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シベリウス:交響曲第1番ホ短調

河野 美也(チェロ)

■作曲と普遍的原理の追究
 自粛期間中、娘がゲームばかりしているものだから「プレイばかりでなく、ゲームを創る側の人になるのはどうかな」と言ったら、「それならお母さんも、演奏ばかりしていないで曲を作ったら」と返され、何も言えなくなった…。
 名作曲家の作品への追究は、科学者の法則への追究と似ている。数学者のシルベスターは、「音楽は感覚の数学、数学は理性の音楽」と言った。名作曲家の音楽は、作品それぞれが個性的であるにも拘らず、その作曲家に共通する普遍的な原理が刻印のように存在する。シベリウスの作品もまさにそれで、初めて耳にする曲でも「あぁシベリウスの音楽だ!」とわかる。

■シベリウスの交響曲
 シベリウスはフィンランドの民族と自然を代表する国民楽派として知られる一方、交響曲作家として絶対音楽の洗練と抽象化を追究した。交響曲作家は表現の多様性を求めて後期になるほど重厚長大にする例も多いが、シベリウスの場合は逆で、1 - 2番約40分、3 - 5番約30分、6 - 7番約20分と、後期になるほど曲がコンパクトになり、エッセンスが凝縮されて行く。交響曲には分類されないが、1892年に書かれた管弦楽のための交響詩「クレルヴォ」が合唱付き約80分、1925年に完成した交響詩「タピオラ」が20分弱だったことを併せると、この傾向は顕著と言える。
 曲の洗練と抽象化を突き詰めるとどうなるか。シベリウスは1920年半ば頃から交響曲第8番の執筆を開始し、1933年に第1楽章はほぼ完成し清書も行われたそうだが、第1楽章だけでかなり大規模になったようで、結局彼は全てを破棄してしまった。この失われた第8番に対する考察は諸説あるが、「シベリウスの厳しい自己批判」(神部智『作曲家・人と作品シリーズ シベリウス』)というのが一番近いのではないかと思える。

■交響曲第1番
 交響曲第1番は1899年、33歳の時の作品である。「シベリウスの交響曲は第4番以降で独自の書法を確立した」(濱田滋郎『シベリウス 交響曲第1番』)と評されているが、第1番においても既に、清冽な響き、素朴で懐かしい音律(教会旋法の使用)、悠大な和声感、独特のリズムと音響(例えば半音階的無窮動)が、シベリウス以外の何物でもないと感じさせる。

第1楽章 ホ短調 Andante, ma non troppo(2/2拍子)– Allegro energico(6/4拍子)
 ティンパニのトレモロに伴われクラリネットが静かに序奏を奏で、その後ヴァイオリンの3度の清冽な響きとともに力強く熱い主部が開始する。ト長調とホ短調両者の色彩を併せ持つダイナミックな旋律が印象的である。ソナタ形式。

第2楽章 変ホ長調 Andante (ma non troppo lento)(2/2拍子)
 緩徐楽章。ハープの変ホ音に導かれ、弱音器をつけたヴァイオリンとチェロが変ホ長調なのかハ短調なのか判然としない切ない旋律を奏でる。途中、シベリウス得意の4分の6拍子や、疾風怒濤の無窮動パッセージと組み合わされる。

第3楽章 ハ長調 Scherzo: Allegro(3/4拍子)
 低弦のピッツィカートによる和音の連打に乗って、ティンパニ、ヴァイオリンがスケルツォの動機を奏で、管楽器へと引き継がれる。導音のない教会旋法的旋律で、素朴な力強い舞曲が繰り広げられる。ひとときの安らぎのような優美な中間部を持つ、三部形式。

第4楽章 ホ短調 Finale: Andante(2/2拍子)– Allegro molto(2/4拍子)
 「幻想曲のように」という指示のある自由な形式の終楽章。まず第1楽章冒頭序奏の旋律が、今度はテンション高めに奏でられる。その後短い動機から成る慌ただしい部分を経て、悠大な旋律が最初はハ長調でヴァイオリンのG線で奏でられる。この旋律は終盤、より広大に悠久にロ長調で奏でられ大団円となる。最後は厳しいホ短調に戻り曲を閉じる。

■新響の原点回帰
 さて未曾有のパンデミックの中、新響においても、音楽活動を再開すべきか、その場合どのように、と、何度も真剣な議論が行われた。オーケストラの醍醐味の一つに、19世紀末から20世紀にかけての大規模で複雑な曲を華やかに演奏する、というものがある。今回の新響も、予定ではストラヴィンスキー「春の祭典」を取り上げる筈だった。だが、この状況では大規模編成ものは難しい。一つの解は「古典への回帰」であろう。しかし今回湯浅先生率いる新響はシベリウスを選んだ。これは「内面への回帰」と言えると思う。1907年にシベリウスはマーラーと対面したそうだが、マーラーが「交響曲は一つの世界のようなものである。そこには全てが含まれていなくてはならない」と言ったのに対し、シベリウスは「交響曲においては全ての動機を内的に連関させるスタイルの厳格さ、深遠な論理が重要である」と述べたそうだ(神部智『作曲家・人と作品シリーズ シベリウス』)。

初演:1899年4月26日 作曲者自身の指揮 ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団によりヘルシンキにて
楽器編成:フルート(ピッコロ持ち替え)2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、大太鼓、シンバル、トライアングル、ハープ、弦五部

参考文献:
「シルベスターの数学と音楽で多忙な日々」
https://www.irishtimes.com/news/science/james-joseph-sylvester-s-busy-life-of-maths-and-music-1.2329647
神部智『作曲家・人と作品シリーズ シベリウス』音楽之友社 2017年
濱田滋郎『シベリウス 交響曲第1番』(スコア解説)日本楽譜出版社2016年

第251回演奏会(2020.10.18)パンフレット掲載

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