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新響の新型コロナウィルス感染症対策について

小出 一樹(トランペット)

 新型コロナウィルス感染症の流行に伴い、世の中全体が大きな影響を受けはじめて半年余りが経ちました。厳しい状況や立場に置かれている皆様には、この場をお借りしてお見舞い申し上げます。
新響は3月の連休の翌週より活動の自粛に入りました。予定していた2回の演奏会と、多くの練習の機会が失われました。新響の50年以上の歴史の中で、かつてこれほどのダメージを受けたことはないと思われます。それは私たちだけのことではなく、世界のいたるところで同じ様な前代未聞、史上初が起きているわけではありますが、新響にとっても大変な痛手です。
その後、感染症の状況、社会の状況は刻々と変化し、様々な活動が試行錯誤をしながら再開したり、形を変えての活動を試みています。新響も対策を講じたうえで、10/18の演奏会に向けて活動を再開しました。本稿ではここに至る経緯と「対策」の部分について、あくまで私からの目線でということにはなりますが、お話させていただこうと思います。
まず私事について少々ご紹介いたします。私の本業は医師で、病院に勤務し主に入院患者さんの治療に当たっています。現在、医療職でコロナのことと無関係でいられる人はほぼいないと思われます。私の職場では直接コロナ患者さんの治療を行っているわけではありませんが、それでもこの数か月の間に様々な状況に直面してきました。流行の波は今後も大小様々な形で訪れる可能性があると思われますが、病院は感染症の発生リスクが高い場所であると同時に、クラスターが発生すると甚大な被害が生じることが自明です。これに備え、現在私は新響を一時休団し、入院患者さんやスタッフを守るための対策に日々取り組んでおります。
こうした対策を行い始めた流行初期の今年2月頃、世間では主にダイアモンドプリンセス号のことが話題になっていた当時、今後は市中感染が発生し、世の中全体が影響を受けるようになることは時間の問題と思われていました。その頃私が見ていた資料の一つに、約100年前のスペイン風邪のものがありました。当時の人類にとっての「新型」インフルエンザによるパンデミック(世界的大流行)だったわけですが、現在の新型コロナウィルス感染症の流行と類似している点が多々ありました。その資料の中で見たグラフで、流行に伴う死者数が1年強の間に3回にわたって上下する、つまり1年強の間に3回の流行の波があったことが記録されたものに目が留まりました。それを見て、今度の新型コロナウィルスも似たような経過をたどるであろうことを私なりに直感しました。新しい未知の病気ですから、実際のところ今後どうなっていくのかは誰にもわからないことですが、長期的な問題になるであろうという予想は、現在現実世界において裏打ちされつつあるように思います。
感染が拡大傾向を示す度に、世の中では「不要不急の外出の自粛」や「三密を避ける」といった呼びかけがなされました。この「不要不急」という言葉は、言わんとすることはわかるものの定義は曖昧で、私はあまり好きではありませんが、言わんとすることを汲み取ると、趣味の範疇である新響の活動は残念ながらこの「不要不急」に含まれるのだろうと思います。また、オーケストラ活動は「三密」そのものです。中止となった新響の活動をいつどのように再開すればよいのかは、とても難しい問題でした。これについて相談するための団内の会議が、6~7月にかけてオンラインで行われました。
仮に新響が活動を再開することになっても、私個人は前述のような状況の中で近々の活動への参加は難しいと考えておりました。事情は違っても同様な立場の方がある程度いらっしゃるのではと想像しておりましたが、実際に会議の場でもそのような意見がいくつか披露されたほか、活動再開に対して慎重な意見がありました。一方、当時は緊急事態宣言が解除されて間もなくで、感染拡大の状況もやや落ち着いていたこともあり、この機会に活動を再開しないと今後再開できるタイミングを失い、新響自体の存続にかかわるといった切実な意見も多く出されました。正解の無い難問に対して皆で一様に頭を悩ませましたが、結果的に感染対策を講じたうえで活動を再開するという結論になりました。
新型コロナウィルス感染症は人類にとって文字通り新規で未知の感染症であり、適切な感染対策が何なのかについて、まだはっきりわからないところが多々あります。オーケストラ活動を安全に行うための対策がどうあるべきなのか、新響が検討を重ねていた当時も国内外のいくつか機関による実験や検証が行われていました。参考になる有意義な情報が示されはしましたが、当然のことながらこれをやれば大丈夫といったシンプルな結論が出るわけでなく、新響がどうすればいいのかという具体的な方法が示されているわけでもありませんでした。
また、私から見てそうした情報は主に飛沫感染を避けるための距離をどうすべきか、飛沫はどのように広がるのか、といった内容が中心で、日頃の練習時に問題になる接触感染対策についての情報に関しては不足が感じられました。特に管楽器は息を管に吹き込んで演奏するので、それは飛沫を楽器に吹き込みながら演奏していることにほかなりません。もし奏者がウィルスをもっているとしたら、その人の楽器そのもの、および楽器から排出される呼気由来の結露水(と書くと難しいですが、いわゆる「唾」)は感染源になりえます。例えば、それらに触れた手で奏者がドアノブを触り、そのドアノブを他人が触れば、接触感染が成立してしまう可能性があります。このような細かいことにまで配慮した感染対策がなければ、オーケストラ活動を安全に再開することは難しいだろうと私は感じておりました。
世の中に定まったガイドラインが無いなか新響が活動を再開するのであれば、自分たちのガイドラインを自ら用意するしかありません。それは普段の新響の活動を良く知り、且つ医療関係者である私がお役に立てることであろうと考え、団内向けに「練習における新型コロナウィルス感染症対策 (案)」なる資料を作成しました。医療機関において、既にあるガイドラインを実害が生じないようアレンジして、その現場の状況やスタッフに合った内容に工夫するのは医師の仕事です。私にとって資料作成はそんな仕事の応用でした。飛沫感染についての奏者同士の距離の問題に加え、接触感染対策として物品や手をアルコール消毒するタイミングなどについてを詳細に指定する内容になりました。
私がこの資料を作成し団内に公表したのは、厳密には新響が活動再開を決める少し前でした。資料に記載した対策を厳密に行うことは、平時であれば一般の方には受け入れがたいであろうレベルの面倒くささであり、賛否ありうると想像していました。しかし私としては、単に感染対策していますというポーズであったり、世間で行われている対策をただなぞるような内容の対策ではなく、ある程度以上の根拠をもって実効性のあることをしなければ、「感染対策」をしたとは言えないと考えていました。新響に所属する一医療人として、新響の皆さんには自身と近親者の安全を守るために、こうした責任を果たしたうえで胸を張って趣味活動を行ってほしいという気持ちがありました。ですので、団員の皆さんには再開の決断をする前にこの資料見てほしかったのです。
幸い団内からは資料に対して好意的な評価を多くいただきました。こんな面倒くさいことをしてまで演奏したくない(!) といった本音的な意見は表向きは出ず(笑)、活動の再開と演奏会の開催が決まりました。その後、私の作成した資料も参考にされたうえで、団内の感染予防小委員会での検討を経て、新響の感染予防対策が完成しました。
困難な状況でも工夫と努力で活動を続けるようなことは、通常は後に振り返って武勇伝や美談となることが少なくないように思います。しかし今般の相手は感染症であり、場合によっては重症化したり死に至ったり、幸い救命されても後遺症が残ることがあるといった可能性があり、徒にリスクを冒すことは許されない部分があります。今回作成した対策は、ここまで徹底できればおおむね大丈夫であろうというレベルにはなっていると思いますが、こうしたことに絶対は有りませんので、しばらくうまくいったからといっても慢心することなく注意していくことが必要です。安心して演奏に集中できる環境が作っていければと思います。
 以上、維持会の皆様にお読みいただく文章としては少々ふさわしくない内容になってしまったかもしれませんが、新響が活動を再開するに至る経緯と「対策」の成り立ちについて、私なりにお話させていただきました。状況や考えの一端が伝われば幸いです。
 本来、いわゆる「不要不急」の中にこそ、生きていくうえで大切なものがたくさん含まれているように思います。私にとって新響はその一つですが、前述のような職場の事情や医師としての社会的立場を考えると、いまは普段通りに参加することが難しいです。通すべき筋を通し、身近な人や世間に迷惑をかけずに活動へ参加するにはどうしたらよいか? この正解の無い難問とは、今しばらく向かい合わざるを得なさそうです。せめて今後世情があまり混乱せず、ようやく再開できた新響の練習や演奏会が無事に継続できますことを祈るばかりです。
 今後演奏会場ではお客様にもご協力いただかねばならない感染症対策上の決まりがいくつかあり、お手数やご負担をおかけすることになると思われます。どうか事情をお汲み取りいただき、安全な演奏会開催に御協力賜れれば幸いです。どうかお気をつけてお越しいただき、万感のこもった演奏をお楽しみください。

2020年9月発行(第251回演奏会)維持会ニュースより

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