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ハチャトゥリアン:バレエ音楽「ガイーヌ」より

中島甲人(クラリネット)


 だだだだだだだだだだだだだだだ、だららっらっら、だららっらっら、だららっらっら、だららっらっら


 運動会を思い出してくれたことでしょう。え、これでは分からない?いや、演奏を聞けば、きっと思い出すはず。分からない人は、よほど足が遅くて運動会をサボっていたか、お母さんのお弁当が美味しすぎて徒競走に出ることを忘れていたかのどちらかでしょう。今日は、思い出に浸る、そのような一日になることを願っております。


■音楽に囲まれた生活
 アラム・ハチャトゥリアン、彼は故郷を愛し、そこにある音楽を生涯愛し続けた。1903年にグルジアの首都である「歌う町」トビリシに生まれた彼は、幼年時代を音楽の鳴り響くこの町で過ごすことになる。「歌う町」と呼ばれる町、これはハチャトゥリアン自身も認めることであり、
 「私はいつも、この町を驚くほど響きに富んだ町と呼んでいる。(中略)音があちこちに響き渡り、町は音楽で溢れていた。タールやケマンチャ、ズルナーやドゥドゥークの楽音、1声からなるアルメニアの歌や多声的なグルジアの民謡、邸お抱えの民俗楽士のアンサンブルや柿売りの呼び声―—−そういったものが幼いころの私を取りまいた音の響きだった……」
と語っている。このように、民謡や民族音楽というハチャトゥリアンの音楽における重要な要素は幼年時代における音楽的土壌がもたらしたものであると考えられる。


■ガイーヌについて
 彼は、ガイーヌを作曲する以前に、アルメニアの村における生活を題材としたバレエ「幸福」を作曲している。ガイーヌは、このバレエ曲を元に作られた音楽であり、バレエ「幸福」にまったく新しい第3幕、第2幕のかなりの部分、第1幕、第4幕の若干の小曲を書き足してガイーヌを完成させた。彼はバレエ「幸福」を作曲するにおいて、

 「1939年の春・夏をアルメニアで過ごし、これから作るバレエ『幸福』の素材を集めた。ここではまた、ふるさとの民族音楽の、アルメニアの民間伝承のメロディーを真剣に学び始めた」
 「あまりにも舞曲的な音楽だったので、バレエを〈シンフォニー化〉することを私の課題にした」
 「私は民衆によって生み出された歌が、舞曲ふうのメロディーが、有機的にバレエの中へ入り込むように、また、これらがバレエ全体の音楽から分離できないようにしたかった」

と述べているように、民族音楽や民謡などの民族的モチーフをバレエ音楽に組み込むこと、バレエ音楽を〈シンフォニー化〉することを、自身の作曲の目標とした。また、ハチャトゥリアンは、ガイーヌというバレエ音楽には、舞踏性、ときには悲劇性にまで達するドラマティズム、それに叙情性、という3つの基本的要素がそのスコアの中に含まれていると示している。今回演奏する曲を聴いて頂いたとき、それぞれこの3つの要素が十分に含まれていると感じて頂けることであろう。


■剣の舞について
 これほどまでに有名な曲でありながら、バレエ曲の1曲であると、これほどまでに知られていない曲はないであろう。また、この名曲がたったの一晩で書かれたことを知る人も少ないのではないだろうか。彼の言葉と手記から、その作曲の過程を見てゆこう。
 「初演の前日になって、どうしてももう1曲新しい舞曲が必要だということになった。午後3時からとりかかったのだが、真夜中を過ぎても手がかりがつかめない。時間だけがむなしく過ぎていく。私はさまざまなリズムを指で机をたたいて試してみた。何か新しいリズム、剣をもって舞うにふさわしい激しいリズムが必要だった。…明け方近く、ついに新しいリズムが見つかった。それが『剣の舞』だ」
 「1942年11月、劇場の依頼で、もうスコアが完成した後だったが、私は『クルド人の舞』(後になって『剣の舞』と呼ばれるようになったものと同じを書き足した。午後の3時に書き始めて、夜中の2時まで、ぶっ通しに働いた。翌朝、オーケストラにアレンジして、リハーサルを行った。(中略)私は思い出す。『剣の舞』のスコアの中で、3拍子の鋭いシンコペーションのリズムの箇所の上に「ちくしょう、バレエのいいようにしてくれ!」と書かざるを得なかったことを。もうひとつ思い出すのは、最初、私は踊りの最後の部分は、長くて徐々のディミヌエンド(次第に弱く)で終わりたかったのだが、アニーシモワとバレリーナたちは、私を説得して、逆に、徐々のクレッシェンド(次第に強く)で踊りの終わりとしたことだ」

 こうして、名曲『剣の舞』はたった一晩で作曲されたのである。
 今回の演奏に用いるスコア上には、上述のハチャトゥリアンの言葉で語られる「徐々のクレッシェンド」が書かれていないために、この言葉を残した当時の演奏とは少し異なったものにはなるかもしれない。初演が終わった後も曲の推敲を重ねていた事が窺える。彼は、音楽のジャンルとしてのバレエ音楽の特殊性を深く思量していた為に、バレエという踊りの芸術と、バレエ音楽という音の芸術の仲介者として、多くの葛藤と喜びを作曲の中に感じていたことであろう。


■バレエ音楽とは
 最後に、ハチャトゥリアンにとって、バレエとは何なのか、彼の言葉をもって曲目解説を終わりたい。
 「最良のバレエは、偉大な芸術である。その中には、人間の生活のすべての多様性、人間の豊かな精神体験のすべてを表現することができる」
 「バレエは、オペラと同じく、諸芸術の総合の最高の表現だ、と私は考えている。音楽、舞踊、パントマイム、劇の動作、演劇・舞台の本源、装飾絵画、建築術、そしてときには、教会の合唱や詩の言葉も……何と手段が豊かなことか! 現実描写の可能性、偉大な思想的・芸術的概念の具体化の可能性、強い性格、情熱、感情の高揚などを明らかにする可能性、これらが何とかぎりなく秘められていることか! 視聴者に美的感化を及ぼす可能性が何と多様なことか!」

 バレエ、音楽、そして諸芸術、その美しさと、表現の多様性に取り憑かれた作曲家アラム・ハチャトゥリアン。今日は、その作曲家の芸術的精神、民族的なものに対する愛慕と称美、そのようなことが少しでも感じられるような演奏をしたいと、思うわけです。では、後ほど舞台で。


初演:1942年12月9日ペルミ市 キーロフ記念レニングラード・オペラ・バレエ劇場にて、P.E.フェリットの指揮による(演出:N.A.アニーシモワ)
楽器編成:ピッコロ、フルート2、オーボエ2、コールアングレ、クラリネット2、バスクラリネット、アルトサクソフォーン、ファゴット2、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、シンバル、吊りシンバル、大太鼓、小太鼓、タンブリン、テューブラーベル、タムタム、グロッケンシュピール、テューバフォン(管状の鍵盤をもつ鉄琴)、木琴、ウッドブロック、ハープ、ピアノ、チェレスタ、弦五部
参考文献
『ハチャトゥリヤン その生涯と芸術』ヴィクトル・ユゼフォーヴィチ著、寺原伸夫・阿蘇淳・小林久枝訳(音楽之友社)
『剣の舞 ハチャトゥリヤン-師の追憶と足跡』
寺原伸夫著(東京音楽社)

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