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トロンボーンのお話

 維持会員の皆様、トロンボーンパートの武田浩司と申します。いつも新響の活動にご協力いただき、ありがとうございます。235回演奏会では吉松、伊福部、ブラームスとタイプの異なる3人の作曲家の作品を取り上げます。ここではブラームス作品でのトロンボーンの出番について、少々マニアックな内容を書かせていただきます。
 トロンボーンには大きくアルト、テナー、バスの3種類があります(昔はソプラノもあったそうですが、現代ではほとんど使われることはありません)。トロンボーンは3本で演奏することが非常に多く、新響を含め現代のオーケストラではテナー2本とバス1本で演奏することがほとんどです。テナーには1つの補助バルブがついていて、B♭とFを切り替えられるように、またバスには2つの補助バルブがついていて、B♭/F/G♭/D(あるいはB♭/F/G/E♭)を切り替えられるようになっています。「バス」トロンボーンと呼びますが、実は基本となる管の長さは「テナー」と同じです。 1ポジション(スライドを最も縮めた状態)ではアルト、テナー、およびその補助バルブに切り替えた状態ではそれぞれ以下の音が出せ、スライドをそこから伸ばすことで約4度音を下げることができます。この音(スライドを動かさなくても出せる音)は自然倍音列と呼ばれます(譜例ではペダルトーン:第1倍音は除いています)。
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 アルトとテナーにある音部記号は見慣れない方もいるかもしれませんが、それぞれアルト記号、テナー記号(あるいは両者まとめてハ音記号)と呼ばれており、前者はヴィオラとアルトトロンボーン、後者はチェロ、ファゴット、テナートロンボーンによく使われている記号です。記号の中心が「ド」の音になります。
 現在では上記のように1あるいは2個の補助バルブを必要に応じて切り替えながら、ある程度近くて吹きやすいスライド位置で演奏しています。しかし、ブラームスがこの曲を作曲した頃には補助バルブは一部のバルブトロンボーンを除きあまり一般的ではなく、アルト/テナー/バスのトロンボーンはそれぞれE♭/B♭/Fの長さで、単純にスライドを伸び縮みさせて音を変えていました。
 トロンボーンはホルン、トランペットと異なり、スライドを伸び縮みさせることで当初から半音が演奏できました。ベートーヴェンが交響曲第5番で初めてオーケストラ作品に採用するまでは、合唱の補強として教会で演奏していました。しかしトロンボーンは当時一般的にオーケストラに使われている楽器ではありませんので、使われる場面も限定的でした。ベートーヴェンの交響曲第5番でも、最後の音符は全員で全音符をフェルマータで伸ばしていますが、トロンボーンだけが四分音符で終わってしまい、全員が気持ちよさそうにフェルマータで伸ばしている間楽器を構えたままにするか悩ましいところです。今回の演奏会で取り上げるヨハネス・ブラームス(1833-1897)は、ベートーヴェンよりはやや後の年代ですが、同時代の作曲家と比べて古典的な作風と言われており、トロンボーンの出番は同様にごく一部に限られます。交響曲第1番では第1~3楽章は全て休み(Tacet)で、第4楽章で初めて登場します。第4楽章ではとても有名な、1番奏者泣かせの(=音が少し高い)コラールがあります。そこでは以下のような譜面を演奏しています(譜例は音楽之友社 ミニチュアスコア[1]に基づく)。
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 トロンボーンの音符の下に書き加えた数字はスライドのポジション番号で、1が最もスライドを縮めた状態、そこから番号が増えるごとに半音ずつ下がり(=スライドが伸び)、6では上の譜例で書いた自然倍音列から完全4度下がります。アルトとバスのパートには2つ番号を書いていますが、上の段が補助バルブなしの楽器で演奏した場合、下の段が現代のテナー/テナー/バスの3本で演奏した場合の番号で、F○やD○と記載したところは、それぞれFおよびDの補助バルブに切り替えた状態となります(特にバスの下段はこれに限らず、いくつかの組み合わせがあります)。現代と昔の楽器でポジションが顕著に違うのがバストロンボーンで、最後の3音だけ見ると現代では3→6→4と少し動かせば済むのですが、補助バルブ無しのF管では6→1→6と大きく動かさなければいけませんでした。F管バストロンボーンでは、6ポジションまでスライドを伸ばそうと思うと一般的な手の長さではぎりぎり足りず、スライドの持ち手の部分にハンドルを付けて長く伸ばせるようにします。
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引用元http://www.wikiwand.com/en/Types_of_trombone
 6ポジションまで伸ばしたF管バストロンボーンは人の背丈以上の長さになりますので、それをハンドルを駆使して6→1→6と操作している様子は視覚的効果も大きいと思います。現在のバストロンボーンがB♭になっているのも、ハンドルを使わないと全ての音を出すことができず、B♭であればちょうど右腕を一番伸ばした状態で演奏が可能といわれています[2]。私は10年以上前に浜松にあるヤマハの工場見学に行った際に、このF管バストロンボーンを触らせていただく機会があり、友人と一緒にE♭アルト、B♭テナー、Fバス(補助バルブ無し)でこのコラールを吹いてみましたが、この移動の箇所で思わず笑いが起きていました。
 ブラームスの交響曲第1番は、他のブラームスの交響曲と比べても特にトロンボーンの音符の数が少ない曲です。アルトトロンボーンの音の数を数えてみましたが、80個でした。おそらくブラームスに乗っているメンバーの中で最少と思います。コラールのところは有名ですが、ぜひ他の出番も探しながらお楽しみ下さい。


[1]音楽之友社 ブラームス 交響曲第1番ハ短調作品68
[2]佐伯茂樹、『金管楽器の歴史を知ろう』(2005)

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