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四半世紀ぶりのハイドン

松下 俊行(フルート)

 今回ハイドンの交響曲第101番『時計』を取上げるが、新響がハイドンの作品を演奏したのは1987年9月の第117回定期(指揮:今村 能)の交響曲第88番『V字』以来、実に24年ぶりという事になる。私事ながら言えば、入団から来年で30年にならんとする新響人生の中で、ハイドンを公式に演奏する機会を初めて得た記念すべき年に今年2011年はなった訳で、慶賀の至りというべきであろう。
 そこで改めて調べてみると、驚いた事にこの団体はその55年を誇る歴史の中でも、

・1965年4月 交響曲第94番『驚愕』
・1970年4月 交響曲第101番『時計』
・1987年9月 交響曲第88番『V字』
・2011年7月 交響曲第101番『時計』


 と今回を含めて4回(3曲)しか取上げていないと知った。この中で1965年の『驚愕』は新響が未だ労音からの独立以前、各地で行われていた「例会」に於ける演奏であるため複数回の演奏を行なってはいる。が、逆に定期演奏会のプログラムという範疇からは厳密に言えば外れてしまう性格のものだ。つまり新響は「生まれてこの方、ハイドンを1度も演奏した事が無い団員がいてもおかしくない団体」との定義が成立してしまう。アマチュア・オーケストラの盟主(?)を自負する(??)団体として、「これってどうなのよ?」との疑問も出てこよう。
ハイドンがなかなか俎上にあがらない理由には以下のようなものが考えられる。

①編成上の問題(管楽器)
 ハイドンは交響曲という形式を完成させ、ベートーヴェンによるこの形式の爆発的な発展のまさに基礎を拵えたが、その完成の過程ではオーケストラそのものが発展途上にあった。またこの作曲家は30年にも及ぶ宮廷での楽長生活の中で、その特定のオーケストラの為に作曲せざるを得なかった。その為その後の交響曲に見られるような編成の完備した「五体満足な」作品が非常に少ない(これはモーツァルトの交響曲にも言える事である)。
 こうした作品を取上げると、まず管楽器奏者の出番が制限されてしまう。どこのアマチュアオーケストラにとっても出番がない奏者を如何に生じさせないようにするか?が運営の要諦であって、もし不揃いの編成の交響曲をプログラムにもってくれば、その埋め合わせには大曲を並行して用意しなければならなくなる。プログラムのバランスからみると、これは決して容易な事ではないのである。
 結局どうしてもハイドンを取上げる際には、管楽器の編成が整った作品に限定されがちになる。新響が3曲しか演奏していないのもそのあたりに理由があると言える。

②編成上の問題(絃楽器)
 管楽器に限らず、編成上の問題は絃楽器にもある。この場合は「規模」の話になる。即ち何人の絃楽器奏者で演奏するか?という、これまた切実な話である。
 ハイドンの時代のオーケストラは近代のそれとは異なり、絃楽器奏者の人数も非常に少ない小規模なものだった。これがオーケストラの発達に伴って楽器の性能も上がり、且つ人数の規模も急速に大きくなっていった(そして作品もそうした傾向に拍車をかけるように、大規模なものが創造されてゆく)。
 現在の我々はその終着点の規模の団体になっている訳だが、ハイドンの交響曲を演奏するに際し、彼の時代の演奏スタイルを知っているだけに、この我々が持てる規模をフルに活用する事が必ずしも妥当ではないのではないかという疑問に常につきまとわれている。
 そこで「小編成」のオーケストラ構想が出る事になるが、これは「常に出番がある」事を前提としている絃楽器奏者にとっては、権利の侵害につながりかねず、必ず抵抗運動が沸き起こる。大抵はここでこの構想は立ち消えになり、一歩踏込んだ次の段階に議論が進まない恨みが無いとは言えない。
 また「小編成で演奏する事が本当に良い結果をもたらすのか?」という疑問も一方にはあるため、問題はなかなか一筋縄で解けない状態になっている面もある。

 かくしてこの①と②を総合すれば、新響というオーケストラは「どんな大編成を必要とする作品でも演奏できる規模を持ってしまったが故に、小編成の問題を含む作品に対する対応力に欠ける」という一種のパラドクスに陥っているという事が判ってくる。この団体のプログラムにハイドンやモーツァルトの作品が極端に少ないのは、こうした理由が潜んでいるのである。

③演奏の難しさ
 岩城宏之氏が『楽譜の風景(岩波新書)』の中でハイドンの交響曲について以下のように言及されている事に、注意を払ってみるべきだろう。

 ハイドンはあらゆる作曲家の中で最も難しいと言われていたのを実感として味わい、手も足も出ぬ敗北感に打ちひしがれた。
 百以上書かれたハイドンの交響曲は、気軽に聴いていれば、どれも単純明快で、テンポの変化もないし、始まればそのまま、一気呵成に終わってしまうように思える。
 しかしちょっと調べると、フレーズの入り組み方など、モーツァルトやベートーベンよりはるかに複雑だし、第一、アンサンブルの難しさは、後のロマン派の作曲家たちの作品の比ではない。


 ベートーヴェン以後の交響曲の隆盛を知り、その恩恵を充分に蒙っている現代の我々は、ハイドンの交響曲をともすれば未だ完成されていないスタイルの「習作」のように捉えがちな気がしている。
 それは速い楽章のメリハリの無さと見えたり、緩徐楽章の冗漫さと感じられたり、或いはオーケストレーションの未分化(木管楽器のパートは2本揃っていても殆どがユニゾンである)などという形で耳目に障る事がある。これらは作曲者の生きた時代背景を反映している。
 我々は概ね、この印象を拭いきれない時点で、ハイドンの交響曲をプログラム検討の俎上から下ろしてしまっている。実に残念且つ愚かしい事だと考えざるを得ない。
 現実にはそうした点を克服し、一個の確立してスタイルを表出した演奏を作り上げる過程で詳細に作品の構造を見てゆくと、岩城氏のいう「複雑さ」に気づき、「難しさ」に行き当たるのである。ここで初めてハイドンの交響曲の演奏に対するやりがいが理解されうる状態になる。
 思い切った私見を披露すれば、ハイドンの作品は、バロック時代までの「良き趣味」の残滓を最も好ましく昇華して交響曲という形態として次世代への確固とした橋梁として完成させているのではないか?と考えている。
 新響は今回の定期を機会に、ハイドンの作品そのものの評価や演奏にとどまらず、彼の交響曲の演奏を軸に、これまで演奏できなかった様々な理由・事情の解決を含め、洗い直しを図る契機とする事が好ましいように思う。
 「これまでそうだったから」という理由だけで、こうした優れた作品をやらない法は無い。
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