のヴァイオリンのソロは、どなたが弾いていても演奏者がすごく素敵に、もう神々しくさえ見えてしまいます。全てとてもいいメロディです。このソロの後に歌がそのメロディの中に入っていきますが、大好きな部分です。

― コンサートマスターに申し伝えておきます。「4つの最後の歌」についていろいろとお聞かせください。

緑川 いつも私この曲をやっていると、言葉じゃない、という気がします。最初の練習が一番楽しみです。どうやって皆さんと、心と体を合わせていくというか、ひとつのものになっていくかが楽しみです。「4つの最後の歌」って書いてあるけど、私もオーケストラのひとつのパート、ひとつの声部としてやりたい。例えば音を小さくするべきときは本当に小さくして、ここはホルンのメロディを邪魔しないようにしようとか、ヴァイオリンがいいメロディを奏でて、歌が通奏低音のような役割の部分では、もうすこし身を引いてそちらを出してみよう、とかですね。だから練習を通じてそういう事が沢山でき、歌対オーケストラという感じではなく、私も新響の一員としてそうした新しい色のある音楽を生みだせるような演奏がしたいのです。声で邪魔したくないですね、その色を。4つの曲それぞれの色があるじゃないですか。よく声を重視した歌い方という言い方がありますがそういう形にはしたくない。あるときは歌っているのにホルンみたいな声に聞こえるとか、オーケストラの響きにまぎれながら、ずっと言葉を私が語っていくとか、そういう風にしたいですね。

― 私、歌う人、あなた弾く人、ではなく、心を合わせていくということですね。

緑川 私は音と言葉を持っていますので、その言葉を邪魔しない程度に皆さんに伝える感じで何かできたらいいな、と思っています。でもすごく難しいのでいつも四苦八苦するのです。本当に大変ですよ。

― シュトラウスは難しいですよね。しつこいですし(笑)。

緑川 そう、しつこいのよ。転調も多いし気が抜けません。まるで白鳥みたいな感じ。水面では優雅に歌っているのに、水面下のオーケストラではいろいろなことをやっているし、たくさん音がはいっていて大変。ピアノでよく弾いているのでわかります。

― オーケストラも一緒に歌っているという感じがします。それがわからないとオーケストラで演奏していてもつまらないですね。

緑川 オーケストラも一緒に歌ってくれたほうがいいのです。その音の中に私が入っていきたい。でも大抵逆のパターンになってしまう。だからすーっと物理的にただ引っ込むのではなく本当にフリューゲルみたいに入っていきたい。4楽章では本当に一緒に死にましょうよ(笑)。安らぎをもって(笑)。
歌もともかく、オーケストラの技量がね、すごくそれは大変なものを求められてる。でもそういうことじゃないと思いますよ。音楽ってね。やっぱり細かいことに気をとられすぎちゃうと、どんどん小さくなってしまうんです。弾けなくてもいい、私は歌えなくてもいい…だと困るんだけど(笑)、ただきちっと合せるだけでなく、ぐっと一本の綱でもって、「それだけじゃない何か」を4曲目までもっていきたいですね。そう、皆が同じ綱を持てたらいいな、と思っています。そして最後の最後まで一緒に頂上まで登れたらいいなと思います。落伍しそうになったらお互いに手を引っ張ってあげてね。この曲は華やかな曲ではありません。だけどみんなで登っていく。十字架背負って、ではなく皆仲良く。でもね、皆で足腰を鍛えておかないと一緒には登れない、ということもあります。やはり4曲やるから特にそういう気がします。何か楽しいですね。

― いいお話ですね。音楽を通してご一緒できることが幸せです。

緑川 なんと言ってもメロディにいつも泣けちゃうの。4曲目の最初のコードが鳴り始めた時。夕映えね。そのとき何色が私の目に浮かぶのかな、と楽しみです。オーケストラによってまったく色がちがうのですよね。本当に色が違う。その時に何色の夕映えが現われ、そしてどうやって私がその色を演出できるのかすごく楽しみです。
先頭に飯守先生がいらして、先生がよろけてしまえば後ろから支えて、それだけ先生情熱的ですから。皆で同じ綱を持って最後には一緒に頂上に立ちましょう。

― いろいろ有意義なお話、どうもありがとうございました。

聞き手 土田 恭四郎(チューバ)


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