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ワーグナー:歌劇「タンホイザー」序曲

松尾 健太朗 (チェロ)

愛欲の世界はお好き?


 今回のプログラムの中で圧倒的に有名なこの曲は、ワーグナーがドレスデン宮廷歌劇場の指揮者であった1845年に書いたオペラ「タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦」の序曲で、本日演奏するのは、初演後から1851年にかけて改訂されたドレスデン版である。序曲というだけあって、この序曲はオペラに登場するさまざまな音楽を「いいとこ取り」して聴ける曲である。
 物語の主人公は、中世の騎士タンホイザー。恋人のエリザベートがいながら、官能の愛を望むようになり愛欲の女神ヴェーヌスが住むヴェーヌスベルクに赴き、肉欲の世界に溺れていた。
 ある時、故郷を懐かしく感じたタンホイザーは、強い決意を持ち、ヴェーヌスから離れ、故郷に戻ってくる。
帰郷した当日はちょうど歌合戦が行われていた。歌のお題はなんと「愛について」。他の騎士は「愛は神聖なもの」というような女性に対して奉仕的な愛を歌う。恋人のエリザベートとの再会を果たし、強い(?)決意を持つタンホイザーも当然……。
 本心には勝てないと言うことだろうか。
 「愛欲こそ最高だぜ!」
 この発言は観衆から強い反感を買う。そしてついには強い決意を持って離れたはずのヴェーヌスを讃える歌「ヴェーヌス讃歌」を歌いだす。
 人間という生き物は、なかなか変わることができないということかもしれない。
 自らの過ちに気づくが時すでに遅し。故郷から追放され、ローマへ巡礼に行き教皇の許しが得られれば帰郷が許されるとされ、タンホイザーは巡礼の旅に出る。
 序曲はこの巡礼に向かう人々の大合唱のフレーズから幕を開ける。その後、「懺悔の歌」が奏でられ、次々と色々な楽器に受け継がれていく。


懺悔の歌

このメロディーが落ち着くと、突然まったく毛色の違った旋律が顔をだす。いわゆるヴェーヌスの誘惑の曲である。


ヴェーヌス讃歌

この誘惑のテーマは曲中に何度も顔を出し、タンホイザーの揺れる心を表現しているように感じられる。


 話を戻そう。巡礼に向かったタンホイザーだったが、ローマ教皇の赦しを得ることが出来ず、自暴自棄になる。友人に止められながらも、再びヴェーヌスベルクに帰ろうとする。
 その頃、故郷では、戻ってきた巡礼団の中にタンホイザーがいないことに気付いた恋人のエリザベートが、自らの命と引き換えにタンホイザーの赦しを得ようと決意した。その後、ぼろぼろの風体で故郷に現れたタンホイザー は、エリザベートの葬列を目撃。我に帰りその亡骸に寄り添うように息を引き取る。
 あらすじを聞くと、正直に言ってしまえばふざけた話である。タンホイザーはとても身勝手で自己中心的な人間で、現代でいう「ダメ男」という言葉がしっくりくる。そして、恋人のエリザベートは、典型的な「ダメ男を好きになってしまう」女性である。現代もワーグナーの時代も、人間の根本は変わらないのかもしれない。
 私が、皆様に聴いて感じていただきたいのは、懺悔の歌とヴェーヌスベルクのテーマの雰囲気の違いである。
懺悔の歌は、何か美しく天に昇るようなイメージで、どこか悲しくもあるフレーズであるのに対し、ヴェーヌスベルクのテーマは、より直接的で刺激的なフレーズのように感じる。
 2つのフレーズを比べて、皆さんはどちらがお好みだろうか。恋愛などさまざまな自由が与えられた現代社会においては、刺激的な愛を求めがちであるように感じられ、ずっと恋愛をしていたいというような、いわば恋愛中毒といったような人間も多くいる。反対に、神聖な愛とは、現代におけるどのような愛なのか。
 さまざまな経験を重ねているであろう団員のさまざまな経験から奏でられる愛の形を是非感じていただければと思う。


初演:1845年10月19日 作曲者自身の指揮、ドレスデン宮廷歌劇場にて


楽器編成: ピッコロ、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン 4、トランペッ    ト3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、シンバル、トライアングル、タンブリン、弦五部


参考文献:
吉田真『作曲家・人と作品 ワーグナー』音楽之友社 2005年
CD「歌劇タンホイザー全曲パリ版」解説書(ゲオルク・ショルティ指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、解説 渡辺護)ポリドール1970年

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