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二足の草鞋

中條 堅一朗(クラリネット)

 今シーズンから参加しております、クラリネットパートの中條と申します。どうぞよろしくお願いいたします。
 実は私、新響への入団は今回が初めてではなく、いわゆる「出戻り」と言われる団員です。新響との出会いは、今から20余年前になります。訳あって大学のオーケストラには入らず、友人から「日本で一番上手な(アマチュア)オケ」と紹介されたこのオケの門を初めて叩いたのが、当時大学2年生だった1996年10月のこと。オーケストラのお作法を全く知らない素人なのに、よくも入団を許してくれたものだと、懐の広さに今でも感謝しています。
 以来、2010年4月に仕事の都合で退団するまで、無我夢中で参加してきました。その間、良い思い出も大失敗も多数ありました。新響は、他のアマチュア団体と比較しても演奏会の年間回数が多く、練習への出席も厳しいため、まさに全力で最後尾を走っているつもりでやっておりました。今でも過去演奏会の録音を時々聴いては、当時の懐かしい気持ちに浸っています。
 退団後は、海外に渡航する機会があり、現地のオーケストラに参加したり、帰国後は子育てなど家庭の事情があって新響には戻らず、都内の様々な音楽団体にお邪魔して武者修行をしたり、クラリネット以外の楽器に手を出してみたり…と、自分なりに見聞を広げながら第二の音楽ライフを楽しんできました。新響以外に、創意工夫しながら独自に楽しんでいるアマチュア団体は数多く、音楽の楽しみ方は本当に様々であり、むしろ違いがあるから面白いのだと思って、充実した日々を過ごしていました。
 そんな私がなぜ新響に出戻ったかといいますと、これもひとえにタイミングでしょうか…。この春、下の子供が中学生になり、子育てがひと段落したことから、妻(新響ヴァイオリン奏者)が「そろそろ戻ってきたら?また一緒に演奏しようよ」と背中を押してくれたことがきっかけで、新響のオーディションを再度受けることを決めました。これは相当の「覚悟」が必要なことでして、知っている顔ばかり並ぶ前での演奏はかなりの緊張を強いることです(まさに「苦行」以外の何物でもありません。)。何とか再入団することができ、5月から練習に参加できることになりました。
 私が退団してからの新響の様子はおよそ知っていましたが、久々に復帰して実際に演奏に参加してみると、なるほど、新響というのはこういう団体だったんだなぁと、入団当初に受けたインパクトがよみがえってきます。と同時に、時代の流れといいますか世代交代等により、新響は間違いなく進化していると感じる部分もあります。自分はその進化に寄与できるのか、はたまた団員の平均年齢上昇要因にしかならないのか。それは今後の自分次第ということになります。初心に帰って精進したいと思っています。

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 さて、先ほど「クラリネット以外の楽器」云々と書きましたが、今から1年半ほど前からサクソフォーン(サックス)という楽器をクラリネットと並行して演奏しています。
 きっかけは、クラリネット歴30年を迎え、この機会に何か新しい楽器を始めて、自分の芸の幅を広げようと思ったことです。どこか楽団に入ったとか、誰かに一緒にやろうと誘われたとかではなく、ただの思い付きです。過度な負担にならないよう、クラリネットと演奏方法があまり違わないものをということで、サックスに白羽の矢が立ちました。プロの奏者でも「両刀遣い」の方はおられますし、実際、周囲にクラリネットとサックスを両立させている人がいたのも心強かったです。
 クラリネット(黒色)とサックス(金色)は、見た目こそずいぶん違いますが、木管楽器というカテゴリーでは共通していますし、発音原理が「シングルリード(1枚の葦の発音体を振動させて音を出す)」という点ではほぼ同じです。つまり、「音を出す」というハードルは最初からクリアされています。実際、初めてサックスを手にして吹いてみた際、ごくふつうに音は出ました。「おぉ、これはいけるぞ!」とにわかに思いました。
 しかし、「音」と「音色」は似て非なるものです。巷に「桃栗三年柿八年、サックス三日で鳴り響く」という風刺のきいた言葉があるのですが、これは半分当たりで半分外れです。あのサックスらしいメタリックな音色を出せるようになるのは、けっこう難しい…。私が新響で初めてサックスを披露した際、「(せっかく新世界の作品を取り上げているのに)何だか旧大陸のような音色がする」とか「木製のサックスから出てくるような音」といった微妙なコメントをいただきました。
 また、練習を重ねるにつれ、運指(指遣い)やビブラート、楽器構造などの「概ね似ているけど、実は全然違う」という部分がだんだん鮮明に見えてきました。私が思うクラリネットとサックスの最大の違いは、クラリネットはすべての音域で弱い音を出すのが得意なのに対し、サックスは特に低音域で弱い音を出すのがものすごく難しいところです。また、サックスは比較的運指が楽(合理的)だと言われていますが、一部でクラリネット以上に困難を極めるところもあります。
 社会人が楽器の練習に時間を費やせるのは週末が多いと思いますので、複数の楽器をやっていると時間の使い方が難しいのではと思われるかもしれません。特に、楽器の習得には「スタートダッシュ」が必要になりますので、最初は楽器に慣れるためにも、ある程度時間をかけることが必要になります。そのため、私の場合は、最初の半年間は土日にそれぞれ3~4時間ほどサックスを練習していました。それ以降は、練習時間が落ち着いてきて、クラリネットもサックスもそれぞれ1時間程度、決まったメニューをこなしながら、うまく両立しているつもりです。
 クラリネットには大小さまざまなサイズの楽器があり、それを曲によって使い分けますが、サックスも同様に、通常使われる4つのサイズの楽器があります。私はそのうちの「アルト」から始め、のちに「テナー」も吹くようになりました。サイズが少し違うだけで、出てくる音色はがらりと変わり、一般的にはアルトは女性的、テナーは男性的と言われます。実際に両方吹き比べると、その違いをあらためて実感しますし、それぞれの良さ・持ち味をも実感するようになりました。私は勝手ながら、サックス奏者は「ソプラノ」「バリトン」を含む4つの楽器を一通り演奏できるようになることで、奏者として成熟していくのではないかと確信しています。いやはや、目指すべき道はまだまだ遠く険しいです。

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 さて、そんな私が今回の演奏会でサックスパートを担当します。
 サックスは近現代になってから登場した楽器のため、吹奏楽やジャズでは大活躍しますが、オーケストラに登場する機会はそれほど多くありません。ですが、珠玉のような作品がいくつか存在します。例えばラヴェルの『ボレロ』には素敵なソロ(独奏)がありますし、ビゼーの『アルルの女』のソロを聴いてサックスを始めたという方を何人か知っています。以前、ベルクのヴァイオリン協奏曲を演奏した際には、サックスがごく弱い音で演奏しながらも、オケ全体の音色感を作っていく様子をステージ上で味わい、「サックスはいつも朗々と演奏する楽器」という自身のサックス観が覆りました。
 サックスが使われている曲は、どれもその特徴が最大限生かされるように工夫されており、「とりあえずサックスでも使っておくか」という作曲家は皆無だと思います。そのため、演奏する者としては気が引き締まる思いがします(ちなみに、これがクラリネットですと、首をかしげたくなるオーケストレーションにときどき出会うことがあります。)。今回取り上げるプロコフィエフとバーンスタインでも、随所にサックスらしいソロが登場しますが、あらかじめ弁解しておきますと、圧倒的に難しく上級者向けなのが前者、技術的には難しいけれどノリノリで楽しめるのが後者です。
 プロコフィエフの『ロメオとジュリエット』はテナーサックスで演奏します。全曲を通じて数小節しか吹くところがなく、おまけにほぼすべてソロです(ものすごく緊張します。)。私は今のところ、個人練習の大半の時間をこのプロコフィエフに費やしていますが、まだまだ自分にゴーサインが出せていません。演奏会当日にピントが合うよう、これからも粘り強く練習していくつもりです。ちなみに、前回(1999年)新響がこの曲を取り上げた際には、私はバスクラリネットを担当しており、まさにテナーサックスの隣で演奏していました。当時、エキストラでご出演の音大生が「とても難しいんです」とおっしゃっていた気持ちが、今になってようやく分かりました。
 続いて、バーンスタインの『シンフォニックダンス』はアルトサックスで演奏します。こちらはソロが適度にありつつも、他の楽器と一緒に(ユニゾンで)演奏する箇所も多く、オケとの一体感を感じられます。音量のバランスもそこまで神経質にならずに済むため、オケの中でサックスを初めて吹く曲としては理想的だと思っています。“新世界”の作品にふさわしい、輝かしい音色を目指します。

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 新響では、邦人作品を含め特色のある演目をお客様にお届けできるよう、各団員が様々なアイディアを持ち寄り、選曲会議の場で議論を重ねています。音楽を本業としていない私たちですが、ご自宅がLPレコードやCDだらけで、YouTubeでも見つからない秘蔵音源を持っている団員もいます。また、複数種類の楽器を自由に演奏できる団員も多数おり、自分が楽しいと思えることは何でもやるという、まさにアマチュアの本懐ともいうべき活動をしている集団だと思っています。
 今回の「『ロメオとジュリエット』しばり」の演奏会のように、これからもストーリー性のあるプログラムをお届けできるよう、そして、サックスのように普段はオケに登場しないような楽器であっても(エキストラではなく)団員が対応できるよう、私も一団員として楽しみながら「音楽道」に邁進してまいりたいと思います。

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