2003年9月維持会ニュースより


ベートーヴェンの第七交響曲

田川接也(ファゴット)

 かの小林秀雄氏がモーツァルトのト短調の弦楽五重奏曲の第一楽章を指して「悲しみが疾走する」と書いていますが、この交響曲第7番の終楽章は、さながら「歓喜が疾走する」という感じかと思います。
 とにかく全編を通して「リズム」が支配している曲です。当時「舞踏の聖化」などと評された通り、第2楽章を除いて非常にリズミカルで躍動感に溢れています。その第2楽章もあまりにも美しい旋律のため何かと緩徐楽章扱いをされておりますが、テンポの指定はアレグレット(やや速く)であり、一定の確固たるリズム=鼓動に支配されています。そういう曲ですので、低弦のリズムやヴィオラ・第2ヴァイオリンあたりの「きざみ」は他の曲にもまして重要きわまりなく、気合いの入った「きざみ」なしにはこの曲の成功はあり得ないのであります。
 さて、比較的知名度も高く、演奏される機会の多いこの曲。よく「名演」が出る曲でもあります。よく出るというとパチンコか何かのようですが、この曲に関しては「出るべくして出る」のであります。まず堂々とした序奏に始まり、躍動感に満ちた8分の6拍子の第1楽章。大変明るく終わる第1楽章を裏切るような唐突な短調の和音に導かれて始まる葬送行進曲風の旋律。それに涙なしには弾けない美しい旋律が絡む第2楽章。軽妙なスケルツォの第3楽章。そして一気呵成に絶頂へ向かって駆け抜ける終楽章。各楽章の性格がわかりやすく起伏に富み、聴く者を決して飽きさせないように作ってあります。凄いです。もちろん、演奏の質そのものが問われることはいうまでもありませんが、とにかく名演が出やすい曲なのです。ということで、少し個人的な名演体験についてお話をさせていただきましょう。
 まず、その1はカール・ベーム/ウィーン・フィルの1975年の来日公演。その当時九州の片田舎で高校1年生を営んでいた私は、大東京のNHKホールなどという、水前寺球場よりも大きそうな建物まで行けるはずもなく、FMの生放送をスピーカーの前で正座して拝聴いたしました。その当時は今よりもNHK-FM はずっとずっと人気があって羽振りもよく、来日メジャーオケの公演をよく生放送していて、それは一大イベントだったのです。またその頃はベーム/ウィーン・フィルはカラヤン/ベルリン・フィルとクラシック界の人気を完全に二分する存在で、このコンビの初来日には日本中から大きな期待が寄せられていました。もちろん私も大いに期待していました。そして、その演奏は期待を大きく上回るものでした。鼻水をたれ流さんばかりに感銘を受けました。全楽章通して遅めのテンポ設定ながら、少しも躍動感を損なわず、音楽は深く、そして燃え上がらんばかりの巨大なエネルギーがフィナーレを疾走しました。でも実は私が一番感動したのは、フィナーレの最後の最後でホルンがトランペットに音量勝負を挑み、壮絶なバトルの末トランペットを打ち負かしてフィニッシュした姿だったのです。実に他愛もないです。いかにも吹奏楽部の高校生らしい、くだらなさであります。
 さて話は変わって、その2はカルロス・クライバーです。オケはバイエルン国立歌劇場でした。これは人見記念講堂で実演を聴くことができました。かつて体験したことのない凄い演奏でした。あいた口がふさがらず、よだれをたれ流さんばかりに感銘を受けました。オケが完全に一つの有機体になっていました。一匹のしなやかな獣が疾走するような躍動的なフィナーレでした。ロビーでお会いしたチェロの石川嘉一さんが目に涙をためていらっしゃったのをよく覚えています。
 さあ、今回の新響の演奏はどうなるのでしょう?皆様に感銘と興奮をお届けでき、我々自身も感銘を得られるような演奏ができるのでしょうか?すべては、私達の精進にかかっています。曲の素晴らしさ皆様に伝えられるように、疾走が「暴走」にならないように、一所懸命精進させていただきます。当日、皆様とべ−ト−ヴェンのこの曲の素晴らしさを分かち合えれば、これ以上の幸せはありません。ご来場、心よりお待ち申し上げております。



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