2004年3月維持会ニュースより


「ばらの騎士」の世界    

箭田 昌美(ホルン)

 舞台は18世紀マリア・テレジア治世下のウィーン、当時のウィーンには婚約の贈り物として花婿から花嫁に「銀のばら」を贈る習慣があり、そのための使者を「ばらの騎士」と呼んでいました。
 実はこの「銀のばら」を贈る習慣というのは台本を書いたホフマンスタールの全くの創作です。R.シュトラウスのオペラ作品の中でもとりわけ高い人気を誇るこの傑作オペラは詩人フーゴー・フォン・ホフマンスタール(1874-1929)と作曲家リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)の共同作業により1910年に誕生しました。なお「ばらの騎士」には歌劇や楽劇ではなく「音楽のための三幕の喜劇」と附題されています。この二人の関係はホフマンスタールの戯曲「エレクトラ」をシュトラウスがオペラ化することから始まります。そして楽劇「エレクトラ」作曲中にシュトラウスは「モーツァルト・オペラを書きたい」とホフマンスタールに持ちかけ、このコンビによる第二作となったのが「ばらの騎士」で、前作「エレクトラ」とは打って変わり華やかで分かり易い喜劇作品となりました。そして、その後二人の関係はホフマンスタールが亡くなるまで続き、次々とオペラ作品が作られていきます。この二人の創作過程はドイツ語の原書で700ページを超える往復書簡集として残されており、初期の「ばらの騎士」創作時期と最後期の「アラベラ」創作時期が部分訳として日本でも出版されています。この往復書簡集を読むと二人の芸術家が時には相手を罵倒するほどの激しく熱い議論がなされていることに驚かされ、またいかに推敲を重ねて作品が完成していったのかを窺い知ることができます。この中から「ばらの騎士」について興味深い一節をご紹介します。第三幕でオックス男爵が退場して以後の部分に関してホフマンスタールは間延びして退屈なので短縮したいと提案したことに対するシュトラウスの返答の一部分です。「最後の三分の一は大成功です。第三幕の最もつまらない個所はアニーナと警察署長のところです。そこが作曲家としてはちょっとやりづらい。シチュエーションを通してはここがうまくいっているだろうとは思っていますがね。男爵の退場から終わりまでは私が保証します。作品のほかの部分はあなたが保証してくれていますよ。」シュトラウスの自信の程が伺えますが、確かに最後の三分の一はこのオペラの中でもひときわ素晴らしいものとなっています。特に最後の三重唱は言葉に表せない至上の音楽として私たちに深い感動を与えてくれます。この三重唱はシュトラウスが自身の葬儀で演奏するように遺言したことでも有名で、実際に葬儀で演奏されました。
 さて、劇中でばらの騎士となるのは若い貴族であるオクタヴィアンですが、その役には男性ではなくメゾ・ソプラノの女性歌手が割り当てられています。さらに劇中でオクタヴィアンは女装して小間使いのマリアンデルを演じます。男装した女優が劇中で女装するという何とも複雑な設定ですが、良く考えてみれば男女二役を演じるならテノールよりもメゾ・ソプラノとなるのはもっともなことです。
 「ばらの騎士」の音楽はウィンナ・ワルツを用いていることが大きな特色となっています。舞台設定である18世紀のウィーンにはまだウィンナ・ワルツは無いという批評が当初あったそうですが、初演当時から今日までのこのオペラの絶大なる人気がそのような批評は野暮であったことを証明しています。
 さて今回、新響が演奏するのは「ばらの騎士」からの組曲ですが、この組曲はオペラの中のから部分を取り出し上手く繋いだものです。音楽としてはオペラの筋立てと関係なく順序も入れ替えて繋がれています。また組曲といっても独立した複数の曲としてではなく切れ目のない一つの曲として演奏されます。この組曲はシュトラウス自身の手によるものではなく、1945年に当時ニューヨーク・フィルの指揮者であったロジンスキーにより編集されたものです。編集と書いたのは最後のコーダを除いてはシュトラウスが書いたスコアに手を加えることなく繋ぎ合わせたものだからです。組曲は第一幕の序奏から第二幕へ移りオクタヴィアンと花嫁ゾフィーの美しいニ重唱、第二幕最後のオックス男爵のワルツ、そして第三幕最後の三重唱(元帥夫人、オウタヴィアン、ゾフィー)から二重唱(オクタヴィアン、ゾフィー)へと続き、オックス男爵が退場する時の賑やかなワルツへと戻って盛大に終わります。
 この組曲はオーケストラだけで演奏され歌は入りません。歌が入った方がもっと素晴らしい音楽であることは否めませんが、歌が無くてもオーケストラ作品として十分に成立しているところがシュトラウスの職人技でしょう。「ばらの騎士」は良く知られたオペラですからご存知の方はオペラのシーンを思い浮かべながら楽しんで頂けると思います。またご存知でない方でもオペラとは関係なく純粋なオーケストラ曲として華やかで美しいR.シュトラウスの世界をお楽しみ頂けるものと思います。どうぞ高関/新響の「ばらの騎士」組曲にご期待ください。

参考文献 
オペラ「薔薇の騎士」誕生の秘密 R.シュトラウス ホフマンスタール 往復書簡集
(大野真監修 堀内美枝訳 河出書房新社)




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