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コープランド:交響曲第3番

桜井 健(打楽器)

 私はアーロン・コープランドの音楽が好きで、学生の頃から愛聴していたし、交響曲第3番もその中の1曲として、なんとなく聞いていた。
 そういう意味では今回は個人的に念願かなって、コープランドの本格的作品の実演奏体験となるわけだが、私が個人的にコープランドの作品が好きなのは、やはり自分が打楽器奏者であって、打楽器の使い方が非常に効果的だということも大きな要因としてあるだろう。
 新交響楽団の演奏会にいらしていただいているお客様は、非常にマニアックな楽曲にも精通された方から、普段あまりクラシック音楽を聴く習慣をお持ちでない方まで、非常に幅広くいらっしゃるので、果たしてアーロン・コープランドという作曲家に関してどの程度の予備知識をお持ちか見当がつかない。作品どころか、名前も聞いたことのないという方も少なからずいらっしゃるのではないか、と思われる。
 コープランドは1990年まで生きていた人なので、同時代の作曲家と言ってよいと思う。

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 アーロン・コープランドは1900年、ニューヨークのブルックリンにユダヤ系ロシア移民の息子として生まれた。16歳のときにルービン・ゴールドマークに作曲を師事する。このルービン・ゴールドマークという人は、やや名前が知られているオーストリアの作曲家カール・ゴルトマルクの甥であると同時に、ニューヨークのナショナル音楽院に赴任してきて、あの超有名曲『新世界より』を残したアントニン・ドヴォルジャークの教えを受けている。
 ジョージ・ガーシュウィンもルービン・ゴールドマークに師事していた時期があるので、そういう意味では2人とも、ゴールドマークを通じて、ドヴォルジャークの孫弟子ということになる。


 1917年から21年までゴールドマークの教えを受けたあと、コープランドはパリに渡り、ナディア・ブーランジェ女史の弟子となった。
 この時期のパリというのは、言うまでもなく、1913年にストラヴィンスキーの『春の祭典』が初演され、ラヴェルの代表作品が次々に世に出、ミヨーやプーランクといった「フランス6人組」が新風を巻き起こしている時期でもあった。音楽の分野だけでなく美術、舞台芸術、文学、あらゆる表現芸術が「沸騰していた街」であったと言っても良いだろう。
 ブーランジェは有能な師であったばかりでなく、いつも授業が終わればフランス風サロンを開き、青年コープランドをストラヴィンスキーに引き合わせたりしている。コープランドは「時代のアイドル」ストラヴィンスキーと握手できたことに大変感激したようだ。
 ブーランジェはもう一人重要な人物の家にコープランドを連れて行って引き合わせている。ロシアからパリに亡命してきていた指揮者セルゲイ・クーセヴィツキーである。
 この初めての出会いの時には、このロシア人亡命指揮者が、この後のアメリカの音楽界にどれほど重要な役割を果たすのかは、双方とも知るよしもないのだが。
 この時代のパリという街では、ロシア・バレエ団によって、『シェエラザード(1910年)』、『火の鳥(1910年)』、『ペトルーシュカ(1911年)』、『ダフニスとクロエ(1912年)』、『春の祭典(1913年)』、『三角帽子(1919年)』といったバレエの新作が続々と上演され、そしてコープランド自身、滞在中の1923年にはロシア・バレエ団とストラヴィンスキーによる『結婚』の初演に立ち会っている。
 ブーランジェの教室もそういう当時のパリの熱狂とは無縁であるはずもなく、ブーランジェはコープランドにバレエ音楽の作曲を薦める。


 ブーランジェは「アメリカ音楽は今やまさに離陸寸前」だと見ていたようなのだが、ではいったい「アメリカ音楽」とはいったいどういうものなのか?-という問題に明確な答えを示せる者は、アメリカにもヨーロッパにも誰もいなかった。
 パリに渡って図らずも自分探しの結果、やはり「アメリカ音楽」を書かねばならない、という結論にぶち当たるところは、ガーシュウィンにも通じるのだが、祖国を離れてはじめて自分のアイデンティティがわかるというのは、この時代や、ガーシュウィン、コープランドの2人に限ったことではなく、現代でも誰でも同じことなのだろう。
 1924年にコープランドがパリ留学を終え、「アメリカ音楽」を書こうと意気に燃えて帰国したニューヨークは、数ヶ月前にガーシュウィンの『ラプソディ・イン・ブルー』が初演されて、空前の熱狂となっていたのも不思議な巡り合わせだ。


 「アメリカの音楽」を書くべきという問題は、ずっと前にコープランドの師のゴールドマークのさらに師である、ドヴォルジャーク大先生がアメリカの黒人音楽や、アメリカの民謡をもっと研究しなさいよ、と言っていたわけなのだが、自分の国の文化の価値にはなかなか気付けないところは、当時のアメリカだけでなく、我が国も含めいつの時代でも同じ問題なのだろう。新交響楽団とご縁の深かった伊福部昭先生が「作品は民族の特殊性を通過して初めてインターナショナルになり得る」と繰り返し述べられていたことや、リヒャルト・シュトラウスにあこがれて、そっくりな曲を書いていたバルトークがコダーイに誘われてハンガリーの民謡採集の旅に出て、あのバルトーク独自の作風の境地に至る経緯にも通じるものがある。


 出世作となった『エル・サロン・メヒコ(1936年)』、それに続く『ビリー・ザ・キッド(1938年)』、『ロデオ(1942年)』、『アパラチアの春(1944年)』などのバレエ音楽がアーロン・コープランドの代表作となっていく。
 パリで直面した「バレエ音楽」、アメリカ的な音楽とは?-という問いが、これらの代表作群に繋がっていることは否定できない。
 そして、パリでの出会いと言えば、その後、ボストン交響楽団の指揮者となっていたセルゲイ・クーセヴィツキーの存在も大きい。コープランドを始めとするアメリカ現代音楽の擁護者としても大きな功績を残すのだが、1942年にクーセヴィツキー財団を設立し、多くの作曲家に新作を委嘱する。
 新交響楽団が第208回演奏会で曽我大介氏と取り上げたバルトークの『管弦楽のための協奏曲』もクーセヴィツキー財団の委嘱作品だが、このコープランドの交響曲第3番もクーセヴィツキー財団からの委嘱で書かれた作品で、セルゲイ・クーセヴィツキー、ボストン交響楽団によって初演されている。

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コープランド、バーンスタイン、クーセヴィツキーの写真(タングルウッドにて、1941年)


 完成したのは1946年だが、委嘱を受けたのは大戦下の1944年であり、委嘱の際に作品の趣旨や傾向に注文があったわけではないのだけれども、時節柄、戦時下のアメリカの国威発揚音楽になっているのは否定できない。
 直接的に民謡が引用されたりしているわけではないけれども、前記の代表作のバレエ音楽群でコープランドが身につけたアメリカ的要素が随所に発揮され、第4楽章の冒頭部分に有名な『市民のためのファンファーレ』をほとんどそのまま組み入れてしまっていることもあるなど、「アメリカ的」な交響曲と呼ばざるを得ない。そもそも1943年に書かれた『市民のためのファンファーレ』そのものが、戦時体制下の国威発揚が産み出した作品なのである。
 限られた素材を4楽章形式の「本格的」交響曲に仕立てあげるのに、若干無理をして引き伸ばしている感があるのは確かで、冗長に感じられる部分もあるかもしれないが、「アメリカの交響曲」に挑戦し苦闘する作曲家の意気込みを買っていただきたい。
 コープランドの音楽に今日始めて触れられて、興味を持たれた方は、ぜひとも文中に触れたバレエ音楽の諸作品も聞いてみていただきたいのである。
 結局、アメリカ的な音楽って何?という問いに結論めいたものを出すとすれば、コープランド的な要素こそが「アメリカ音楽」を感じさせる部分はあるのではないかと思われる。レナード・バーンスタインやジョン・ウィリアムスなどに引き継がれた、いかにもアメリカ風な響きというのはコープランドによって編み出されたものなのかもしれない。


 第1楽章 Molto moderato
 木管楽器による素朴な主題に始まり、オーケストラ全体によって繰り返され、その後まもなく『市民のためのファンファーレ』に通じるような金管楽器のファンファーレによってクライマックスとなる。冒頭の木管楽器の主題が戻って来て静かになっていく。
 第2楽章 Allegro molto
 スケルツォ的な位置づけの楽章で、激しく駆け回る早い部分とトリオ的に挟まれるゆっくりした部分からなる。
 第3楽章 Andantino quasi allegretto
 緩徐楽章だが、中間部に舞曲的な部分を挟み、また瞑想的な雰囲気に戻っていき、そのまま切れ目なく第4楽章に繋がる。
 第4楽章 Molto deliberato (Fanfare) - Allegro risoluto
 第3楽章の静けさの中から『市民のためのファンファーレ』をフルートが静かに奏し始め、単独作品でもある『市民のためのファンファーレ』をほぼそのまま導入部に用いたソナタ形式のフィナーレとなっている。
 勇壮な金管楽器のファンファーレ、忙しく駆け回り跳躍する弦楽器や木管楽器(超絶的に難しい!)、印象的に使われる多くの打楽器群などをお楽しみいただければと思う。


初  演: 1948年10月18日、ボストン
セルゲイ・クーセヴィツキー指揮、ボストン交響楽団


楽器編成:フルート3(3番は2番ピッコロ持ち替え)、ピッコロ、オーボエ2、コールアングレ、クラリネット2、小クラリネット、バスクラリネット、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット4、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、大太鼓、小太鼓、中太鼓、シンバル、ウッドブロック、タムタム、ラチェット(がらがら)、むち、シロフォン、グロッケンシュピール、鐘、クラベス、アンヴィル(金床)、ハープ2、チェレスタ、ピアノ、弦五部

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