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サン=サーンス:ヴァイオリン協奏曲第3番

伊藤賢吾(ヴァイオリン)


 指揮とともに静かに始まる弦楽器のトレモロに導かれて、独奏ヴァイオリンのG線の音色が深々と鳴り響く。その情熱的な音色に、一瞬にしてサン=サーンスの世界に惹き込まれてしまった。
 私はこのサン=サーンスの「ヴァイオリン協奏曲第3番」が大好きである。


■サン=サーンスとヴァイオリン協奏曲
 シャルル・カミーユ・サン=サーンス(1835-1921)は1835年10月9日に官史の家庭に生まれ、幼い頃から音楽的な才能を発揮した。2歳半より叔母から音楽の手ほどきを受け、3歳で最初の曲を作曲、7歳の時にピアノ演奏で聴衆を魅了し、モーツァルトと並ぶ神童とまで評価された。そして13歳でパリ音楽院に入学し作曲とオルガンを学び、15歳で「交響曲イ長調」を作曲した。やがて作曲家兼オルガニストとして活躍し、「世界で最も偉大なオルガニスト」と賞賛された。
 彼は86年という長い生涯の中で様々な曲を作曲するが、その中でヴァイオリン曲は3つのヴァイオリン協奏曲、「序奏とロンド・カプリチオーソ」「ハバネラ」が有名である。今回の「ヴァイオリン協奏曲第3番」は1880年、サン=サーンスが45歳の時の作品で、当代きっての名ヴァイオリニストで初演者でもあるパブロ・デ・サラサーテに献呈された。ドラマティックな構成、情熱的でダイナミックなテーマや、流れるように美しいテーマが聴き手の心に強い印象を残すことから、彼のヴァイオリン協奏曲の中でも最も多く演奏されている。


■第1楽章(アレグロ・ノン・トロッポ、ロ短調)
 ソナタ形式で書かれている。曲の冒頭、弦楽器のトレモロに乗って独奏ヴァイオリンのG線を中心とした低音で、力強く情熱的な第1主題(譜例1)が始まる。上昇旋律やアクセントのある和音、下降旋律を経て第2主題へと移行する。
 ゆったりとした第2主題は優しさに満ち溢れ、第1主題とは対照をなす(譜例2)。
 その後、展開部では第1主題・第2主題が転調して表れる。転調後の第1主題は、提示部とは異なり、16分音符が連なる音階が展開され、より高揚感が増す。一方第2主題は、提示部と同様にゆったりとしたのびやかな旋律になっている。
 そして第1楽章は終盤へ向かう。独奏ヴァイオリンにより第1主題が再現され、トリルによってさらなる展開を期待させる。さらに3連符に続く16分音符の音階が細かくなり、緊迫感をもって第1楽章の終結を迎える。


■第2楽章(アンダンティーノ・クアジ・アレグレット、変ロ長調)
 第2楽章は、第1楽章の情熱とは対照的に、ゆっくりとしたテンポで始まる。舟歌(バルカロール)の流れるような美しい旋律は聴く者を夢の世界へと誘うようだ。この穏やかな主題の中で、上昇と下降を繰り返すアルペジオが曲調に変化をつける。第2楽章中盤では、流れるような旋律(譜例3)が奏でられ、このテーマは第3楽章の序奏(譜例4)の伏線となっている。
 そして第2楽章の白眉ともいうべき終盤を迎える。独奏ヴァイオリンの高音のフラジオレット(譜例5)とクラリネットのユニゾンのアルペジオが、静謐で天国的な雰囲気を醸し出す。なおこのヴァイオリンのフラジオレットは音程と表現の両立が難しく、ソリストの腕の見せどころでもある。


■第3楽章(モルト・モデラート・エ・マエストーソーアレグロ・ノン・トロッポ、ロ長調)
 第3楽章は、独奏ヴァイオリンがカデンツァを力強く演奏し、それにオーケストラが雄々しく応えるという劇的な序奏から始まる。この緊迫したかけ合いは第3楽章の特徴の1つといえる。
 その後、オーケストラの跳躍音と共に独奏ヴァイオリンの華々しい第1主題(譜例6)が表れる。この第1主題は、高音の符点リズムや3連符が特徴的で、急速な下降旋律や16分音符のスタッカートなどの技巧的な面も伴う。
 第2主題は対照的に明快で楽しい旋律となっている(譜例7)。はじめに独奏ヴァイオリンが伸びやかな主題を奏で、途中からオーケストラを伴って繰り返し演奏される。そして讃美歌風のコラールが始まる(譜例8)。これまでとは雰囲気が一変し、全体的に高音を中心とした流れるような弓使いで奏でられる。しばらくすると軽やかな3連符が表れ、少しずつオーケストラと共にクレッシェンドしていき、オクターヴの3連符の直後、冒頭の序奏が再現される。
 序奏の後は再び第1主題が華々しく表れるが、途中からオーケストラによる穏やかな旋律に変化し、そのまま転調した第2主題へと移行する。この第2主題は、はじめとは異なり深い音色でゆったりと始まる。3連符が表れると徐々にクレッシェンドし、オクターヴの旋律でオーケストラも主張し始め、次第に音の厚みが増して盛り上がりを見せる。
 再びコラールの美しい主題が登場する。音量はフォルテから始まり、すぐにピアノに落ちてまたフォルテに戻る。このコラールの小さな変化は、曲が終盤に向かっていることを暗示しているようだ。それから8分音符の音階が長く続き、軽やかな3連符のアルペジオがいよいよ第3楽章の終盤を知らせる。
 終盤になると、オーケストラも壮大になり3度目の第2主題が転調して表れ、テンポが上がると共に曲の盛り上がりが最高潮に達し、そのまま畳み掛けるように華麗な終結を迎える。


初演:1881年1月2日、パリにて、パブロ・デ・サラサーテの独奏による
楽器編成:フルート2(2番はピッコロ持ち替え)、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペッ
ト2、トロンボーン3、ティンパニ、弦五部
参考文献
『サン=サーンス』ミヒャエル・シュテーゲマン著、西原稔訳(音楽之友社)
[CD]「デュメイサン=サーンスヴァイオリン協奏曲第3番他」松沢憲解説(EMI CLASSICS)
[CD]「サン=サーンスヴァイオリン協奏曲第3番他」福田弥解説(EMI CLASSICS)

(譜例準備中)

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