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R.シュトラウス: 交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」

森幹也(ホルン)


 R.シュトラウスは、1864年にミュンヘンで生まれた。父は、管弦楽団の第1ホルン奏者。その影響から、幼いころよりピアノやヴァイオリンに親しんだ。やがて作曲を夢中に勉強するようになる。彼は生涯において、主にオペラ・歌曲・管弦楽曲を多く作曲した。このうち、管弦楽曲の多くは20~30代に集中している。そして、それらのほとんどが「交響詩」という形をとった。
 交響詩はR.シュトラウスが活躍するひとむかし前に、フランツ・リストらが作り上げた世界だ。その頂点を、R.シュトラウスが築き上げたといっても過言ではない。それら交響詩の中にあって、本日演奏する「ツァラトゥストラはかく語りき」は、彼の交響詩の集大成ともいえるべき作品の一つだろう。これら交響詩を糧に、着実に実力を蓄えたR.シュトラウスは、次なるジャンルの「オペラ」へと羽ばたいていくことになる。


■作曲されたその背景
 「ツァラトゥストラはかく語りき」が作曲されたのは1896年。同じ時代を生きた作曲家をみると、ワーグナー、ブルックナー、マーラーなどと、有名どころが活躍していた時代だ。そのような中、R.シュトラウスは作曲当時32歳。生まれ故郷のミュンヘンにいた。
 若きR.シュトラウスは、この頃ミュンヘン宮廷歌劇場の指揮者として活躍する傍らで数々の交響詩を作曲し、その名声を高めていた。かの「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」や「ドン・キホーテ」、そして「ツァラトゥストラはかく語りき」などの交響詩は、このミュンヘンの地において作曲された。
 その「ツァラトゥストラはかく語りき」が作曲された直後、R.シュトラウスは同歌劇場の音楽総監督に就任した。だが、これまで世に出た交響詩は、当時としては余りにも斬新だった。これが、古き良きものを大切にしてきた宮廷歌劇場との間に対立を生む。お互いになんとか関係の修復を試みるも、その溝は結局埋まらない。やがて、R.シュトラウスはミュンヘンの歌劇場を去ることになる。
 この「ツァラトゥストラはかく語りき」は、1896年の2月に着手し、8月に書き上げられた。総譜とパート譜は、直ちにミュンヘンのヨーゼフ・アイプルから出版された。出版社への売値は3200マルク。当時の相場としてはまだ安い。
 同年暮れの11月27日、ドイツのフランクフルト・アム・マインにて、本人の指揮により初演された。その3日後の11月30日にはベルリンでニキシュの指揮により、またその翌日12月1日にはケルンで演奏された。


■ツァラトゥストラとは何か
 さて、この曲はスタンリー・キューブリック監督の映画「2001年宇宙の旅」で冒頭が印象的に使われた。その関係からか、一般的には序奏の部分があまりにも有名。しかしそれ以外の部分は、それほど知られていない。R.シュトラウスの作品は、冒頭が派手で、最後に穏やかとなる形がよくある。これはその典型だ。
 作曲の詳細を少し書こう。
 ミュンヘン大学の哲学科で学んだR.シュトラウスは、1880年代にニーチェが書いた「ツァラトゥスト
ラはかく語りき」もじっくり読み上げた。そっくりタイトルにしたこの曲は、著書の影響を存分に受けていることは明らかだ。
 さて、ニーチェの書いた「ツァラトゥストラはかく語りき」とは何だろうか。
 ツァラトゥストラは、紀元前6世紀ごろのペルシャのゾロアスター教、その教祖と言われる伝説的人物だ。ドイツ語でゾロアスターのことを、ツァラトゥストラという。
 この哲学書の内容をざっくり言えば、ツァラトゥストラが山にこもり、思案したのちに悟りを開いて、各地で予言した思想が本に書かれている。徳や戦争、科学、有限と無限の生、そういった事をいろいろ語るあらすじだ。これらの説話を通して、当時の理性的な人々に対し、「古代の永遠なる自然に根源的な救済」(ディオニソス的なもの)を示した内容となっている。
 つまり、永遠回帰の思想を描いたあらすじだ。それらを曲として描いたと、当然世間は思った。ところがここで、R.シュトラウス本人は違った見解を示す。「ニーチェの書いた著書の内容を曲にしたのではなく、これを書いた超人的なニーチェの思想を、曲に表現したものだ」と。


■R.シュトラウスの込めた想い
 R.シュトラウスは、何を書いたのか。情報を集め、違う角度から考えてみた。ドイツの、R.シュトラウス研究の第一人者、シュテファン・コーラ氏の研究成果には、別の哲学的なとらえ方が見られる。
 R.シュトラウスは、正真正銘のニーチェ主義者だった。ニーチェはR.シュトラウスのちょうど20歳年上。考え方も生き方も、ちょうど同時代に活躍した著名人だ。ニーチェ読者としてのR.シュトラウスは、今の平和な時代の人間とは少し違い、当時の時代を生きる人として、書に特別な理解があったようだ。R.シュトラウスは、自らの手控えとしてその哲学箴言書に、ニーチェの「アンチ・クリスト」の序章から、こんな言葉を書きつけていたとされている。
 「政治や民族統一の夢や、あわれむべき議論を下方に見下ろすためには、山上に住む訓練をしておかねばならない」と。
 「ツァラトゥストラはかく語りき」の作曲は、彼が32歳の時。それから、一連の交響詩が完成し、世に評価されるころ、R.シュトラウスは作曲の活動拠点を、山へ移す。
 その後の作曲のほとんどを、海抜1800メートルの高地、シルス・マリア(スイス)で取り組むようになったのだ。
 R.シュトラウスは、政治や戦争、民族運動を「下方の出来事」として遠巻きに見ていたい人間だったようだ。山にこもり悟りを開き、下方の人々にそれを説いたツァラトゥストラ。それに対しR.シュトラウスも、山で作曲し世に(下方に)問うた両者は、単なる偶然の一致として片づけられない何かがある。
 ツァラトゥストラとR.シュトラウス。私にはこの二人が重なって見えて仕方がない。そうしたときのツァラトゥストラとは、ニーチェその人だ。時に、思想の表現について、検閲が厳しさを増していた時代。R.シュトラウスは楽曲を通し、哲学的な何かを世に残したかったのではないか。
 もう少し書こう。
 コーラ氏の研究成果では、後世ナチス政権下の世相にあって、R.シュトラウスは内なる抵抗者であったことを暗に示唆している。反ナチス、つまり和平を重んじる考え方だった。
 作曲されたタイミング、彼の行動、抑圧された時代背景などから、この曲に込めた思いを考えるときに、R.シュトラウスは当時の独裁・争いを暗に批判し、人が人として自然に生きることへの素晴らしさを、哲学的に描きたかったのではないか。オブラートに包まれた中の、真の意味。しかし分かる人には、分かるような何かを曲に託した。私個人としては、そんな気がしてならない。


■曲の内容について
序奏
 冒頭、トランペットが吹くテーマは、「自然のテーマ」と呼ばれている。このテーマは、これ以降の曲中にたびたび登場する。全体を統括する、冒頭の主題となっている。『ド・ソ・ド』と、ミを加えず上昇し、続いて長和音、短和音へと移動する様は、自然の神秘と解決されない謎を示している。


後の世の人々について
 低弦の上に「あこがれのテーマ」と呼ばれる主題がファゴットなどで出てくる。その後出てくるホルンのテーマは、グレゴリオ聖歌の「クレド(われ唯一の神を信ず)」に由来している。この辺は弦楽器のパートが対位法的な厚みを増して書かれていて、聴きごたえがある。


歓喜と情熱について
 まさしく熱い情熱を感じるモチーフ。表情豊かに印象深い主題が奏でられ、これが立体的に展開してゆく。クライマックス付近で、トロンボーンがこの流れに反して「嫌悪のテーマ」を吹く。


埋葬の歌
 やがて静まり返り、オーボエが「埋葬の歌」を粛々と奏でる。上向したがる「あこがれのテーマ」と下向きの音が動き絡み合いながら、静かに静かに沈み込んでいく。


科学について
 コントラバスとチェロが静かにゆっくり動く。科学的な「フーガ」が用いられているが、時に様々な三連符が奏でられ、科学で解明されない神秘性を醸す。しばらくするとこれにフルートが加わり、幸福感のある明るい流れになる。その後「自然のテーマ」「嫌悪のテーマ」などが木管楽器で複雑に絡み合い、美しく盛り上がる。


病より癒えゆくもの
 トロンボーンで前出のフーガが提示される。このテーマは「自然のテーマ」の変形で、非常に立体的に展開する。大きく盛り上がった後ひと区切りがつくが、その後静かな再現部に入る。しばらくするとトランペットの信号音が発せられ、これらが「嫌悪のテーマ」と絡み合いながら、色彩を増してゆく。


舞踏の歌
 雰囲気が変わり、非常に華やかな三拍子。このワルツこそ、R.シュトラウスの真骨頂ではなかろうか。ソロ・ヴァイオリンによるウィーンの舞踏風旋律。それが全体の踊りに波及していく。やがてホルンが「夜の歌」を奏でる。これらさまざまな主題が融合していきながら、華やかさをどんどん増し、クライマックスへ向かう。


夜のさすさい人の歌
 その盛り上がりの頂点から崩壊が始まり、鐘がならされる。鐘は全部で12回鳴るが、これは深夜を告げている。背景は半音下降で進行し、ワーグナーの「神々の黄昏」を暗示している。アンチ・ワーグナーだったR.シュトラウスだが、作曲当時はワーグナーを信奉していたことに由来しているかもしれない。
 やがて自然と人間の対立と共生が永遠に続くかのごとく、楽曲は遠のくように終わってゆく。その穏やかさが、まるで冒頭の序奏につながるような様は、永遠回帰を想像させる。


初  演:1896年11月27日フランクフルト・アム・マインにて、作曲者自身の指揮による
楽器編成:ピッコロ、フルート3(3番は第2ピッコロ持ち替え)、オーボエ3、コールアングレ、小クラリネット、クラリネット3、バスクラリネット、ファゴット3、コントラファゴット、ホルン6、トランペット4、トロンボーン3、テューバ2、ティンパニ、大太鼓、シンバル、トライアングル、グロッケンシュピール、鐘、ハープ2、オルガン、弦五部
参考文献
『R.シュトラウス(作曲家別名曲解説ライブラリー9)』(音楽之友社)
『リヒャルト・シュトラウスの実像』日本リヒャルト・シュトラウス協会編(音楽の友社)
『ニーチェ ツァラトゥストラ』西研(NHK出版)
『ツァラトゥストラはこう語った(MINIATURE SCORES)』(音楽の友社)
CD『交響詩ツァラトゥストラはかく語りき・作品30』(解説)長谷川勝英(DECCA)

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