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チャイコフスキー: 交響曲第4番ヘ短調

安田 浩三(チェロ)

 チャイコフスキーは7つの交響曲(番号が付けられている6曲とマンフレッド交響曲)を作曲しているが、人気が高く、演奏頻度が高いのは後期の第4番、第5番、第6番「悲愴」の3曲である。
 初期の第1番「冬の日の幻想」、第2番「小ロシア」、第3番「ポーランド」は、ロシア国民楽派の作品に近く、民族的な素材がふんだんに取込まれていることはその副題からも想像ができ、素朴で、比較的単純な仕上がりとなっている。これに対し第4番は、標題音楽的な印象を感じさせながらも高度な形式を取っており、交響曲作曲家としての評価を決定付けた大作である。


 冒頭より強烈な序奏に始まり、いきなりこの曲の奥深い世界へ引き込まれてしまう。この序奏は「運命の動機」であり、楽章途中に「運命から逃れることはできない!」と言わんばかりに何度も登場する。この序奏によってはじまる第1楽章は烈しく、重苦しく、深い悲しみに満ち、それでいて力強い生命力が感じられる。第2楽章は寂しく、儚い。第3楽章は一転して軽快で、陽気である。そして第4楽章には猛烈な勢いがあり、勝利を勝ち得るかのような展開を見せる。しかし突如、運命の動機が再現されるが、すぐに運命を克服して盛大なラストを迎える。
 曲の中には、烈しい感情的要素がふんだんに詰め込まれており、作曲者が異常な心理状態であったことが想像できる。ロシアの厳しく広大な自然環境をも彷彿とさせるが、この曲が書き上げられたのはヴェネツィアである。重厚なこの曲と、明るくて大らかなイタリアの水の都のイメージがどうしても一致しない。やはり彼の心理状態によるものが大きく影響しているのだろう。


 当時のチャイコフスキーには、不幸と幸福の相反する2つの劇的な出来事が発生していた。不幸な出来事は、結婚と破局。交際3 ヶ月でスピード結婚したものの、翌月には破局を迎え、入水自殺を試みている。一命を取りとめたことは、我々にとっても本当に幸いであった。
 幸福な出来事は、裕福なフォン・メック夫人からの高額な経済援助を得られたことである。生活のための教職から解き放たれ、作曲活動に専念できるようになったのは、この時期からである。ちなみにメック夫人とは、14年間も手紙を取り交わして心を通わせているが、1度も会う事はなかったようである。
 そして手紙の中からは、本曲に対する作曲者の見解を見ることができる。私の拙い文章よりも、作曲者本人のことばを引用した方が曲の本質をご理解いただけるであろう。日本楽譜出版社のミニチュアスコアの解説にわかり易く書かれているので、翻訳部分に『 』を付けて引用させていただく。


第1楽章  Andante sostenuto(3/4拍子)-Moderato con anima(9/8拍子) ヘ短調、ソナタ形式
 『序奏は全曲の本質である』『運命、絶大なる力、それは幸福を築こうとする意欲の全てを消失させるものである。圧倒的で、克服不可能な力であり、それにはただ服従するよりほかに仕方がなく、そして空しく悲嘆に暮れるばかりである』
 『運命の力に対してだんだんと絶望的となり、夢のなか、忘却の彼方に逃避しようとする』


第2楽章  Andantino in modo di canzona(2/4拍子) 変ロ短調、3部形式
 『夕闇の迫る頃、人が仕事に疲れて家のなかに一人で座っているときの憂鬱な心地。読もうとしていた本もいつしか手許から滑り落ち、数限りない回想がいろいろな形で甦ってくる』


第3楽章  Scherzo. Pizzicato ostinato-Allegro(2/4拍子)ヘ長調、複合3部形式
 『これといって明確な感情はない。それは気紛れと陽気な戯れの連続で、全楽章を通じて弦のピツィカートがそれを表現する。相互になんの関連性もない空間的な映像が、ちょうど半ば眠っている人間の頭脳から出てくるように、種々の色合いで表われる。すなわち、酔った農夫、街の騒音、遠のく軍隊行進曲など』


第4楽章  Finale. Allegro con fuoco(4/4拍子) ヘ長調、(自由な)ロンド形式
 『他の人々の幸福を喜ぶべし、しかして汝は生くることを得』
 引用は、以上。


■譜例紹介
 私はチェロ弾きであるので、チェロおよび低音楽器を中心に譜例を抽出した。
※譜例準備中

譜例1(第1楽章 序奏):
 ホルンとファゴットにより始まる序奏は、すぐに金管全体へ、そしてオーケストラ全体へ拡大する。
序奏以降、第1楽章で7回、第4楽章終盤に再び登場する「運命の動機」である。
ファゴット譜より


譜例2(第1楽章 第1主題):
 ヴァイオリンとチェロにより奏でられるが、譜面を見ないと何拍子かわかりにくい。不安定な心情を表しているものと思われる。
チェロ譜より


譜例3(第2楽章):
 オーボエにより始められ、チェロに引き継がれる。その後は楽器を替えて楽章中にたびたび登場する。
チェロ譜より


譜例4(第3楽章):
 弦楽器全員でのピツィカートにより演奏される。コントラバスは楽器が大きく弦が太いので、大変そうである。
コントラバス譜より


譜例5(第4楽章):
 弦と木管全員が同じ動きで、大迫力の演奏をする。一糸乱れぬ演奏ができるかどうか。
チェロ譜とコントラバス譜より


■ 新交響楽団とロシア音楽、チャイコフスキーの人気度について
 新交響楽団の誕生と発展に大きく関わった芥川也寸志氏は、ロシア音楽へ深く傾倒していた。新響62年の歴史の中で、前半30年は、芥川氏の影響が絶大であり、定期公演に於いても比較的ロシア音楽が多く取り上げられている。
 1967年には、無謀にも(?)冷戦真っ只中にあったソヴィエト社会主義共和国連邦への演奏旅行を行ない、モスクワほかのご当地にて、チャイコフスキーの交響曲第5番を演奏している。
 私の新響との出会いも、ロシア音楽であった。1983年の芥川指揮によるショスタコーヴィチ第5番を聴衆として聴いているが、この時の火の出るような熱い演奏は今でも記憶に残っており、その後の入団のきっかけとなった。
 その後の新響は多くの指揮者の指導を受け、優秀な若手が加わり、レパートリーを広げ、大きく成長している。反面、昔の本能的で若々しい演奏に比べ、今は少し洗練された大人(?)の演奏へと変わりつつあると感じるが、ロシア音楽に対する芥川魂は、今の新響にも残っていると思う。
 さて、ここでチャイコフスキーの人気度をご紹介したい。
 「音楽の友」4月号に読者アンケートによる人気ランキング(各項目上位20位)の記事があったので引用する。
 好きな作曲家では、2位。
 好きな交響曲では、第5番が3位、第6番が7位、第4番は少し下がるが16位。
 好きな協奏曲では、ピアノ協奏曲が2位、ヴァイオリン協奏曲が3位。
 他にも管弦楽曲では4曲がランク・インしている。
以上のデータからも、人気の高さが窺える。


 では新響での演奏頻度はどうか? 後半31年目にあたる1987年1月/第114回以降の定期公演での交響曲の演奏履歴を調べると次の通りである(カッコ内は指揮者/演奏年月)。
第4番:第187回(ヴィクトル・ティーツ/ 2004年10月)
第5番:第141回(石井眞木/ 1993年10月)、第214回(井㟢正浩/ 2011年7月)
第6番:第123回(本名徹二/ 1989年4月)、第167回(ヴィクトル・ティーツ/ 1999年4月)
マンフレッド:第129回(原田幸一郎/ 1990年11月)
 なお第1~3番は62年間で1度も演奏されておらず、意外であった。
 もっと演奏されても良いのでは? という気もするが、新響には10年ルールというものがあり、定期公演では同じ曲目を10年間は演奏しないという原則があるので、致し方ないだろう。
 平均すると、5年に1度しか演奏されない計算となるので、本日の貴重な演奏機会を充分楽しむようにしたい。


 ご参考までに、新響の作曲家別交響曲演奏回数ランキング(31年目以降)は次の通りである。
1位:マーラー[18回]※大地の歌を含む
2位:ベートーヴェン[11回]※依頼公演での「第九」演奏会を除く
3位:ブラームス[10回]
4位:ショスタコーヴィチ[8回]
5位:チャイコフスキー[7回]
※マンフレッドおよび、本日公演含む


 最後に、日本オーケストラ連盟ニュースの特集に、「2016年度 定期演奏会演奏回数ランキング(正会員25楽団、交響曲以外含む)」が特集されているが、作曲家別でチャイコフスキーは4位である。新響の演奏頻度=5位は、世間的にも順当であろう。


初演: 1878年2月10日、ニコライ・ルビンシテイン指揮、ロシア交響楽協会モスクワ支部演奏会
楽器編成: フルート2、ピッコロ1、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボー
ン3、テューバ、ティンパニ、大太鼓、シンバル、トライアングル、弦五部


参考文献
溝部国光(解説)『チャイコフスキー 交響曲第4番 ヘ短調』(ポケットスコア)日本楽譜出版社 2004年
『音楽の友』2018年4月号 音楽之友社 2018年
日本オーケストラ連盟ニュース『36 ORCHESTRAS Vol. 98』日本オーケストラ連盟 2018年

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