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4つの気質と体液病理学 ~自分の気質を知ろう~

大原久子(Hr)

 ニールセン(1865-1931年)はデンマークの作曲家です。シベリウスの次くらいに有名な北欧の作曲家なのですが、意外と演奏機会が少なく新響は初めての挑戦となります。なぜ今回の演奏会でニールセンかというと、指揮の山下氏は若い頃にデンマークの指揮者コンクールで優勝しており、その縁で振ったヘルシンボリ交響楽団(スウェーデンの南部ほとんどデンマークの近く)ではニールセン交響曲全曲を演奏しているのです。ニールセンを全部やったことのある(しかも北欧で!)日本人の指揮者はそうはいませんから。
 ニールセンの交響曲は6番までありますが、山下氏によれば1番は習作に近いし2番が一番ニールセンらしいんじゃないかということで、比較的メジャーな「不滅」ではなくまずこの曲に取り組むことになりました。
 さて、この交響曲第2番には「四つの気質」という標題がついています。1楽章:胆汁質、2楽章:粘液質、3楽章:憂鬱質、4楽章:多血質といった具合に、各楽章がそれぞれの気質を表現しています。
 名曲解説辞典によれば『「四つの気質」という表題の所以は、彼がゼーランド(デンマークを構成する島の一つでコペンハーゲンもその上にある)の田舎を訪れたとき、ある所で「気質」をテーマとした水彩画を見て感興を覚え、やがてこの交響曲を作曲したことによる。しかし彼は音楽をもって水彩画をなぞったのでもなく、特定の人物の性格を描写したものでもない。水彩画に描かれている人間の気質、性格への興味が、このような作品を書かせるに至ったものである』とあります。

●体液病理学について
 この「水彩画」というのがはたしてどんな物だったのかわかりませんが、気質に関してこのような図を見つけました。
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 体液病理学は古代ギリシャ時代から19世紀にいたるまで信じられてきました。「人間の体液は血液、粘液、黄色胆汁、黒色胆汁からなり、その体液のバランスによって病気が引き起こされる」というものです。(病理学とは文字通り病気の原因やメカニズムを解明する学問のことです。)ギリシャ哲学では4元素(空気、水、火、土)、4元性(冷、熱、乾、湿)であり、これらとの類似性で4体液が考えられたのです。空気のように温かく湿った血液、火のように温かく乾いている黄胆汁、水のように冷たく湿っている粘液、土のように冷たく乾いている黒胆汁、4つの体液が正常に混和していれば健康で、そのバランスが失調すると病気になる、というわけです。
 古代ギリシャでは、体液病理学のほかに固体病理学(病気の所在は身体の固体部分、つまり臓器にある)の学派がありましたが、ヒポクラテス(紀元前400年頃)のいたコス派の体液説の方が大勢だったようです。この頃の治療は瀉血(皮膚を切開して毛細血管から血液を抜く)や下剤によって悪い体液を排出することが中心でした。方法学(体内の空隙の緊張と弛緩により病気が起こる)中心であった古代ローマにもガレノス(紀元130-200年)によって体液病理学が伝えられました。こうして体液病理学は17世紀までヨーロッパ医学に影響を与えました。
 18世紀になってモルガーニ(1682-1771年)によりようやく体液病理学の4体液説が論破され固体病理学の基礎が固まり臓器病理学へと発展します。顕微鏡が発明され18世紀後半には病理学に使用されるようになりました。その後ロキタンスキー(1804-1878年:当時の高名な病理学者)が体液病理学を復活させますが、現代病理学の父といわれるウィルヒョウ(1821-1902年)によって細胞病理学(病気は細胞の質的・量的変化によって生じる)が誕生し、体液病理学の幕は閉じます。
 ちなみに、モーツァルトが35歳の若さで病死したのはご存知と思いますが、当時主流であった体液病理学の医師によりモーツァルトの治療に瀉血が行われました。ウィーンのモーツァルトハウスには同時代に用いられていた瀉血の器具が展示されています。瀉血のしすぎで体力が弱ったのが死因ではないかという説もあるようです。

●シュタイナーによる「4つの気質」
 現在の病理学では4体液説は誤ったものとして認識されていますが、教育学の世界ではシュタイナー(1861-1925年:思想家、哲学者)の教育論により4つの気質について知られているようです。子供や教師、親を4つの気質で分類し教育に活かそうというものです。
 日本では血液型による性格分析がもてはやされていますが、血液型は骨髄移植でもしない限り一生変わらないのに対し、誰もが4つの気質をすべて持っていてどれが強く出るか状況や年齢により変化するとされています。シュタイナー教育で各気質がどういう傾向ととらえられているかまとめてみましょう(この表は大人の場合です)。

  外へ 内へ
多血質 はつらつ、感じがいい、好印象、積極的、行動的、外向的、幅広い、気軽、気さく、親しみやすい、人付き合いがよい、社交的、柔軟、思いつく、アイディアがある、発想の転換が出来る、偏見がない、他人の考えを理解、自由な感じ、開放的 思いつき、軽い、深まらない、広く浅い、表面的、軽薄、軽率、移り気、当てにならない、責任を持たない、中途半端、持続・長続きしない、完成が苦手、くよくよしない、落ち込まない、楽天的、楽観的、おめでたい
胆汁質 積極的、行動的、活動的、エネルギッシュ、自己主張する、自己顕示欲が強い、騒々しい、自信に満ちている、指導者、他人に押し付ける、高圧的、反発を受けやすい、攻撃的、横暴、暴力 意思が強固、信念を持つ、不屈、剛穀、理論的、論理的、論理明晰、素早い判断、決断が早い、やさしさ・思いやり・気配りに欠ける、感情の細やかさ・繊細さに欠ける
粘液質 ふくよか、動作が遅い、緩慢、受身的、消極的、控えめ、無関心、怠惰、怠け者、穏やか、温厚、円満、信頼される、せっかちでなく待てる、激しない、大らか、包容力がある、些細なことに動じない 鈍い、鈍感、やり続ける、やり抜く、粘り強い、伸張、熟考、正確、確実、着実、几帳面、意志が強い、屈強、芯が強い、柔軟性・融通性に欠ける、頑固、固執する、執念深い、繊細でない、平静、冷静、自制的
憂鬱質 小心、臆病、心配性、非外交的、非社交的、控えめ、遠慮がち、無口、寡黙、懐疑的、否定的、悲観的、たまに別人のように活発 敏感、神経質、気難しい、不機嫌、内向的、ふさぎ込む、洞察力がある、語学力、美的センス、芸術的、理想や真実に従う、思慮深い、慎重、冷静、思い込みが激しい、柔軟性に欠ける、頑固、厳格、固定観念、自己中心的、被害者意識が強い

●健康を支配するもの
 細胞病理学から発展した現在の医学は、いわゆる対症療法が中心です。発熱や痛み、かゆみといった不快症状があれば消炎鎮痛剤やステロイド、副交感神経遮断剤などで症状を抑えますが、それらの症状は生体の治癒反応であるのにそれを阻害しさらに血行を悪くして症状を悪化させてしまうこともあるのです。数多くの患者をこなし薬を処方しないと成り立たない現在の医療制度ではしかたがないのかもしれませんが、最近免疫力や東洋医学が注目されているのは、そういう治療に疑問を感じるようになったからでしょうか。
 免疫の立場から病気をとらえると、白血球(防御系)、自律神経(調節系)、体温(循環系)がキーポイントのようです。
 血液中の白血球は、主に細菌や真菌を処理する顆粒球とウィルスなどの微小異物を処理するリンパ球からなり、顆粒球が54-60%、リンパ球が35-41%でバランスがとれているのを免疫力が高い状態といいます。免疫は自律神経(生体調整機能を制御する神経でそれぞれの臓器に対し交感神経と副交感神経が拮抗して働く)と連動しており、活発な生き方をすると交感神経が優位となり顆粒球が増加し、おだやかな生き方をすると副交感神経が優位となりリンパ球が増加します。年齢によっても変化し、子供時代はリンパ球が多いのですが15-20歳で逆転し加齢により顆粒球が増加していきます。また、ストレスや心の悩みで顆粒球が増加し甘い物の食べ過ぎや運動不足でリンパ球が増加します。顆粒球過多では胃腸炎といった組織破壊の病気に、リンパ球過多ではアレルギー性疾患になることが多いのです。
 体温もまた自律神経と関係があります。健康な人は体温(平熱)が36度以上ありますが、体温が十分ある人でも、活発な人は高め体を動かさない人は低めになります。しかし交感神経が過度に緊張すれば血管が収縮して体温は低下し、不整脈、高血圧、高血糖、筋緊張、便秘といった症状が出てきます。逆に副交感神経過剰優位でも活動量や代謝が低下して低体温となり、徐脈、低血圧、低血糖、疲れやすい、むくみといった症状が出てきます。
 鍼灸治療の作用機序は自律神経を整え血行をよくすることですし、有名なにんじんジュース断食は老廃物を排泄し免疫力を高めるのが狙いです。ヒポクラテスの時代に排泄と自己治癒力が重視されたことを考えると、体液病理学的な考えと共通しています。

●本当に4体液説は間違っているのか
 それでは白血球、自律神経、体温で4つの気質を考えてみるとどうなるでしょうか。縦軸に体温は4体液の図と同様ですから、横軸を自律神経と白血球にして同じように気質を当てはめることができます。
 多血質:体温が高く副交感神経優位の人は行動的でおだやか、血行がいいから多血質ですね。
 胆汁質:体温が高く交感神経優位だと活動的で激しい。肉を多く食べると交感神経優位になるのでこういった人は消化のために胆汁が多く出るのでしょう。
 粘液質:体温が低く副交感神経優位の人はあまり動かず穏やか、さらに副交感神経過剰優位になると疲れやすくアレルギー性疾患になりやすい。4体液説の白色粘液は脳を取巻く髄腔から流れるとされ、骨髄で作られるリンパ球による炎症反応で生じる粘液と考えれば当たっています。
 憂鬱質:体温が低く交感神経優位だと行動的でなく敏感、さらに交感神経が緊張するとイライラして神経質になり血管収縮や組織破壊性疾患を起こしやすい。4体液説の黒色胆汁は脾臓にあって粘調で黒褐色といわれ現在でも正体不明。顆粒球による炎症反応で膿が生じ血液が混ざって赤黒くなったものかと想像するのですが、顆粒球は骨髄で作られますし脾臓はリンパ球の産生と古くなった赤血球の破壊を行う所なので残念ながら該当しません。しかし黒色胆汁は災いの原因としてはもっとも強力とされており現在は多くの病気(7割)が交感神経緊張側で起こると考えられているので、その辺は共通しています。
 以上を図にすると次のようになります(私の説なので信憑性はありません)。
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 体液病理学には2000年もの歴史があります。誤りはありますが考え方には学ぶことも多いはずです。「4つの気質」は迷信ではなく、実は医学的な根拠があるのだと思います。自分の「気質」が何かを知ることは、生き方を見直し健康に過ごせる機会になるかもしれません。

<参考文献>
・西洋医学史ハンドブック ディーター・ジェッター著 山本俊一訳 朝倉書店
・病理学の歴史 エズモンド R.ロング著 難波紘二訳 西村書店
・気質でわかる子どもの心 シュタイナー教育のすすめ 広瀬牧子著 共同通信社
・免疫進化論 安保徹著 河出書房新社
(安保徹先生の著作には一般向けの物も多いです。どんな生き方をすれば免疫力が高くなるか興味のある方は読んでみてください。)


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