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ブルックナー:交響曲第3番ニ短調

土田 恭四郎 (テューバ)

< 伝統と革新 >


 ヨーゼフ・アントン・ブルックナー(1824~1896)の生涯は「孤独」であり、作品は「孤高」の存在である。
 オーストリアのリンツ郊外の小村「アンスフェルデン」で生まれたブルックナーは、後世「リンツ」「ウィーン」という大都市の生活でも簡素な生活習慣をほとんど変えず方言丸出しで田舎育ちを隠すことはなかった。素朴で傷つきやすく頑固な性格、風格とは無縁の風貌と服装、特異な振舞いと奇癖、そしてなによりも人格の基礎となった敬虔なカトリック教徒としての矜持は終生変わることはなかった。これは自然や美しいものへの愛情と結びつき、芸術的な霊感として作品に反映されている。
 作品では宗教的な楽想と田舎の舞曲レントラー風で楽しくのどかな楽想との対比、生活では質素で信仰に満ちた生活とシュトラウスのワルツを愛し踊り好きなこと、そして女性たちへの独特な尊敬の念が同居している。 
自らの葛藤とともに「オルガニスト」「音楽理論教師」「作曲家」が交錯した生涯は、多くの矛盾と対立を生みだしてきた。


■交響曲第3番の独自性
 第一級の和声法と対位法の理論家でもあったブルックナーの作曲様式は、前例のない独特な造形感覚に満ちている。「ソナタ形式」を文法としての頑固なまでの運用、楽想の並行的または突然の移行、「漸層法」とでも言うべき主題や断片の積み重ねによる頂点の構築、主題群の中での独自の和声や対位法(転回・反行)、同一楽器群(弦・木管・金管)の独立した扱い、「ブルックナー開始」「ブルックナー・リズム」(2+3ないしは3+2)「ブルックナー・ゼクエンツ」(音形の反復)、「ブルックナー・ユニゾン」、そして「ブルックナー休止」。
 交響曲第3番は、ベートーヴェンの交響曲第9番からの影響を含ませながら、伝統的な形式の中にブルックナー独自の作曲様式を全て駆使し、独自性を確個たるものにした革新的な作品といえる。
 「ワーグナー交響曲」とも呼ばれるが、リヒャルト・ワーグナー(1813~1883)への献呈(1874年5月9日)によるもので作曲者自ら自筆譜に記入している。献呈譜の表紙にはワーグナーの名前が大きく豪華に記載されている。


■受難・試練
 交響曲第3番の辿った運命は、ブルックナーの生涯で最大の試練をもたらした。作曲者自身の改訂による「稿」と第三者の解釈や評価に影響を受ける「版」について、特に異稿が一番多い作品でもある。「稿」として3つとアダージョ(第2番)があり、「版」としては各々の自筆原稿と若干異なる印刷譜が2つある。  
 1872年「第1稿」、1876年緩徐楽章の異稿「アダージョ第2番」、1877年「第2稿」(大幅な改定)、3度にわたるウィーンフィルからの「演奏拒否」、そして同年12月16日「第2稿」初演の失敗は「受難」の頂点となった。  
1878年「第2稿」出版後、1889年に「第3稿」が完成し、翌1890年に出版されて、同年12月21日の初演は12回も呼び出されるほどの成功を収めた。13年前の屈辱は完全に晴らされたのである。「第3稿」は芸術家として最高の栄誉に恵まれてきた晩年の改訂で、作風も洗練され冗長さも改善されている。
 各稿及びアダージョ(第2番)は、音楽学者レオポルト・ノヴァークの校訂により刊行されており、本日はノヴァーク校訂第3稿(1889年)を使用する。


第1楽章 どちらかといえばゆっくりと 神秘的に
ニ短調、2/2拍子。ソナタ形式。冒頭のトランペットによる開始旋律は空虚で独特な空間を持ち象徴的で作品全体を支配していく。呈示部だけでも全く曲想の異なる第1主題、第2主題、第3主題とあり、主題・形式毎に頂点の構築を伴うため長大である。(第1稿では746小節、第3稿でも651小節の長さ)


第2楽章  アダージョ 動いて ほぼアンダンテで
変ホ長調、4/4拍子。三部形式。アダージョはブルックナーの交響曲の核心をなすといっても過言ではない。情熱と法悦に満ち、冒頭主題から中間部第1主題と第2主題に進むにつれて広がりと神秘性を深め、独特な輝きと共に頂点に進む。「第2稿」でワーグナー諸作品からの引用など削除され大幅に変更された。


第3楽章 かなり急速に ―トリオ 
ニ短調、3/4拍子。三部形式。根源的な力に満ちたリズムは明確で構成も簡潔、ブルックナーのスケルツォは理解しやすい。楽想が執拗に反復される。金管の下降進行にはワーグナー的な力を感じる。トリオは他の交響曲同様レントラー風の舞曲で素朴、故郷の香りが漂う。

第4楽章 アレグロ
ニ短調、2/2拍子。ソナタ形式。第1主題はまるで「ワルキューレ」第3幕の怒れるヴォータンを思わせる。全く異なる曲想の第2主題(2重主題)と第3主題から展開部と再現部に続き、第1楽章を含めた各主題の回帰・結合から、圧倒的で壮大な頂点を築いて全曲を終える。

 ブルックナーは終生ワーグナーを敬愛していたが、自らの音楽理論と作曲様式は、ワーグナーとは異なる独自の発展を遂げてきた。
交響曲第3番は、時間芸術としての音楽の本質のうえでもまさに「孤高」の存在といえる。


初演:第2稿 1877年12月16日 作曲者自身の指揮 ウィーン・フィルハーモニー
第3稿 1890年12月30日 ハンス・リヒター指揮 ウィーン・フィルハーモニー


楽器編成:フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、ティンパニ、弦五部


参考文献:
土田英三郎『ブルックナー ―カラー版作曲家の生涯―』 新潮社 1988年
レオポルト・ノヴァーク(樋口隆一訳)『ブルックナー研究』音楽之友社 2018年
新交響楽団「第209回演奏会プログラム」「第220回演奏会プログラム」「第226回演奏会プログラム」「第243回演奏会プログラム」土田恭四郎
(新響HP「いままでの演奏会」に各回の演奏会詳細あり)
http://www.shinkyo.com/02past/

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