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バーンスタイン:「ウェストサイドストーリー」よりシンフォニックダンス

橘谷 英俊(ヴィオラ)

 本日の「ロメオとジュリエット」の物語は、互いに争うグループに属する男女が恋をし、グループ間の憎悪のためこの恋は実らない、というプロットはそのままに、ミュージカルとして現代に蘇る。
 1949年1月6日に新進気鋭の振付師で演出家のジェローム・ロビンスがレナード・バーンスタインに「ロメオとジュリエット」のミュージカル化の思い付きについて電話をしたのが、すべての始まりだった。さらに脚本家のアーサー・ロレンツを巻き込んで完成したのが、ミュージカル「ウェストサイドストーリー」であり、半世紀以上経った今なお、最も人気のあるミュージカルの一つとなっている。
 30歳台になったばかりの3人により1949年から検討されたミュージカルの内容は、「ロメオとジュリエット」を現代のニューヨークに蘇らせることで、カトリックとユダヤ教の宗教対立をテーマにした「イーストサイドストーリー」などいろいろな構想が生まれたが、当時ウェストサイドで社会問題になっていたプエルトリコ移民と貧しい白人の不良グループ間の抗争をベースにすることに落ち着いた。
 バーンスタインは、ミュージカル「キャンディード」の作曲も並行していたので、当初筆はなかなか進まなかった。その後、スティーヴン・ソンドハイムという才能溢れる作詞家を得て、青少年の非行、人種差別、貧富の差などの社会問題に対するメッセージが感じられるような歌詞や台詞が多く散りばめられたミュージカルが完成し、1957年8月19日にワシントンで世界初演された。そして同年9月26日にはニューヨークのウィンターガーデン劇場(後に「キャッツ」専用劇場になったことで有名)でブロードウェイ初演となった。
 原作で重要な役割を果たす仮死の薬は現実的ではないため、後半の展開は原作とはかなり異なったも
のとなったが、ドラッグストアが舞台上の重要な要素の一つになっているのは作者たちの一流のユーモアかもしれない。
 映画化はロバート・ワイズ(後に「サウンドオブミュージック」の監督も務めた)とジェローム・ロビンスの両監督のメガフォンで1960年8月に撮影が始まり、1961年10月にニューヨークで公開されたが、アカデミー賞に11部門でノミネートされ、10部門で受賞するという輝かしい成果をあげた。ちなみに舞台となったウェストサイド地域は映画撮影の頃に行われた再開発により現在はリンカーンセンターなどに変貌しており、特にニューヨークフィルの本拠地であるエイヴリーフィッシャーホールが建つ前の場所は映画撮影の中心地であった。

 原作、ミュージカル、映画で登場人物の比較対応をすると次ページの表のようになる。
 なお、映画ではトニー役のリチャード・ベイマーとナタリー・ウッドはそれぞれ歌うつもりで録音も行われたが、それぞれジム・ブライアントとマーニ・ニクソンの吹き替えに変えられた。ナタリー・ウッドは試写会で激怒し、マーニ・ニクソンは相応の報酬を要求したがいずれも抗議は受け入れられず、マーニ・ニクソンにはバーンスタインが個人的にボーナスを渡したという。ナタリー・ウッドはかなり良く歌っているが、マーニ・ニクソンと比べればその差は明らかで、吹替えの判断は正しかったと言わざるを得ない。このマーニ・ニクソンは「王様と私」でデボラ・カーの、「マイフェアレディ」でオードリー・ヘップバーンの吹き替えを行なって、最強
のゴーストシンガーと言われる人だが、「サウンドオブミュージック」で尼僧の1人として出演するまではクレジットされることもなかった。

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シンフォニック・ダンス
 バーンスタインが、映画用のオーケストレーションで力を発揮したシド・ラミンとアーウィン・コスタルの協力を得て、ミュージカルの中の主要なダンスナンバーを取り出して、大編成のオーケストラのための組曲として編んだもので、1960年に完成した。9つの部分が切れ目なく演奏されるが、編曲チームの感触を優先して曲の順を決めたため、ミュージカルや映画の中での曲順に沿っているわけではないが、結果として音楽上の効果を最大限高めることに成功している。

1. プロローグ(Prologue)
 ミュージカルや映画の導入部とほぼ同じで、不安を感じる増4度(全3音)の音の跳躍(譜例1 映画の序曲では口笛も)に続き、フィンガースナップの音がする中でアルトサクソフォーンがスイング調の旋律(譜例2 ジャズのフィーリングでとの指示がある)を奏で、いかにもニューヨークの不良少年らしい雰囲気を出している。同じシマ(縄張り)を争うポーランド系のジェット団とプエルトリコ系のシャーク団が登場し、疾走し(低弦のジャズっぽいピチカートが印象的)、喧嘩を始め、警官の笛で制止されるまでが描かれるが、映画ではミュージカルよりかなり長くなっており、意表をつく振り付けは素晴らしい。映画で特に有名なのはジョージ・チャキリスが足を高く上げる場面だが、筆者の見た限りでは、ミュージカルでの高さにははるかに及ばない。
 フィンガースナップはこの後も色々な場面で使われるが、かなり個人差があって苦手な人には大変難
しい。この点、ブロードウェイの公演でのフィンガースナップは音量やクリアさが半端ではなく、本場のパワーのすごさを感じた。
 また、増4度の音程は「ウェストサイドストーリー」のあらゆる場面で使われ、この作品を特徴付けているので、どのように使われているかを探しながら聴くことをおすすめしたい。

2. どこかに(Somewhere)
 決闘でリフを殺してしまったトニーがマリアとど こかへ行って幸せに暮らしたいという気持ちを表した美しい旋律(譜例3)で、オリジナルのミュージカルでは少女の声(新演出では少年のボーイソプラノ)で「どこかに安らぎの地がある」と歌われる。この美しい旋律はまずヴィオラ・ソロに現れ、ホルン、ヴァイオリンに引き継がれる。
 映画では、トニーがベルナルドを殺したことを聞いたマリアが自分の部屋で祈っているとき、トニーが忍んで来て2人でこの曲が歌われる。

3. スケルツォ(Scherzo)
 ミュージカルでは「どこかに」の前に、流れるような旋律が小さな編成で演奏され、「ウェストサイドストーリー」の意図するメッセージを発信する重要な部分となっている。この部分では、ジェット団とシャーク団が仲良く踊るという現実から逃避した夢をトニーとマリアが見るのだが、決闘の前の場面で現実性に欠けるため、映画ではカットされている。

4. マンボ(Mambo)
 ここから3曲はアメリカに来てまだひと月のマリアとリフに誘われて来たトニーが出会うことになる体育館でのダンスパーティの音楽で、マンボはその頂点に位置し、たくさんの打楽器(特にラテン系のもの)が演奏に参加する。トランペットなどの金管が派手なフレーズを景気良く奏でると、オーケストラメンバー全員が「Mambo!」とシャウトすることになっているが、シャウトをしない演奏や録音もある。新響のシャウトのパワーはいかに。
 このマンボの音楽は、プエルトリコのラテン音楽と、トランペットなどでシェイク、フラッター、グリッサンドなどの特殊奏法を使ったニューヨークのジャズとが融合した、楽しくパワフルなもので、バーンスタインならではの音楽になっている。ミュージカルでも映画でも素晴らしい踊りが披露されるが、映画では、この曲でトニーが体育館に到着し、アニタ(リタ・モレノ)と宙返りを披露するリフ(ラス・タンブリン)の派手な踊りが印象的だった。

5. チャチャ(Cha-Cha)
 トニーがマリアと出会って意識し、チャチャチャのリズムに簡単なステップで踊り、一目惚れした心境を表している。バスクラリネットの洒落た前奏に続いて弦楽器のピチカートとフルートにより演奏される(譜例4)が、この旋律は出会いの後にトニーが歌う「マリア」と同じである。映画ではトニーとマリア以外はソフトフォーカスとなり、互いの存在に気づいて惹かれる様子を映画ならではの手法で表現している。なお、このシンフォニックダンス中にはフィンガースナップはないが、ミュージカルと映画では踊りながらのフィンガースナップがある。

6. 出会いの場面(Meeting Scene)
 トニーとマリアが幻想的な雰囲気で初めて言葉を交わす(初めて会ったとか手が冷たいなどたわいのないもの)短い場面で、4本のヴァイオリン・ソロによる気持ちの高揚が感じられる旋律(譜例5)が聞こえるが、このようなロマンチックな旋律の中にも増4度音程が含まれて将来の悲劇を予感させる。

7. クール〜フーガ(Cool〜Fugue)
 シャーク団との決闘の前にジェット団のメンバーはドクの店に集まるが、皆興奮気味。リーダーのリフは冷静になれと諭し、踊ることで興奮を鎮めさせる。
 この曲でも増4度の音程を持つ主題(譜例6)が不安を醸し出し、徐々に盛り上がって踊りも激しくなり、落ち着きを取り戻して静かに終わる。スイングせよ(swing)との指示があり、アルトサクソフォーン、ヴィブラフォン、トランペット、ドラムスなどが活躍してジャズの雰囲気にあふれており、シンフォニックダンスの中でも最も素晴らしい曲ではないだろうか。
 この曲に付けられた振り付けも綿密に計算されたもので、意外性があり、変化に富み、今見ても全く古さを感じさせない素晴らしいものである。しかし、この場面と次の乱闘の場面のダンスの練習はミュージカル、映画とも過酷を極めた。決して妥協を許さないジェローム・ロビンスは、誰かが怪我をしたり動けなくなったりするまで、ハードな練習を続けさせた。
 映画では、決闘後のシーンとなっており、決闘でリフとベルナルドが殺されるという予想もしなかった結果に動揺するジェット団メンバーが、ガレージの中で自動車のライトを点け、踊ってクールダウンする。リフが亡くなっているので、ミュージカルでは存在しないナンバー2のアイスのリードで踊りが始まるが、アイスを演じたタッカー・スミス(リフの歌の吹き替えもやっている)の存在感はリフ以上で、そのカッコ良さに強く惹かれる。クールを決闘の後に持って来たのはきわめて自然でリアリティの向上に効果を上げており、クールのダンスは映画でも最大も見どころではないだろうか。

8. 乱闘(Rumble)
 ジェット団とシャーク団は決闘によりシマの決着を図ろうとするが、その激しい乱闘を激しい音楽で描く。リーダー同士の話し合いで素手での対決のはずだったのがいつの間にかナイフを持つ者も現れ、仲裁のために来たトニーの目の前でリフがベルナルドに刺されてしまう。リフのナイフはトニーに託され、トニーはリフが殺されたことで逆上し、ベルナルドを刺してしまう。この曲に付けられた振り付けは各人の動きがカウントで決められた計算尽くされたものだったが、あまりの激しい動きから怪我人が絶えず、練習や公演では代役が何人も用意されたという。
 乱闘の最後には、バーンスタインのアイデアで、ミュージカルにはないフルートソロによる静かなカデンツァが追加され、最後のフィナーレに続く。

9. フィナーレ(Finale)
 ベルナルドを心ならずも殺してしまったトニーは、マリアとの再会を果たすが、その瞬間、チノの撃った銃弾に倒れる。フィナーレはマリアの腕の中で息を引き取る時に流れる音楽で、マリアが歌う「恋する私(I have a Love)」の旋律(譜例7)が流れ、「どこかに」の断片も現れ、静かに終わる。この時ジェット団とシャーク団が協力してトニーの遺体を運ぶ。映画でのこのシーンは秀逸で、涙なしでは見られない。
 原作では手違いが重なってロメオもジュリエットも死を選んでしまうが、ウェストサイドストーリーではマリアはこれからも力強く生きていくことが予感される。
 ウェストサイドストーリーにはシンフォニックダンスに含まれる曲以外に、体育館のシーンでの「ブルース」、シャーク団メンバーにより踊られる「アメリカ」という優れたダンスナンバーがあるが、これらは映画版で楽しむことができる。
 その映画版ではマリア役のナタリー・ウッドとトニー役のリチャード・ベイマーは撮影当時23歳で、原作の16歳のロメオと14歳のジュリエットの設定とはかなり差があるが、その分大人の恋になっているし、曲順の変更によりミュージカルでの不自然さがなくなってリアリティが増し、登場人物に共感できる感動的なものに仕上がっている。
 「ウェストサイドストーリー」において、主要な役にはオペラ並みの歌唱能力を要求する一方で、オペラではないことをバーンスタイン自身も認めている。バーンスタインは、筋と関係なく声をひけらかすオペラの悪弊を嫌い、もしオペラならばトニーが撃たれた後にマリアが歌うであろうアリアをいろいろ作曲してみたものの、どうしても本物にならず、ほとんどを台詞のみにせざるを得なかったことを語っている。要はリアリティの追求の違いで本質的な違いはないということらしい。
 それにもかかわらず、一般にミュージカルがオペラと比べて低く見られがちなのは、ミュージカルファンの筆者としては大変残念に思っており、「ウェストサイドストーリー」は、「レ・ミゼラブル」、「オペラ座の怪人」と並ぶ芸術性の高い三大傑作ミュージカルであると確信している。
 バーンスタインのミュージカル音楽の高い芸術性の一例として、ダンスナンバーではないためシンフォニックダンスには含まれていないが、決闘直前のクインテット(トゥナイト)を挙げたい。この曲では、ジェット団、シャーク団、トニー、マリア、アニタがそれぞれの今宵(トゥナイト)の心情を歌って対位法的に絡み合うというミュージカルではかつてなかった高みに達している。個人的見解だが、「レ・ミゼラブル」の第1幕最後にジャンバルジャン、ジャベール、マリウス、コゼット、エポニーヌ、テナルディエ夫妻でそれぞれの心情が歌われる名曲「One Day More」は、作曲家のクロード=ミシェル・シェーンベルクがバーンスタインのクインテットにヒントを得て比肩できるようなものを目指したものと考えている。

 新響では2010年1月24日の第208回演奏会でシンフォニックダンスを取り上げている。新響のプログラムビルディングには10年以内の再演は原則ないという10年ルールがあるが、今回はロメオとジュリエット特集の上で欠かすことのできない曲であることと、ほとんど10年に近いということで取り上げられた。
 「ウェストサイドストーリー」が提起した人種差別や格差、貧困の問題は半世紀たった今でも存在し、リアリティの高いこのミュージカルの先見性や問題提起、斬新な音楽や振り付けにはまったく古さを感じさせない。特にバーンスタインの音楽は20世紀の音楽中の大傑作であることは疑いなく、この曲はもはや現代の古典になっていることを確信できる。個人的には映画「ウェストサイドストーリー」はミュージカル映画だけでなく、すべての映画の中で映画館、テレビ放送、ビデオテープ、LD、DVD、BDと媒体が変わりながらも最も多く見た映画であり、文句なしのマイベストワンとなっており、ミュージカルの舞台とともに今後も見続けていきたいと思っている。

譜例準備中

初演:1961年2月13日 ニューヨーク・カーネギーホール ルーカス・フォス指揮ニューヨーク・フィルハーモニック

楽器編成:ピッコロ、フルート2、オーボエ2、コールアングレ、Esクラリネット、クラリネット2、バスクラリネット、アルトサクソフォーン、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット3(1番はD管持ち替え)、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、ボンゴ、タンブリン、ティンバレス、トムトム、小太鼓2(うち1台は小型)、コンガ、中太鼓、大太鼓、4つの音に調整された太鼓、ドラムセット(シンバル、小太鼓、トムトム、大太鼓)、トライアングル、吊りシンバル、合わせシンバル、フィンガーシンバル、カウベル3(うち1つは大型)、タムタム、ヴィブラフォン、グロッケンシュピール、鐘、ウッドブロック、ギロ、マラカス大小、木琴、警官の笛、ハープ、ピアノ、チェレスタ、弦五部

参考文献:[Bernstein Orchestral Anthology Volume 1](シド・ラミンによる解説)Boosey & Hawkes Music Publishers Limited. 1998バーンスタイン指揮、イスラエル・フィル演奏のウェストサイドストーリー CD解説 グラモフォン F60G 50122/3

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