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ストラヴィンスキー:バレエ音楽「ペトルーシュカ」

藤井 泉(ピアノ)

 「ペトルーシュカ」はストラヴィンスキーの初期を代表する三部作の一つである。「火の鳥」(1910年)、「ペトルーシュカ」(1911年)、「春の祭典」(1913年)からなる三部作が、セルゲイ・ディアギレフ(1872~1929)の主宰するロシア・バレエ団のために作曲されたバレエ音楽の傑作であることは広く知られている。またそれぞれのスコアには副題として「M.フォーキンによって脚色された2つの情景からなるロシアのおとぎ話」、「I.ストラヴィンスキーとA.ベノワによる4つの情景からなる道化芝居」、「I.ストラヴィンスキーとL.レーリッヒによる2部からなるロシアの異教徒の情景」と記されており、3つの作品の性格を端的に表している。「火の鳥」は師であるリムスキー=コルサコフ譲りの豪華絢爛たる色彩豊かな響きが満喫できるロシアのおとぎ話であり、「ペトルーシュカ」はロシアの街をそのまま持ち込んだような生活の匂いのする民衆的なロシアが、そして「春の祭典」では有史以前の異教的なロシアが、あたかも過去に現実にあったように描かれている。ロシア・バレエ団の活動初期における天才興行師・ディアギレフは、当時芸術の国際的な中心地であったパリの観客がエキゾチックで刺激的な演目が好きなことを見抜き、観客の趣味に合致しそうなロシアのイメージを独自に作り出したのである。
 ロシア・バレエ団による「火の鳥」はパリ・オペラ座での初演で大成功を収め、ストラヴィンスキーは一夜にしてロシアの若手作曲家の中でも最も才能豊かな人物として知られるようになった。そして次作品として「異教の生け贄(ルビ:いけにえ)の儀式を基にした交響的作品」という新たなアイデアを思いつき、ディアギレフの賛同も得ていた。しかしその夏の後半にローザンヌに滞在しているストラヴィンスキーを訪ねたディアギレフは、作曲家が「ピアノが主体的な役割を演じるオーケストラ作品」という全く違う分野に着手しているのを知って驚く。ストラヴィンスキーは現在の第2場にあたる部分をピアノで弾いて見せ、この作品の主役である「突然生命を与えられた人形」にペトルーシュカ(ピョートルの愛称)という名前までつけていた。しかしディアギレフはこの題材の絶大なる可能性を瞬時に見抜き、バレエ音楽として仕上げるよう懇願した。直ちに美術家であり舞台デザイナーでもあるベノワ(1870~1960)が共同制作者に選ばれ、4場からなる台本を作成した。そして翌年の1911年5月26日にスコアの最後の頁を完成させ、曲はそのベノワに献呈された。初演の指揮をしたのはピエール・モントゥで、次作品の「春の祭典」も初演することとなる。
 初演は1911年6月13日にパリのシャトレ座で行われたが、「火の鳥」ほどの成功と評判はかち得なかった。しかしこの作品の音楽が前作よりはるかに独創的、前衛的であることは明らかである。また舞台においても、チャイコフスキーの三大バレエ(注1)に代表されるクラシック・バレエの定番であるソリストによる華麗なグラン・パ・ド・ドゥや、一糸乱れぬコール・ド・バレエ(群舞)、そしてソリストとコール・ド・バレエが一体となって最高の見せ場を作るグラン・パなどがどこにも見あたらない斬新なものであった。幕が開くなり19世紀前半のロシアの街から抜け出したような生活臭のする群衆が、無秩序にどんちゃん騒ぎを繰り広げている(ように見える)。街の娘の踊りは酔っぱらいのコサックダンスに中断され、そのコサックダンスも警官に中断される。しかし行商人、御者、ジプシー娘、手回しオルガン弾き、踊り子、民族衣装を着た娘たち、熊を連れた農夫、サモワールでお茶を給する屋台の主人といったロシアの庶民が好き勝手に動いているようで、ストラヴィンスキーの音楽も、初演を手がけたM.フォーキン(1880~1942)の振り付けもじつに緻密に計算され、絶大な効果を演出していた。こうした混沌のるつぼの中にペトルーシュカの悲劇が投げ込まれる、これがこのバレエの核心部分となっている。また初演時、当代きっての天才ダンサーであるV.ニジンスキー(1890~1950)によって演じられたペトルーシュカ役は、ダンサーの持つ美しさをすべて剥奪されることとなった。風にたなびく髪は帽子で隠され、鍛え上げて引き締まった肉体はだぶだぶのピエロ服に覆われ、端正な顔は白塗りにされた。繊細な表現を生み出す指先にまで分厚い手袋がはめられる。その上男性ダンサーの見せどころでもある高さのあるグラン・ジュテ(跳躍)や高速のピルエット(回転)も封印され、手足をバタバタとぎこちなく動かし、地面をはい回り、挙げ句の果てに虫けらのように殺され、最後は亡霊となって上半身を下向きにぶらんぶらんとぶら下がって幕となる。こんな不吉でグロテスクなものを見せられるとは世も末である、そう思った評論家や聴衆も多かったに違いない。また「空中で止まったように見える」と言われた高いジュテを誇るニジンスキー目当ての女性たちも、さぞがっかりしたであろう。だがこのような嫌悪に満ちた反応は興行師ディアギレフの狙い通りであった。センセーショナルで刺激的な公演は大きな反響を呼び、次第に聴衆の支持をかちえ、ストラヴィンスキーの作曲者としての地位も一層揺るぎないものとなった。なお今年は「ペトルーシュカ」が作曲・初演されてから、ちょうど100年を迎えることになる。

 不思議なことだが、ストラヴィンスキーの三部作はバレエ公演としてクラシック・バレエほどは上演されず、もっぱらオーケストラ作品としてコンサート形式で演奏される方が多い。これはストラヴィンスキー自身が、次第にバレエの公演よりも演奏会形式を好むようになったことも大きい。1928年から作曲家自らが指揮台に立ってコンサート形式の演奏に取り組むようになると、オリジナルのバレエ・バージョンは演奏会用組曲に作成し直され、内容や編成が異なるいくつかの版が作られるようになった。また改訂版の作成は1945年にアメリカ国籍を取得してブージー&ホークス社と契約を結んだ以降に集中しているが、これは今までほとんど入手できなかった著作権料を獲得することにもあった。「ペトルーシュカ」においても1946年から1947年にかけて楽器編成のスリム化やリズム表記の整理などを含めた大幅な改訂が施された。本日の演奏はこの1947年版を使用する。
 しかしながらペトルーシュカの作曲過程において、作曲家はサンクトペテルブルクに赴きディアギレフ、フォーキン、ブノワ、そしてニジンスキーらとバレエの進捗状況を綿密に打ち合わせていることから、音楽はバレエにおけるブノワの舞台とフォーキンの振り付けにぴったりと合致している。ここにバレエの筋を記したい。

第1場:謝肉祭の市場
 舞台は1830年代の晴れた冬、マースレニツァ(ロシアの謝肉祭にあたる)のサンクトペテルブルクの海軍省広場。ロシア正教において復活大祭の前40日間の大斎(ルビ:おおものいみ)期間には、食の制限をはじめ生活の多岐にわたって厳格な規制があるが(注2)、マースレニツァはその大斎に入る直前の1週間をさす。多くの人々で賑わう広場の左手には客引きする女がいるバルコニー付きの建物があり、その下には大きなサモワールが置いてあるテーブルがある。中央に小さな見世物小屋があり、右手には菓子の屋台、のぞき紙芝居などがある。広場は着飾った娘や若者たち、御者、行商人、屋台の主人や客たちで賑わっている。冒頭でフルートが広場のざわめきを象徴する旋律を吹く。

 これが弦楽器の小刻みな伴奏にのって繰り返されるうちに舞台の幕が開く。しばらくするとリムスキー=コルサコフの「100のロシア民謡集」に収められている「復活祭の歌」が全楽器で高らかに奏でられる。

 歌詞の中では「ハリストス復活」と繰り返しでてくるが、この時はまだ大斎前で復活大祭までは6週間以上ある。バレエでは酔っぱらいたちがコサックダンスを踊るシーンになっている。だがすぐに変拍子の連続になり、2つの旋律が断片的に積み上げられ、酔っぱらいが警官に追い出されたり、祭りの興行師が群衆を楽しませたりする場面を繰り広げる。すると群衆の中から手回しオルガン弾きが一人の踊り子と共に登場する。今までの騒がしい音楽は後退し、2本のクラリネットにより手回しオルガンの素朴な旋律が奏でられる。

 踊り子はトライアングルで拍子をとりながら陽気に踊り出す。ここでフルートとクラリネットで奏でられる旋律も、ロシア民謡の一節である。

 さらに別の場所でオルゴール奏者と踊り子が登場し踊り始める。こちらはチェレスタを中心に演奏される。その後2組の踊り子たちが競い合って踊る場面となるが、突然手回しオルガンとオルゴールの音楽が中断し、元の喧噪に戻る。再び祭りの興行師が群衆の注意を惹きつけたり、酔っぱらいのコサックダンスが乱入したり、大道芸人がアクロバットを披露したりする場面となり、祭りは最高潮を迎える。すると突然音楽が中断し、小太鼓とティンパニの連打が鳴り響く。ここは二人の太鼓叩きが見世物小屋の前に現れ、群衆の中に割って入り喧噪を押さえこむ場面となっている。不気味なコントラファゴットとファゴットのモティーフが現れて、シャルラタンの登場を知らせる。シャルラタンとは客寄せの芸人を引き連れ、どこからともなく定住社会に潜入し、祝祭や大市などを格好の舞台として巧みな口上よろしく生半可な医術を営み、怪しげな薬を売りつけてはいずかたもなく去っていった近代前夜のヨーロッパの周縁者たちを指す。「魔法使い」や「人形使い」などと英訳、和訳されるが、パリ初演の配役表ではシャルラタンとなっていることから、現在日本でもバレエ公演の配役表ではシャルラタンと記されることが多い。この極めていかがわしい人物の登場により、バレエは現実から夢物語への境界を超えることとなる。群衆が固唾をのんで見守る静寂の広場で、シャルラタンはマントの下からおもむろに笛を取り出し、吹き始める。ここはフルートのソロによって奏される。群衆は夢心地になり、吸い寄せられるように見世物小屋の前に集まる。そして舞台の幕が静かに開き、3体の人形が現れる。右が道化人形のペトルーシュカ、中央がバレリーナ、左がムーア人となっていて、魔法使いが左から順に魔法をかける。突然生命を与えられた人形たちは、「ロシアの踊り」を踊り出す。

 最初は足だけをバタバタとぎこちなく動かすだけの人形が、シャルラタンの合図でどんどん動きがエスカレートし、ついに見世物小屋を飛び出して広場の群衆の前で踊り出す。バレリーナとムーア人は上手に踊っているが、ペトルーシュカの動きはいまだにぎこちない。いったん音楽が静かになり、コールアングレとクラリネットのソロの掛け合いとなる中間部は、ペトルーシュカがバレリーナに恋心を抱き近づく場面である。しかしバレリーナの関心はムーア人にあるようで、怒ったペトルーシュカは棒を振り回し二人の間に分け入る。音楽は再び賑やかさを取り戻し、ドタバタ劇の末なんとか3人は仲良く踊るが、シャルラタンが魔法を止めたことにより広場にくずれ落ちる。すかさずティンパニと小太鼓の連打が鳴り渡り、幕が下ろされ場面が転換される。

第2場:ペトルーシュカの部屋
 舞台は一転して暗くてみすぼらしいペトルーシュカの部屋になる。一面暗い色をした壁紙には星や三日月が描かれ、高いところにシャルラタンの肖像が飾られている。この第2場はストラヴィンスキーが作曲当初ピアノ協奏曲として着想した部分で、試作段階でディアギレフにピアノで弾いて見せた部分でもあることから、音楽はピアノ主体で進行する。またバレエの舞台においては、主役のペトルーシュカのほぼ一人舞台となっている。
 幕が開くと部屋の扉が開いて、ペトルーシュカが蹴られてころがりこみ倒れ、扉が閉められる。2本のクラリネットによってペトルーシュカの主題から派生したモティーフが奏され、ファゴットも暗い影をそえる。
 のろのろと身体をおこしたペトルーシュカは、やがて扉を激しく叩きながら部屋を回り、猛然と部屋から飛び出そうと試みる。ここで全楽器の強奏となり、ペトルーシュカの主題がトランペットに現れる。

 ここは壁にかけられたシャルラタンの肖像画に向かって怒りをぶつける場面であるが、ふたたび倒れ込んでしまう。ここからペトルーシュカの独白になり、自分に人間の感情があることを恨み、寂しさや苦しみ、バレリーナへの恋心などのさまざまな葛藤を表現する。そこへ突然扉が開いてバレリーナが登場する。思わぬ出来事にペトルーシュカは狂喜するが、自分の気持ちを伝えようと焦る。飛び上がりながら近づいて行くがバレリーナは驚いて逃げ出し、無情にも目の前で扉が閉まる。ここで奏でられるクラリネットのソロは、ペトルーシュカの嘆きと絶望をあらわしている。扉に向かって激しく拳や頭を打ち付けるが、扉はびくとも動かない。ここはピアノとコールアングレの掛け合いとなっている。ついに部屋中をかけめぐり、全楽器の強奏となりトランペットにより再度ペトルーシュカの主題が吹かれる。シャルラタンの肖像画に怒りをぶつけ、再び外へ出ようと見せ物小屋の外に向かって叫ぶが、苦悶の末倒れ込んでしまう。すかさずティンパニと小太鼓の連打が鳴り響き、場面が転換される。

第3場:ムーア人の部屋
 椰子の木や南国の花などの異国情緒あふれる壁紙に赤い床の豪華な部屋で、ムーア人は暇をもて余している。激しい序奏の後、クラリネットとバスクラリネットのユニゾンでムーア人の主題が吹かれる。

 ムーア人はベッドに寝ころびながら椰子の実をボールのようにして遊んでいる。突然立ち上がり、三日月刀をひゅんひゅんと振り回し椰子の実を斬りつけるが、割れない。畏れをなしたムーア人は、椰子の実に向かってひれ伏し深々と頭を下げ礼拝する。そこへ小太鼓のリズムと共にバレリーナがおもちゃのラッパを吹きながら部屋に入ってくる。はじめは警戒していたムーア人だが、徐々に興味がわいてきて二人のデュエットによるワルツが始まる。

 この部分はファゴットの分散和音にのり、フルートとトランペットの掛け合いによって演奏される。続いてハープと2本のフルートによるワルツに変わる。これらはヨーゼフ・ランナーのウィンナ・ワルツ「シェーンブルンの人々」からの旋律の引用である。ここはバレリーナだけの踊りで、ムーア人は座ってリズムをとり時々笑い声をあげて鑑賞している。おもむろにムーア人が立ち上がり、二人はすっかりロマンチックなムードになり一緒に楽しく踊る。だが突然二人はペトルーシュカの声を聞く。弦楽器の不安なトレモロにのって、トロンボーンがペトルーシュカの主題の変形を吹く。扉が開き嫉妬に駆られたペトルーシュカが乱入するが、圧倒的な力を誇るムーア人は猛烈に怒ってペトルーシュカを追い回す。曲調は一気に緊迫感を増し、ペトルーシュカの主題の断片が現れては消えていく。ムーア人は足をあげてペトルーシュカを踏みつけ、身体をつかんで部屋の外へ追い出す。ティンパニと小太鼓の連打が鳴り渡り、場面が転換される。

第4場:夕方の謝肉祭の市場とペトルーシュカの死
 再び第一場と同じ日の、同じ市場に戻る。祭りは夕方になっても大きな盛り上がりを見せ、さまざまな人物がやってきては、色々な踊りを披露する。しばらくの間ペトルーシュカの物語は進行せず、オーケストラのほぼ全楽器による豪華絢爛な響きにのってロシア情緒あふれる多彩な踊りが次から次へと続く。まずオーボエによって「子守女の踊り」の主題が奏され、ロシアの民族衣装に身を包んだ美しい女性たちが現れる。

 このメロディはホルンに移り、女性たちは扇子を持って優雅に踊り出す。さらにおどけた旋律が弦楽器にあらわれる。

 若い男たちがコサックダンスを踊りながら乱入する場面で、ついには男女が一緒になり踊り出す。曲が4分の6拍子に転じると「熊を連れた農夫の踊り」に入る。クラリネットが農夫の牧人の笛を奏でる。

 人々は驚いて道をあけるが、この合間をぬってテューバのソロがおどけたモティーフを奏する。これは農夫の連れた熊が後ろ足で立って進むありさまを描いたものである。この一行が去ると、二人のジプシー女を連れた行商人が登場する。弦楽器が行商人の主題をさっそうと奏し出す。

 ついで行商人がアコーディオンを弾いてジプシー女が踊り出す場面となる。オーボエとコールアングレが快活なメロディを吹く。

 タンバリンが打ち鳴らされるところは行商人が気前よく紙幣を巻く場面で、それを見た群衆が紙幣に群がって取り合いとなり騒然とする。行商人と二人のジプシー娘が去り、ピアノとハープの16分音符の連打がかすかに聞こえ、広場に小雪が舞い始めたことを示す。そして雪の中、馭者と馬丁たちによる勇壮な踊りが始まる。

 先ほどの美しい子守女たちも加って全員の踊りとなり、全曲中最も華やかなクライマックスを迎える。いったん曲がおさまり、ピアノとハープの16分音符で仮面をつけた芸人たちの登場を知らせる。音楽は緊迫感を増し、悪魔の仮装をした男が高い跳躍をしながら踊る。そして仮面をつけた芸人たちと群衆が踊る真っただ中に、突然トランペットによる叫びがきこえ、見世物小屋の幕が揺れ出し、三日月刀を振りかざすムーア人に追われたペトルーシュカが飛び出してくる。そしてムーア人が逃げまどうペトルーシュカを刀で斬りつける。クラリネット2本の叫びの後、床に落とされたタンバリンの落下音により、ペトルーシュカが倒れたことをあらわす。驚いたムーア人とバレリーナは逃げ去る。雪の上に倒れた瀕死のペトルーシュカの痙攣はピッコロ、フルートが、そろそろと集まる群衆は弦楽器の弱音のトレモロによってあらわされる。ペトルーシュカが上体を起こし、雪の上の自分の血と傷の深さを見て絶望する様子はクラリネットからファゴット、そしてヴァイオリンのソロに引き継がれる。最期にピッコロのソロが吹かれ、ペトルーシュカはついに息絶える。
 ファゴットの5度の跳躍がはじまり、警官がシャルラタンを引き連れ群衆をかき分けペトルーシュカの元へ行く様をあらわす。シャルラタンは尋問する警官に対して、ペトルーシュカをただの人形だと言い、魔法をかけ人形の姿に戻し、人々に亡骸を軽々と振って見せる。騒ぎは収まり、安堵した人々は家路につき始める。この部分はホルンの三連符によって奏され、曲も一瞬日がさしたように明るくなる。シャルラタンはマントの下に人形を隠すようにして引きずりながら見世物小屋の方へ向かう。それも束の間、弱音器をつけたトランペットによりペトルーシュカの主題の変形が鳴り響き、見世物小屋の屋根の上にペトルーシュカの亡霊が出現する。シャルラタンは恐怖のあまり怯え、亡骸を放り出してその場を立ち去る。一人残ったペトルーシュカの亡霊は大きく上半身をのばした後、急に下に向けて上半身をぶらんぶらんと揺らしている。ホルンの三連符に続いて弦楽器のピッツィカートで消えるように、謎を残したまま幕となる。

 最後に新響のプロフィールに必ず記載されている「ストラヴィンスキー三部作一挙上演」についてふれたい。三部作一挙上演にあたってはまず1973年に「火の鳥」を取り上げ、翌年に「ペトルーシュカ」、そして1975年に「春の祭典」を加えて、念願だった一挙上演を3年がかりで演奏した(指揮:芥川也寸志)。その後1989年4月1日、第123回演奏会にて「ペトルーシュカ」を再演している(指揮:本名徹二)。この時は音楽監督の故芥川也寸志を失った直後の演奏会で、チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」と共に演奏された。なお過去の演奏会ではすべて1911年版を使用している。今回が新響にとっては初めての1947年版での演奏となる。

注1:「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「くるみ割り人形」
注2:大斎期間は卵、乳製品、肉、魚、酒などを摂取できない(酒は日曜日と一部の土曜日のみ許される)。教会では結婚式は行われず、旅行や宴席などの享楽も出来る限り避けることが望ましいとされている。

参考文献
・『ニューグローヴ世界音楽大事典』
・作曲家別名曲解説ライブラリー『ストラヴィンスキー』(音楽之友社)
・グラウト/パリスカ共著『新西洋音楽史(下)』(音楽之友社)
・蔵持不三也著『シャルラタン 歴史と諧謔の仕掛人たち』(新評論)
・Hamm, Charles, “The Genesis of Petrushka”
・Sternfeld, F.W., “Some Russian Folk Songs in Stravinsky’s Petrouchka”

初演:1911年6月13日 パリ・シャトレ座
楽器編成:ピッコロ(3番フルート持ち替え)、フルート3、オーボエ2、コールアングレ、クラリネット3、バスクラリネット(3番クラリネット持ち替え)、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、トライアングル、シンバル、大太鼓、小太鼓、タンバリン、タムタム、シロフォン、チェレスタ、ハープ、ピアノ、弦5部
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