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ヨハン・シュトラウス2世: 喜歌劇「ジプシー男爵」序曲

星野 由紀(ヴィオラ)

 ヨハン・シュトラウス2世(1825-1899)は74年の生涯で500曲を超える作品を書きました。そのうち16曲のオペレッタ(喜歌劇)を作曲しており、「ジプシー男爵」は10曲目にあたるオペレッタ作品です。シュトラウス60歳の誕生日の前日に初演されました。シュトラウスが作曲したオペレッタといえば「こうもり」が有名ですが、それに次ぐオペレッタの代表作が「ジプシー男爵」です。
 1883年の春、オペレッタ「愉快な戦争」の初演を指揮するためブダペストに滞在していたシュトラウスはハンガリー人の作家ヨーカイ・モールと知り合います。彼の小説「シャッフィ(ザッフィ)」が気に入ったシュトラウスは同じくハンガリー人のジャーナリスト、イグナーツ・シュニッツァーがこの小説を基に書き上げたオペレッタ台本に作曲をすることとなり、およそ2年の歳月を費やして異国情緒あふれるこの魅惑的なオペレッタを創作しました。
 物語は18世紀初頭のハンガリーが舞台。かつてはこの地方を治めていたトルコの総督の娘でしたが現在はロマ族(ジプシー)として暮らすザッフィと、亡命を余儀なくされた豪族の息子バリンカイ(自称「ジプシー男爵」)の恋愛と宝さがしをめぐる楽しいストーリーがエキゾチックな音楽とともに目まぐるしく展開します。
この序曲には劇中で使われているさまざまなメロディが登場します。大きく分けて6つの場面で構成されます。


(1) Allegro moderato
 序曲の冒頭は弦楽器による力強いメロディ【譜例1】で始まります。この旋律は第1幕第12場「ロマ族の合唱」《ジングラー、ジングラー》に基づきます。


ツィンバロン(ハンガリーの民族楽器)を思わせる弦楽器による音型を経て、クラリネットの独奏によりエキゾチックな旋律【譜例2】が現れます。

(2)Andantino
 弦楽器により冒頭のメロディが再現された後、フルートのカデンツァを経てオーボエによるのどかな独奏【譜例3】に受け継がれて舞台は穏やかな雰囲気に包まれます。このオーボエの旋律は第1幕第13場でザッフィがバリンカイに歌う《この土地こそ、あなたの故郷》に基づきます。

(3)Allegretto moderato
 オーボエによるのびやかで美しいメロディはポルカ風の楽しげな旋律【譜例4】へ受け継がれます。この生き生きとしたメロディは第2幕第1場でザッフィ、ツィプラ、バリンカイが財宝を探すときに歌う三重唱《だから、すべての石を叩きましょう》に基づきます。

(4)Tempo di Valse
 明るいポルカ風のメロディは調性の変化とともに次第に盛り上がり、ここでシュトラウスの真骨頂ともいえる優美なワルツ【譜例5・6】が登場します。このワルツは第2幕第3場でアルゼーナが歌う《喜びに満ちた都市ウィーン》に基づきますが、「宝のワルツ(または宝石のワルツ)」(Schatz-Walzer)としてもよく知られており、単独でも演奏される大変美しい曲です。


(5)Allegro moderato 
 優美なワルツの世界から一転、荒々しいロマ族の舞曲【譜例7】が現れます。この舞曲は第1幕第12場でロマ族の人々が登場する場面で演奏されます。

(6)Andantino
 この舟唄【譜例8】は第1幕の冒頭で歌われる船頭たちの合唱《本当の船頭とは言えませんよ》の旋律に基づきます。


舟唄の後に「宝のワルツ」【譜例6】が再び現れ、序曲の締めくくりは前述のチャールダーシュ(緩やかなラッスlassuと急速なフリッスfrissの2部で構成されるハンガリーの民族舞曲)で一気に盛り上がり、華やかなフィナーレを迎えます。

(譜例準備中)


初演:1885年10月24日 作曲者指揮 アン・デア・ウィーン劇場(ウィーン)
楽器編成:フルート2(2番はピッコロ持ち替え)、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、大太鼓、シンバル、小太鼓、グロッケンシュピール、シュポーレン(拍車)、ハープ、弦五部


参考文献:
宮沢縦一・福原信夫・高崎保男『オペラ全集-音楽現代名曲解説シリーズ1』芸術現代社 1992 年
永竹由幸『オペレッタ名曲百科』音楽之友社 1999年
伊藤剛(解説)「ジプシー男爵」序曲(スコア) 日本楽譜出版社 2022年

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