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ドヴォルザーク:交響曲第7番

倉田 京弥(トランペット)

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交響曲第7番を作曲する前年のドヴォルザーク

【ドヴォルザークとスメタナ】
 今やチェコを代表する作曲家と言えば、スメタナとドヴォルザークが真っ先に思い浮かべられるが、その二人の関係は必ずしも良好とは言えなかった。
 ドヴォルザークよりも17歳年上のスメタナは、チェコ国民楽派の創始者として国内外に幅広く名が知られ、斬新かつ急進的なチェコ音楽の先鋒者としての評価を得ていた。  これに対してドヴォルザークは「チェコ的なもの」にとことん拘り、スラブ舞曲や民謡に素材を得た交響曲の作曲など、いわば保守的な作品を作り続けた。その結果、チェコ国内において、ドヴォルザークは「ただの平凡な作曲家」として軽視されたが、9曲の交響曲の他に10曲以上のオペラを作曲するなど精力的な創作活動を行い、次第に国際的名声を獲得するようになった。
 この二人の対立関係は両者の死後まで続き、20世紀に入ってからも熱心なスメタナ推奨者であるネイ ェドリーがチェコの文化大臣となって、ますますドヴォルザークに対する評価が不当に虐げられることになる。
 しかし、チェコ国内におけるこうした争いは、諸外国におけるドヴォルザークの音楽に対する評価には何ら影響を及ぼすことなく、むしろ自然と郷土への愛を歌う美しい作品として広く親しまれている。
 特に、ドヴォルザークが好んで使う五音音階は、西洋音楽で使われる七音音階よりも東洋的で優しい 響きに聞こえ、交響曲第9番の第2楽章に「家路」という日本語のタイトルが付けられて親しまれているように、私たち日本人の生活にも彼の音楽はすっかりと根付いている。

【作曲の経緯】
 1800年代の後半、イギリスではあまり知られていない作曲家、特に東欧やロシアの作曲家の作品を紹介する演奏会が頻繁に催されていた。ドヴォルザークの作品も民族色豊かな音楽として頻繁に取り上げられ、特に交響曲第6番はイギリスで大好評を博した。
 1884年3月、ドヴォルザークはロンドン・フィルハーモニック協会の招きで初めてロンドンを訪問し、1万人を超える群集から熱狂的な大歓迎を受け、自ら指揮した演奏会も大成功を収めた。さらに翌年には同協会から新たな交響曲の作曲依頼を受け、1885年12月に作曲に着手。わずか4ヶ月足らずで交響曲第7番は完成した。
 この時ドヴォルザークは43歳の円熟期。敬愛するブラームスの交響曲3番の初演に立ち会ったこと で、その影響を強く受け、また、メンデルスゾーンやモーツァルトなどの様々な作品からインスピレー ションを得て、自然を讃える壮大な交響曲ができあがった。

【曲の構成】
第1楽章 アレグロ・マエストーソ ニ短調 6/8拍子
 冒頭、ホルンとティンパニの響きに導かれて、ヴィオラとチェロにより荘重なグレゴリア聖歌風の第1主題が提示される。これは神の導きにより、遠方より愛国者たちが祖国に帰ってくる場面だとされている。この後に1883年にドヴォルザークが作曲した劇的序曲「フス教徒」(注1)のモチーフが登場する。この旋律はチェコ人の熱い信仰心を表すものとして、スメタナの「わが祖国」などにも登場する。
 重々しい中にも付点音符を伴う躍動的なリズムは、熱心な鉄道ファン(注2)だったドヴォルザークがレールの響きからヒントを得たと言われており、故郷を愛する人々の力強さと熱意を表している。

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交響曲第7番の自筆スコア
(写真は指揮者のハンス・フォン・ビューロー)

 第2主題は、フルートとクラリネットによって、平和と自然を愛するチェコの人々の穏やかな日常が描かれる。そして展開部は両者の掛け合いで音楽は進行する。後半、長いコーダ部分ではまたしても蒸気機関車を彷彿とさせる急き立てるようなリズムが登場し、激しく第1主題が再現された後にホルンによる主題の回想で静かに終わる。

(注1)フス教徒はカトリックの司祭である、ヤン・フスがチェコで始めた宗教改革に取り組んだ一派。チェコ語による典礼を推奨したが、後に異端派として処刑されたことから、フス派はボヘミア地方において、民族運動を象徴するものでもあった。
(注2)ドヴォルザークは大の鉄道ファンとして知られ、アメリカ滞在中はグランド・セントラル駅に日参し、熱心に蒸気機関車の行き先表示や番号をスケッチする姿が見られたという。作品の中にも鉄道にヒントを得たであろうリズムや加速感などが随所に感じられる。現在、プラハとウィーンを結ぶ特急「アントニン・ ドヴォルザーク号」が走っている。

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EC76/77 アントニン・ドヴォルザーク号

第2楽章 ポコ・アダージョ ヘ長調 4/4拍子
 ゆったりとしたクラリネットによる主題に伴って、オーボエ、ファゴットが内声的に穏やかなコラールを奏でる。その後、ヴァイオリンとチェロによる美しい民族的な主題が流れるが、これは交響曲第9番にも使われている「五音音階」で、私たち日本人にとってはどこか懐かしく、心地よい柔らかな響きを醸し出す。五音音階はロマン派にとって重要な音階であり、愛を象徴する場面ではショパンなども多用している。
 ボヘミアの大自然のような牧歌的なホルンが奏でられると、次第に主題が変形されて現れては消え、 またしても交響曲第9番の第2楽章にも似たやさしい響きが聞こえてくる。

第3楽章 スケルツォ:ヴィヴァーチェ―ポコ・メノ・モッソ ニ短調 6/4拍子
 ドヴォルザークは民族音楽の研究を通じて「スラブ舞曲」など沢山の舞曲を書いている。
 この楽章は、チェコの代表的な民族舞曲フリアントのリズムをモチーフにしており、6/4拍子で書かれているものの、ヴァイオリン、ヴィオラの主題は3/2拍子のような音形を刻むという複雑な構造をとっている。一方では、ファゴットとチェロの隠し味のような対旋律が見え隠れし、躍動感とともに郷愁を表現することに見事に成功している。
 中間部は少しテンポを落として自然倍音を活かした明るいカノンのような曲となった後、長いコーダ に入って楽章を終える。

第4楽章 フィナーレ:アレグロ ニ短調 2/2拍子
 冒頭の劇的な音楽は、前述の序曲「フス教徒」から。最初と最後の楽章に民族運動を象徴する「フス 教徒」の主題を置くことにより、曲全体の愛国的な性格をより一層強調している。
 弦楽器やクラリネットの駆け上るような音形は第2楽章で用いられた旋律を変形して用いている。第1主題はクラリネットとホルンによるうごめくような主題、チェロによって演奏される民謡風の幸福な第2主題はイ長調で、第1主題と好対照をなしている。
 展開部ではこれらの主題に提示部の最後でヴァイオリンが演奏するメンデルスゾーンの交響曲第4番 「イタリア」に似たフレーズやモーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」最終楽章も登場した後、第1主題の冒頭部分を力強く奏でて速度を上げると、ニ長調・Molto maestoso(非常に荘厳に)に転じて速度を緩め、変形された第1主題を壮大に演奏して、ニ長調で全曲を閉じる。

参考文献
『クラシック音楽史体系8 』(パンコンサーツ)
『名曲解説全集第1巻 交響曲上』(音楽之友社)
『交響曲読本』(音楽之友社)
『作曲家別名曲解説ライブラリー6 ドヴォルザーク』(音楽之友社)

初  演:1885年4月22日 ドヴォルザーク指揮、ロンドンフィルハーモニー交響楽団
楽器編成:フルート2(第3楽章でピッコロ持ち替え)、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、弦五部
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