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ガーシュウィン:パリのアメリカ人

瀧野 啓太(トランペット)

■大西洋を渡って見えた世界
 ジョージ・ガーシュウィン(1898-1937)の故郷アメリカは1920年代に経済・技術・文化などさまざまな面で急成長したが、少なくとも文化・芸術面において当時世界で最も華々しい街がパリであったことは想像に難くない。この時期にパリに住んでいた著名人としては、ラヴェル、コクトー、モネ、ココ・シャネルに加えて、諸外国からもプロコフィエフ、ストラヴィンスキー、コール・ポーター、ディアギレフ、ピカソ、藤田嗣治、ヘミングウェイ、ジェイムズ・ジョイス、ル・コルビュジエなど様々な分野のカリスマが集結していた。
 アメリカにおけるアフリカ系などの移民に対する人種差別はパリでは影を潜め、性的マイノリティを公言する者に対しても遥かに寛容であった。シャネルが短くしたスカートから露になったくるぶしが人々を驚かせるなど、進取の気性に富むこの街に好奇心旺盛なガーシュウィンが惹かれたのも当然といえる。1923年と26年に短期で滞在し、28年にはパリを含め3ヶ月以上ヨーロッパに滞在し、その間に「パリのアメリカ人」の大半を作曲した。
 新大陸-旧大陸、ジャズ(ポップス)-クラシック、ユダヤ-クリスチャン、といった様々な境界のはざまにいたガーシュウィン。ガーシュウィンと同じくユダヤ系であったポストモダニズムの哲学者、ジャック・デリダ風に言えば、そういった二項対立を「脱構築」し、純粋なクラシックの教育を受けていなかったからと異端扱いするのではなく、多様であるが故に唯一無二であったガーシュウィンを一人の煌めく個性として受容する心持ちはダイバーシティが推進される現代にも通じるのではなかろうか。


■作品構成
 パリの喧騒を表した序盤、郷愁漂うトランペットのブルースに始まる緩やかな中盤、チャールストンに始まる軽やかな終盤からなる三部形式と大まかに捉えることもできるが、初演時に作曲者自ら交響詩との副題を付けたとおり、自由な形式となっている。何より、パリ滞在時に見た情景や感情を天性のメロディセンスで彩った作品と言える。同行していた兄・アイラの日記を参考に、もしジョージも日記を付けていたら、という空想を通じて当時の雰囲気を少しでも再現したい。


■1928年3月31日(パリ)
 雨模様。ホテルにて朝食をとる。ここではスモークサーモンが大人気らしく、皆こればかり食べている。日中はホテルにて今取り掛かっている交響詩を書き進める。パリジャンの気取った歩き方に着想を得たテーマ(譜例)を随所に使うつもりだが、我ながら気に入っている。16分音符のスタッカートのモチーフで人々がガヤガヤと喋る様子も散りばめたい。


 この国のシトロエンだかルノーだかのクラクションは、アヒルの鳴き声のようで実に愛嬌がある。これはぜひ曲に取り入れたいので早急に調達せねばならない*1。聞き慣れたフォードのクラクションはホエザルの雄叫びさながら、荒々しい轟音*2で毎度たまげるのでご勘弁願いたい。
 夕方5時にアイラと合流し、コンサートに足を運びフランク、オネゲル、バッハ、私の「ラプソディ・イン・ブルー」などを聞いてきた。ラプソディの出来栄えはご愛嬌であったが、アンコールで私も呼ばれたので舞台に上ってピアノを披露し、観客はご満悦だった様子である。
 ラヴェル、プロコフィエフ、ブーランジェ…会うべき人が本当に多い。せっかくテニス発祥の地*3にいることなので全仏オープンも見ていきたいが、今取り掛かっている作品も終わらせないといけないし…あぁ忙しい。


脚注)
*1:曲中では習慣的にA,B,C,Dの音が使われるが、アルファベットは音名ではなく通し番号に過ぎず、実際は全く異なる音程を想定していたとの見解がある。
*2:youtube動画「1923 Model T Ford Aaoogha horn」など。
*3ガーシュウィンは1936年に米ハリウッドへ移住し、同時期にナチスによる迫害を逃れて近所に越してきた前衛作曲家シェーンベルク(1874-1951)と毎週のようにテニスをする仲となる。還暦過ぎのシニアを相手にして勝負になっていたのだろうか。


初演:1928年12月13日 ウォルター・ダムロッシュ指揮ニューヨーク・フィルハーモニック カーネギーホールにて

楽器編成:フルート3(3番ピッコロ持ち替え)、オーボエ2、コールアングレ、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット2、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、サクソフォン3(アルト、テナー、バリトン)、ティンパニ、グロッケンシュピール、木琴、小太鼓、トムトム、大太鼓、トライアングル、シンバル、ウッドブロック、タクシーのクラクション、チェレスタ、弦五部

参考文献:
Ira & Leonore Gershwin Trusts 2012 Excerpts from Ira Gershwin’s 1928 Diary. Words Without Music: The Ira Gershwin Newsletter
McAuliffe, M. 2016 When Paris Sizzled. Lanham: Rowman & Littlefield.

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