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ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」

山田 航輝(コントラバス)

■ドヴォルザークの生い立ち
 1841年、チェコのプラハから北に30kmほど離れた小さな村にてアントニン・ドヴォルザークは生まれた。幼いころから音楽に慣れ親しんだドヴォルザークは、音楽教育を受け才能を開花させていった。18歳で音楽学校を卒業し、経済的な苦労を抱えながらも音楽家として活動しながら作曲を続けていき、30代半ば頃から作品が世間に認められ始めると国際的な名声を手にするようになっていった。


■チェコ国民学楽派
 チェコはヨーロッパの中心に位置し、常に周辺国の政治的・文化的影響を受け続けてきた。そのような歴史を経て、18世紀末から19世紀前半にかけてチェコの人々の間では文化的アイデンティティを確立しようという動きが活発になっていった。その中でも口頭伝承されてきたチェコ民族音楽を楽曲に取り入れた作曲家を「チェコ国民楽派」と呼ぶ。ドヴォルザークの他にベドルジハ・スメタナ(1824~1884)が代表として挙げられる。


■新世界アメリカ
 1892年、51歳のドヴォルザークはアメリカの音楽院に院長として招聘され、プラハから12日間の長旅を経てニューヨークに降り立った。友人に宛てた手紙の中でニューヨークの第一印象を「ほとんどロンドンのような巨大な町であり、生活は朝から晩まで、通りもまた非常に様々な様相を見せながら、実に生き生きとしていて活気に満ちている」と綴っている。
 新天地での生活は、音楽院での責務に加えて異国の著名な作曲家として人々に注目されて忙しく、また街を行き交う交通の騒がしさによって落ち着いて作曲することもままならない日々であった。
 交響曲第9番はアメリカ在住中の1893年1月から5月にかけて作曲された。日々の喧騒から離れることを強く望んだドヴォルザークは、作曲後の6月に故郷ボヘミアからの入植者が集まるアイオワ州のスピルヴィルという町を訪れる。アメリカ奥地の美しい静かな自然や同国人に囲まれて、ドヴォルザークは非常に安らかな休暇を過ごした。滞在の様子を同行人はこう記している。
 「ドヴォルザークはきわめて率直で自然を大いに愛しむ方です。スピルヴィルを訪問している間も、小さな森(果樹園)を通り、川の土手に沿って歩く朝の散歩を日課とし、鳥のさえずりをなによりも楽しんでいる様子でした。」
 「新世界より」という副題がつけられた交響曲には、アメリカ文化の刺激を受けつつも故郷チェコへの郷愁が強く映し出されている。


■第1楽章
 静かな弦の旋律から始まり、突然ffの荒々しい弦、ティンパニ、管楽器の呼応が切り込む。異国への船旅、汽車の轟音そして音楽はニューヨークの喧騒へと向かっていく。テンポがAllegroになるとホルンによって第1主題(譜例1)が鳴り響く。鏡像型のリズムはチェコの民族舞踊を想起させる。フルートとオーボエによる中間主題(譜例2)はアメリカの黒人霊歌「静かにゆれよ、楽しい馬車」との関連が唱えられることもあるが、第1主題と同様のチェコの民族音楽的特徴を兼ね備える音型となっている。


■第2楽章
 冒頭、叙情的な旋律(譜例3)がコールアングレによって奏でられる。「遠き山に日は落ちて」としても知られるこの旋律はボヘミアへの郷愁を思わせる。アメリカ民謡からの引用だとも唱えられるが作曲者は「私は最後のシンフォニーのためにアメリカでモティーフを集めた。その中にはインディアンの歌も含まれている。だが真実は伝えられていない。…これらのモティーフは私個人のものであり、若干のものを私はすでに携えている。それはチェコの音楽である…」と語っているように、アメリカの要素がそのまま引用されている訳ではなく、ドヴォルザーク個人の感性を経て曲に表されている。


 憂愁を帯びた瞑想的な曲調がしばらく続いた後、踊りのようなメロディーによって少しの盛り上がりを見せ、再び冒頭の主題が奏でられる。そしてコントラバスの和音によって楽章は静かに幕を閉じる。


■第3楽章
 穏やかな第2楽章から対照的に、ボヘミアの農民の踊りを思わせる軽快な旋律から始まる。主題はフルートとオーボエで呈示され、クラリネットが追随する。そして牧歌的な旋律のトリオへと展開していく。これらの主題における旋律の呼応や3連符の音型といった特徴にチェコ民族音楽を見出すことができる。


■第4楽章
 有名な半音階の序奏から始まる。鉄道好きとして知られるドヴォルザークが汽車の車輪の動き出す様を表現したと言われている。回転数が上がったところで、ホルンとトランペットの異国趣味的な響きの第1主題(譜例4)が力強く響く。その後、全楽章を通じて唯一のシンバルの一打を経てクラリネットによって第2主題(譜例5)が奏でられる。こちらは第1主題とは対照的に故郷ボヘミアへの憧れを、透き通るような自然の流れと美しさを陶酔させる。


 第4楽章は前3楽章の主題が随所に姿を見せる交響曲の統括的な楽章となっている。最後はオーケストラ全体による和音が鳴った後、弦楽器は短く切り、管楽器だけが音を伸ばしてディミヌエンドしていき、哀愁を帯びながら楽曲は閉じていく。

(譜例準備中)


■おわりに
247回2019/10/13 ドヴォルザーク/連作交響詩
252回2021/1/17 スメタナ/連作交響詩「わが祖国」
253回2021/4/18 ドヴォルザーク/序曲三部作『自然と人生と愛』
258回2022/7/18 ドヴォルザーク/交響曲第9番「新世界より」


 近年、新響はチェコ民族音楽を楽曲に取り入れたチェコ国民楽派の作曲家を多く取り上げてきた。これまで培ってきた民族音楽への理解と新進気鋭の若手マエストロによる「新世界より」にご期待いただきたい。


初演:1893年12月16日 アントン・ザイドル指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック カーネギーホールにて


楽器編成:フルート 2(2番ピッコロ持ち替え)、オーボエ2、コールアングレ、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、トライアングル、シンバル、弦五部


参考文献:
内藤久子『作曲家◎人と作品シリーズ:ドヴォルジャーク』音楽之友社 2004年
内藤久子『チェコ音楽の歴史:民族の音の表徴 』音楽之友社 2002年

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