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マーラーで登場する「ホルツクラッパー」は団員の自作です

今尾 恵介(打楽器)

 マーラーの交響曲は打楽器が盛り沢山なものが多く、その中にしばしば「木」が登場する。厳密に言えば「ルーテ」か「ホルツクラッパー」の2種類であるが、どちらもムチと訳されてしまうので混乱しているようだ。このうち交響曲第2番「復活」などに出てくるルーテは、実際にはふつう中華鍋などを洗う細い竹棒を束ねた「ササラ」を使うことが多く、交響曲第2番「復活」などでは、これで大太鼓のリム(縁)を叩く。この種のササラは打楽器専門店で「楽器」として買えば高いけれど、ホームセンターで買えば1ケタ安かったりする。これも打楽器の値段の不思議なところだ。
 それはともかく、もう一つのムチである「ホルツクラッパー」はたいてい2枚の細長い板の片方を蝶番(ちょうつがい)で繋ぎ、双方の板を持ってパチンとお見舞いするのが常だ。油断すると時に指を挟んでしまうことがあり、もし万が一演奏会でパチンと音がしなかった時は、奏者はきっと必死で痛みをこらえている。
 有名なところではムソルグスキー(ラヴェル編)の『展覧会の絵』や、ブリテンの『青少年のための管弦楽入門』などがお馴染みであるが、気持ちよく寝ているお客さんを起こすには効果てきめんの一撃だ。そのパシッと鳴らす緊張した効果をうまく使った作品に、新響の元音楽監督・芥川也寸志さんによる『赤穂浪士』のテーマ曲がある。
 この曲以外では「一発モノ」が多いのであるが、マーラーの交響曲5番の3楽章に出てくるのは音形がタタタンタン×4小節、それが2か所という異例な多さ。一般にはこれも2枚板のムチを使うことが多い。ついでながら「ホルツクラッパー」とはホルツつまり木材をクラッペンする-カチッ、ピシッとかパタンといった音を立てるモノ、というドイツ語である。
 さて、今回初めての高関先生との合奏ではとりあえず団が所有している2枚板の「ムチ」で演奏した。休憩時間にホルツクラッパーはムチで良いかどうかお訊ねしたところ、それでもよいがあまりムチのような(明るすぎる)音ではなく、少し低い音が望ましいとのこと。新響打楽器のメンバーで話し合ったところ、田中司さんが「作ってみよう」となった。

 1週間後に出来上がったのは長方形の断面の筒を専用の板で叩く構造。2枚の板という「常識」は雲散霧消している。傍目では心太(ところてん)を押し出す筒に見えるが、構造的にはオルガンの木のパイプの応用だという。実はこのオルガンのパイプを、田中さんはこれまで何本作ったかわからない。本職は小学校の理科教諭であったが、実はオルガン製作者としても有名なのだ。放課後の模型工作クラブの小学生たちにポルタティーフ・オルガン(文字通り持ち運べる小型オルガン)作りを指導して始まったもので、最近まで「アントレ」という古楽器専門誌に「ポジティーフ・オルガンを作ろう」というオルガン作り講座を延々と連載していた。
 音を響かせるためのパイプだから叩けばいい音がするに違いない。叩ける場所は贅沢にも4面あり、その1面をナラ、その他はパイン(松)として、どこを叩くかは自由。叩くバチの方はナラ製である。どこをどう叩くかで音色が選べるところがミソだ。早速9月25日の練習で高関先生に披露したところ、「気に入った」とのこと。どの音が良いかはホールへ行ってから決めよう、ということになった。トリフォニーホールでどんな音が響くだろうか。お楽しみに。
 思えば田中さんはこれまで、新響で必要とされる「特殊楽器」をいくつも作った実績がある。最初はガーシュウィン『パリのアメリカ人』に出てくるクラクション。4つの音の高さが要求されるもので、ふつうはラッパにゴム球を付けた手動式であるが、あえて自動車用バッテリーを動力とした本格的なものを作っている。これが1960年代末頃。この「パリアメ・クラクション」は、結局いくつものプロ・オーケストラを渡り歩くほど好評だったという。

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ホルツクラッパーの写真


 ビゼー『アルルの女』のファランドールで使うバスクの太鼓はオイル缶を向かい合わせに繋いで胴とし、これに本皮を張った。最近ではリヒャルト・シュトラウスの『アルプス交響曲』では風音を出すウィンドマシン。ゴワゴワした触感の帆布(はんぷ)が擦れる音を利用したものである。他にも、たとえばテューブラーベルの長いものを吊すスタンドとか、打楽器のスタンド入れの箱(キャスター付き)も、楽器屋で見かけないものはすべて田中さんの手作りだ。最近になって定年退職されたので、これを機に自宅アトリエに何でも工作できる装備一式を揃えた。今後は何が登場してもおかしくない状況だが、現在のところは孫に贈るための小さな椅子にとりかかっている。
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