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プロコフィエフ:バレエ組曲「ロメオとジュリエット」より

高梨 健太郎(クラリネット)

 今からさかのぼること20年前の1999年4月17日、新響は今日と同じくプロコフィエフの「ロメオとジュリエット」をこの東京芸術劇場大ホールで演奏している。当時大学生だった私は3階席の奥の方でこの演奏を聴いていた。その時の新響のロメオとジュリエットの演奏を聴き涙が止まらなくなり、演奏後もしばらく席を立てなかった。こんな経験は初めてだった。新響に入団したいと思った理由の1つになった。


 ロシアの作曲家プロコフィエフは、シェークスピアの有名な悲劇「ロメオとジュリエット」を題材に、全52曲からなるバレエ音楽を作曲した。本日は、作曲者自身が演奏会用に抜粋した組曲の第1番から1曲と第2番から5曲を演奏する。

1. モンタギュー家とキャピュレット家(第2組曲第1曲)
 冒頭の耳をつんざくような金管楽器の不協和音は、「ヴェローナの平和を乱す者は死刑に処する」と宣告するヴェローナ大公エスカラスの主題である。
 その後、キャピュレット家で行われる仮面舞踏会での騎士と貴婦人たちが踊る威圧的な音楽が始まる。中間部には、望まない結婚の婚約者パリスとジュリエットが踊る、冷ややかではあるが美しい音楽が挟まれる。

2. 少女ジュリエット(第2組曲第2曲)
 14歳の少女ジュリエットの茶目っ気、可憐さ、そして恋への憧れと不安を表現している曲である。まだロメオを知らない無垢で明るいジュリエットが前半で表現されている。
 後半は、オーケストラとしては珍しくテナーサクソフォーンを起用している。その独特で少し陰のある音色は、恋への憧れ、不安といったジュリエットの内心を描写し、さらにはその後の展開も予感させる。

3. 修道士ローレンス(第2組曲第3曲)
 両家の仲直りのためにと、ロメオとジュリエットの結婚を執り行うローレンスの穏やかで慈愛に満ちた音楽である。素朴なファゴットのソロの後、チェロの美しい高音の旋律が続く。またファゴットのソロに戻り、静かに終わる。

4. ティボルトの死(第1組曲第7曲)
 両家の争いを表すような不穏な音楽が弦楽器によって始まる。キャピュレット家のティボルトが、ロメオの親友マキューシオを挑発する。ところどころで顔を出す飛び跳ねるような旋律は明るく快活なマキューシオを表しているが、次第に挑発に乗ってしまい不穏な音楽にのみこまれていく。加勢したいと思いながらもジュリエットのことを考え手を出さずに見守るロメオの目前で、ティボルトはマキューシオを殺してしまう。
 一瞬の間の後、親友を殺されたロメオは我を失って激昂し、ティボルトと闘う。お互いが激しく立ち回り剣を交錯させる決闘の様子を弦楽器が見事に描き出す。激しい戦いの末、ロメオはティボルトを倒す。決闘のシーンの後に挟まれる15回もの無機質な音の連打は、ティボルトが絶命していくまでのカウントダウンである。そして、ホルンやトランペットが最強奏でティボルトの葬送行進曲をうたい上げ、曲を締めくくる。

5. 別れの前のロメオとジュリエット(第2組曲第5曲)
 追放前のひとときを過ごしたロメオとジュリエットは、2人のまどろみの時間から、別れの時を迎える。フルートによる「花嫁の含羞」を経て、ホルンやクラリネットによって、ロメオの決然とした態度が示される。さらに、オーケストラ全体が一丸となってロメオの「出発の決意」を雄々しく演奏する。ひとしきり盛り上がりをみせたあと、音楽は鳴りをひそめる。フルートとクラリネットによる静かな伴奏とともに、寂しく不安げな主題がオーボエや低弦でひっそりと提示される。これから起こる悲しい出来事の予兆であるかのような不安な雰囲気で終わりを迎える。

6. ジュリエットの墓の前のロメオ(第2組曲第7曲)
 徹頭徹尾、直情的に悲壮感が伝わってくる音楽である。仮死状態のジュリエットを見つけたロメオの悲痛な嘆きを、弦楽器や金管楽器が異常な熱量で表現する。なりふり構わず声を上げて号泣しているかのようなこの曲想は、鋭く心に突き刺さる。悲嘆に暮れた失意のロメオが毒薬を飲み自らの命を絶って音楽はいったん落ち着き、その後のジュリエットの死を静かに暗示して曲は終結する。


“要するに代償を求めず、ただひたすら音楽を愛し、それに没入していく心、それがアマチュアの中身であり、魂でもあろう。”
(第113回演奏会「新響と30年 芥川也寸志」(1986年11月)プログラムより)

 新響草創の頃から関わった芥川也寸志の言葉である。新響のプログラムには団員勤務先のページがある。仕事をしているにもかかわらず、時間その他諸々をなんとかやりくりして音楽活動にのめりこむ、アマチュアの矜持の証である。

 同じ記事の別の箇所では、アマチュアの訳語である「愛」を辞書で調べた結果が列挙されている。その中で「大切にして手離さない」というものがある。まさに、新響団員にとって音楽とは「大切にして手離さない」ものであろう。一方、「ロメオとジュリエット」では、究極的な犠牲を払ってでもお互いを「大切にして手離さない」姿勢を貫く。昔のことでもあり記憶が美化されていることは承知の上だが、20年前の私を捉えたのは、音楽の中の2人の、そして舞台上で演奏していた新響の「大切にして手離さない」心意気だったのではないかと考えている。

 本日も20年前と同様、お客様と感情を共有し、願わくば過去の私のような体験をしていただけるよう、新響は音楽に没入する。その様を、どうかあたたかくご覧いただきたい。

初演:1938年12月30日(バレエ)チェコスロヴァキア国立ブルノ劇場※これに先立ち、第1組曲は1936年モスクワ、第2組曲は1937年レニングラードにて初演された。

楽器編成:ピッコロ、フルート2、オーボエ2、コールアングレ、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット2、コントラファゴット、テナーサクソフォーン、トランペット2、コルネット、ホルン4、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、大太鼓、シンバル、小太鼓2、木琴、グロッケンシュピール、タンブリン、トライアングル、ハープ、ピアノ、チェレスタ、弦五部

参考文献:新交響楽団第113回演奏会「新響と30年 芥川也寸志」(1986年11月)プログラム

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