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    <title>新交響楽団ホームページ</title>
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    <updated>2008-05-07T09:45:16Z</updated>
    <subtitle>　新交響楽団は、東京で活動しているアマチュアオーケストラです。会社員、教員、学生、主婦など、さまざまな職業、年令にわたる団員で自主運営され、年に4回の自主演奏会を中心に演奏活動を行っています。「いい演奏をしたい」「音楽が好きだ」という団員が集まって、熱いハートのある演奏をお届けします。</subtitle>
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    <title>次回は7月21日山下一史＝ニールセン２番＆「海」</title>
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    <published>2008-05-05T14:55:09Z</published>
    <updated>2008-05-07T09:45:16Z</updated>
    
    <summary>次回202回演奏会は、7月21日（月祝）に山下一史先生を迎え、ニールセン交響曲第...</summary>
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        <name>松井</name>
        
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        <![CDATA[次回202回演奏会は、7月21日（月祝）に山下一史先生を迎え、ニールセン交響曲第2番「四つの気質」、イベール交響組曲「寄港地」、ドビュッシー交響詩「海」を演奏いたします。どうぞお楽しみに！　詳しくは<a href="http://www.shinkyo.com/01next/202.html">こちら</a>をご覧ください。]]>
        
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    <title>第201回演奏会終了しました</title>
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    <published>2008-05-05T14:51:47Z</published>
    <updated>2008-05-07T09:41:40Z</updated>
    
    <summary>第201回演奏会は4月27日、シューマンの交響曲第1番、シェーンベルクの交響詩「...</summary>
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        <name>松井</name>
        
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        第201回演奏会は4月27日、シューマンの交響曲第1番、シェーンベルクの交響詩「ペレアスとメリザンド」を飯守泰次郎氏の指揮の下、好評のうちに終えることができました。ありがとうございました。
        
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    <title>2008年4月24日</title>
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    <published>2008-04-24T14:14:43Z</published>
    <updated>2008-04-24T21:23:48Z</updated>
    
    <summary>第201回演奏会のパンフレットの記事の一部を掲載しました。事前にお読みくださると...</summary>
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        <name>松井</name>
        
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        <![CDATA[第201回演奏会のパンフレットの記事の一部を掲載しました。事前にお読みくださると演奏をよりお楽しみいただけると思います。どうぞご覧ください！！<a href="http://www.shinkyo.com/01next/201.html">こちら</a>です。]]>
        
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    <title>行き着く先を実感したい　―　飯守泰次郎氏にきく</title>
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    <published>2008-04-24T10:39:56Z</published>
    <updated>2008-04-24T11:08:40Z</updated>
    
    <summary>　2006年の新交響楽団・創立50周年シリーズにおいて、ワーグナーの楽劇「トリス...</summary>
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        <name>松井</name>
        
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        <![CDATA[　2006年の新交響楽団・創立50周年シリーズにおいて、ワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」で圧倒的な音楽性と指導力でもって演奏会を大成功に導いた飯守先生。あれから約1年半ぶりの登場となります。飯守先生と共演したシューマンの交響曲では４度目で今回最後になる第１番「春」と、初挑戦で更なる新境地を開拓されるシェーンベルク「ペレアスとメリザンド」について、その魅力を中心にお伺いしました。<br>
－まずはシューマンの交響曲の魅力についてお伺いします。<br>
<b>飯守</b>　シューマンの本質をはっきりと言い切ることは出来ませんが、彼のパーソナリティから考えるとシンフォニーを作曲するには向かない作曲家だったと思います。ご存知のようにシューマンの場合は「ピアノの年」「歌曲の年」「室内楽の年」など、年代よって同じジャンルの作品を大量に集中して作曲していく傾向がありました。まず最初にピアノ曲から始まるのですが、次の歌曲まではとても素晴らしかったのです。その次に1841年の「交響曲の年」へと続きます。とはいっても第４番は既に第１番の時に作曲され、第2番は1846年、第3番は1850年というように、４つのシンフォニーはいくつかの年に分散して作曲されています。また草稿もいくつか残されていています。ヘ短調とかト短調、ハ短調、イ短調など、いろいろと修作の跡があるのです。ではなぜそのように試したかと言うと、彼はものすごく苦労していたんですね。やはりシンフォニーには向かない作曲家だったと思うのです。ピアノ曲や歌曲に向いていた、そういうパーソナリティなのだと思います。
　ところが彼はドイツの作曲家としてバッハをとても研究し、次にベートーヴェンも研究しています。その結果、自分はこれらの偉業を継承する責任があると覚悟し、全身全霊を傾けてシンフォニーに取り組んだのです。ですからシューマンのシンフォニーの最大の魅力は、向いていないジャンルに本気で取り組み、苦労して作り上げ練り上げたところにあると思います。だけれどもその中にちょっとした未完成な部分や、出来の悪さが見受けられる、そこにもものすごく魅力があると思うのです。ちょっと良くない言葉ですが歪んだ魅力というか、苦労の跡がうかがえる魅力と言ってもよいでしょう。例えばベートーヴェンとかブラームスはもう完璧なわけです。同時代のメンデルスゾーンにしても同じです。ただシューマンの場合にはその中にちょっと無理がある。たとえばオーケストレーションひとつとっても何かそこに苦労の跡が見られて、もう少し違うやり方が出来たのではないかなと思うことがあるのです。弦楽器がなぜあれだけ細かい音符を刻まなければならないのだろうかとか、管楽器が浮き立ってこないなど。ただしその音楽性や音楽的発想が、本当に素晴らしいんですよ。<br>
－初演当時のホルン奏者は当時の楽器では冒頭の部分を吹けなかったそうですね。　<br>
<b>飯守</b>　あの頃のオーケストラの実力というのは今では知る由もないですが、当時の交響曲の初演というのはかなり貧弱なものだったらしいです。またドヴォルザークあたりまではとても小さなオーケストラで演奏していたようです。随分前に聞いたシューマンのオーケストレーションの話ですが、当時のセカンドヴァイオリンが上手く弾けなかったため、その部分を管楽器で補ったそうです。それでどんどん楽器が重なってしまったとか、聞いたことがあります。ところどころに変な部分があるのは、弾けない箇所を補って書かなければならなかった当時の事情があったのかもしれません。<br>
－交響曲第1番を作曲したときはちょうどクララと結婚した時になりますね。<br>
<b>飯守</b>　彼が一番幸せな時です。<br>
－その一方シューマンの音楽の中には精神的な悩みのようなものを常に感じます。　<br>
<b>飯守</b>　そのとおりです。またシューマンの精神的な悩みというのは、シューマンの魅力と見事に直結していると思います。それはピアノ曲や歌曲のとても幸せな曲の中にも出ています。例えば交響曲第1番の冒頭ではホルンとトランペットが春の到来を告げます。それはまだ発病していない時の幸せに満ちているのだけれども、オーケストラ全体で繰り返した後、急にニ短調になってハ短調になってしまう。そうすると単なる幸せな春の到来ではなくなり、その先のシューマンの鬱がもうすでに表れているような気がするのです。彼の音楽的な魅力は、彼の血の中に存在する精神病的な不安定さにあると思います。<br>
－またシューマンは批評活動を通して新しいものを次々と紹介していきました。彼の活動には休むことを知らないという感を受けます。　<br>
<b>飯守</b>　ショパンの才能をいち早く告げた有名な言葉「諸君、脱帽したまえ、天才だ！」などの論評活動が有名ですね。しかしこれまた彼のパーソナリティから考えると雑誌の編集者なんて出来るわけが無いんです。なのにそれらを自分の任務だと思ってやっている。論評活動は彼にとってはものすごく負担だったと思います。そして先ほど申し上げたドイツの作曲家としてシンフォニーを継承するという責務を感じていたわけで、まさに苦しみの連続でした。それで精神的にだんだんひどくなっていきます。そういった苦しみがシューマンの作品には常にあり、またそこが魅力の一つだと思うのです。こういう傾向は他の作曲家にはあまり無いです。
　一方そういった病的な魅力はマーラーの作品の中にもあります。ただマーラーの場合は見事なまでに現代人の精神的矛盾まで繋がっていきます。例えば「やがて自分の時代が来る」と言っているように、もう予測してやっているわけです。マーラーは自らそこに入り込んでいって、ある意味「苦しみの特権階級」みたいに自分をしてしまったのです。だけどシューマンの場合は違います。そこから必死に抜け出そうとする、あがく苦しさが見えてくるのです。必死にもがき苦しんでいる魅力といってもよいでしょう。<br>
　－クララとの結婚も大変でしたね。例えば夫婦でロシアへ演奏旅行した際、クララの成功がものすごかったのに対して彼は全然認められていなくて、「クララのご主人」と言われていたそうですが。　<br>
<b>飯守</b>　そうですね。そのロシアへの演奏旅行の後でだんだんと彼は落ち込んでいくわけです。まずもともと血の中にあった精神病的なもの、次にはクララの父親を含めた問題がありました。クララの父親は最初から彼の本質を見抜いていたのです。そして夫婦としてのキャリアのぶつかり合いですね、まあこれはよくある問題ですが。
　それからもう一つ大事なことは、若きブラームスの登場です。シューマン自身「新しい道」という表題でその若者を強く賞賛して音楽界に迎え入れて、家庭にまでも迎え入れて友人として付き合っていたのだけれど、クララと非常に親しくなっていきました。逆にシューマンが入院してしまった時など、ブラームスが家族の面倒などもみています。そのあたりが精神的な病を早めた、ひどくしたのではないかとも考えられます。ラインに身を投げる前に結婚指輪を投げたりしていますね。クララとブラームスの間では300通を超える手紙のやりとりがあったそうですが、そのうちのかなりの部分が削除されたり、破棄されたので本当のところはよくわかりません。<br>
－シューマンは一番正直に自分の病気に悩んだ人だといえるのでしょうか。　<br>
<b>飯守</b>　作曲家が悩み始めたと頃というのは、ちょうど作曲家が教会や王侯貴族などから独立し始めた頃から始まります。例えばハイドンやモーツアルトは貴族に仕えていたけれども、ベートーヴェンは完全にそこから抜け出して自立しました。そういったしがらみから抜け出したあたり、だいたい1800年くらいから個人の悩みや苦しみというものをぶつけて、それらを材料として作曲していくという動きが出てきました。もちろんハイドンだって勝手をやっているし、バッハだって随分ときかん坊でわがままで好き放題やっていたらしいけれども、一応社会人としての枠の中には収まっていたわけです。それがモーツアルトやベートーヴェンあたりから収まらなくなってきました。シューベルトなどもそうです。一方メンデルスゾーンは病弱でお金持ちだったこともありきちんとした社会人だったようですが、これは例外だと思います。シューマンになると完全に精神病の傾向が顕著になってきます。
　そして音楽の中にもロマン性と同時にちょっとづつ毒が入ってきました。ワーグナーやリヒャルト・シュトラウス、そしてマーラーなどはその毒を非常に上手く利用した作曲家だといえます。逆にシューマンの場合は違います。だから彼の場合よくぞ交響曲を４曲も作曲できたと思うのです。しかも４曲とも名曲で後世まできちんと残っている。一種の奇跡ともいえます。よく勉強した上で、自分の性格に反してまでも懸命に取り組んだこともありますが、やはり音楽的な発想というのが素晴らしかったのだと思います。<br>
－さてシェーンベルクへ移ります。まずテキストとなったメーテルランクの戯曲「ペレアスとメリザンド」はリヒャルト・シュトラウスが勧めたときいていますが。　<br>
<b>飯守</b>　シュトラウスはシェーンベルクに仕事が無くて娘も生まれて困窮していた頃、写譜の仕事などもあげたりしていました。そしてメーテルランクの戯曲を勧めたのですね。<br>
－まったく同時期にフォーレやドビュッシー、シベリウスなどがこの戯曲を取り上げたというのも面白いと思うのですが如何でしょう。　<br>
<b>飯守</b>　流行とでもいいますか、象徴派（注１）の詩人がものすごく魅力を引きつけた、ちょうどそういう時代だったのです。<br>
－世紀末という時代背景も関係するのでしょうか。この後に第一次世界大戦が勃発し、いままでの価値観が崩れ去った時代といえます。　<br>
<b>飯守</b>　もちろんです。世紀末というのは毎世紀あるわけですけれど、あの世紀末はもの凄かった。政治的にもそうですが、例えばシェーンベルクやマーラーなどの作曲家をはじめ、画家、建築家なども含めてその退廃の度合いが凄まじい。もう今後もあれ程まで行くことはないでしょう。本当に大変な時代でした。我々現代人はそれを通り抜けてきたから達観したところがありますが、あの頃はどろどろと燃えたぎっていました。それであまりに生々しくなってしまったので、ベルギーやフランスなどは象徴主義や印象主義などへすっと脱却していったのです。<br>
－メーテルランクはこの頃のどろどろしたものを浄化しようとして作った戯曲なのだけれども、シェーンベルクはこれを使ってどろどろの極致を開拓したということでしょうか。<br>
<b>飯守</b>　それはあたっていますね、どろどろを引き戻してしまったというやつです（笑）。<br>
－他の作曲家はメルヘンのような綺麗な仕上がりですが、シェーンベルクはなぜこのような音楽をつけたのか、ちょっと理解しがたいのですが。　<br>
<b>飯守</b>　そうですね、他の作曲家の表現は大人か子供かわからないような神秘性に包まれているところがあるわけですよね。ところがシェーンベルクの作品だけはぐんと熱い。ペレアスが殺されるところなど凄いではないですか。フォルティッシモの打楽器と金管楽器でもってあんな殺し方ですよ。また冒頭の陰鬱な森のテーマは非常に「トリスタンとイゾルデ」的ですし、その他にもいたる所に「トリスタンとイゾルデ」を思わせる響きを見つけることができます。
　その一方シェーンベルク自身が劇音楽として忠実に書いたと言っているように、メーテルランクの書いてある筋とおりに音楽は進行していきます。この作品の面白いところは、まず言葉が無いこと、そしてアクションもない、けれども戯曲に起きていることがかなり忠実に描写してあることです。あともう一つの特徴としては、示導動機（注2）と言ってもよいくらいに多くの動機が張り巡らされていることです。<br>
－この作品についてアルバン・ベルクがアナリーゼ（楽曲分析）をしていますが。　<br>
<b>飯守</b>　シェーンベルク自身の解説によると、ペレアスとメリザンド、ゴローとあと運命などの動機は意識しているけれども、あくまで劇音楽として忠実に書いたとなっています。けれどもベルクがよくよくアナリーゼしてみたら、思っていた以上の示導動機が出てきたのです。またこれによると楽章などのシンフォニックでクラシカルなフォームまできちんと入っています。一方ワーグナーはそこまではやっていないわけで、それがとても面白いと思います。
　シェーンベルクはこの作品の中で、非常に抽象的な美観の中にクラシックの要素を入れています。ベルクの解説はちょっとこじつけくさいところもありますが、確かに彼の構造の中に存在するのです。逆にシェーンベルクはあまり意識していなかったようだけれども、ベルクはそれを完全に掘りおこしています。最初に示導動機を提示したところが第1楽章、そして第2楽章がスケルツォ、中間部のゆっくりしたところが緩徐楽章で、そしてペレアスが殺された後冒頭に戻ってくるところがフィナーレになっていく、という具合にです。そう言われれば確かにそうなっています。この点は演奏する側は知っておいてもよいかと思います。<br>
－シェーンベルクはきちんとした音楽の勉強はしたことがない、と伝記等に書かれています。ですがこれだけ数学的に作曲出来て、なおかつ大変ロマンティックです。どこで勉強したのでしょうか。　<br>
<b>飯守</b>　ツェムリンスキー（1871年～1942年 オーストリアの作曲家）がシェーンベルクに対位法の指導を行なっていますが、これがシェーンベルクの受けた唯一の音楽教育と言われています。またこの時代にツェムリンスキーも同じ努力をしていたわけですが、あくまでも調性から離れなかった、そして不幸な死を迎えてしまいました。逆にシェーンベルクの場合はもう完全に調性に行き詰ってしまったのです。そして改革してしまった。<br>
　－この作品の魅力は何でしょうか。　<br>
<b>飯守</b>　私が「ペレアスとメリザンド」をやりたくて仕方がなかった理由の一つとして、調性のある曲としてはシェーンベルクの最後の作品になることです。次の作品からは12音技法などの新ウィーン楽派に移行します。「グレの歌」は作品番号では後になりますが、実はこの前に書かれています。
　調性の崩壊についてですが、例えばワーグナーでいうと「トリスタンとイゾルデ」よりも後の作品にあたる「神々の黄昏」の中、例えば第2幕でブリュンヒルデが怒りに狂ってものすごく盛り上がるところや、アルベリヒがハーゲンの夢に現れるところなどで、ほとんど調性がわからなくなっています。あと「パルジファル」の中の官能性を表しているところでも調性が極端に不安定になっているところなどがあります。ただしワーグナーの場合はその不安定さを最大限まで利用しているわけです。
　それに対してシェーンベルクの「ペレアスとメリザンド」は明らかにその先を行っています。つまり調性が崩壊するぎりぎりまで行き詰っているのです。示導動機を張り巡らしたりしていますが、その変奏の手法とか、調性の乱高下の仕方とかがものすごく入り組んでいて、その先の12音技法のシェーンベルクを予想させるところまで行っているのではないかと思うのです。じつはこの辺りに調性が崩壊するちょうど前後の境目があるのではないかと思っています。だからその行き着く先を目撃したい、実感したいのです。もちろん皆さんと一緒にね。<br>
－こういう異常なものをやってしまうと、シューマンの病気はもう普通の病気のように思えてしまうわけで（爆笑）。最後に今回の演奏会に向けてのメッセージをお願いします。　<br>
<b>飯守</b>　シューマンとシェーンベルクという、とても良いプログラムになったと思います。この二人に共通する異常さ、常識からはずれたところを述べましたが、そこにものすごく魅力があります。新響はそれらを正面から、また内面から取り組むオーケストラだと思いますので、本当に楽しみにしています。オーケストラと指揮者はギブアンドテイクというのか、お互いに教え教えられるところがあるというような演奏会になりそうです。これだけの重厚なプログラムになると、ただレパートリーをこなすというだけでは絶対に足りないのです。今回はそれが出来そうな気がします。<br>
2008年3月10日<br>
（注1）象徴派：象徴主義に属する詩人の一派。言語のもつ音楽的・映像的な側面に着目し、直接にはつかみにくい想念の世界を暗示的に表現しようとした。ボードレールを先駆者とし、マラルメ・ヴェルレーヌ・ランボーらが継承した。<br>
（注2）示導動機（ライトモティーフ）：オペラ・標題音楽などの曲中に繰り返し現れる特定の楽句で、楽曲の主要な想念や感情・物事・特定の人物などと結びついているもの。特にワーグナーが楽劇中に活用した。<br>
聞き手：土田恭四郎（テューバ）
構成・まとめ：藤井　泉（ピアノ）
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    <title>シェーンベルク：交響詩「ペレアスとメリザンド」　</title>
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    <published>2008-04-24T10:30:23Z</published>
    <updated>2008-04-24T14:46:42Z</updated>
    
    <summary>品田　博之（クラリネット） １．後期ロマン派作曲家シェーンベルク 　アーノルト・...</summary>
    <author>
        <name>松井</name>
        
    </author>
            <category term="concert" />
    
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        <![CDATA[<div align="right">品田　博之（クラリネット）</div><br>

<b>１．後期ロマン派作曲家シェーンベルク</b><br>
　アーノルト・シェーンベルクほど曲のスタイルが激しく変化した作曲家は珍しいでしょう。いわゆる“ゲンダイオンガク”の祖ともいえる「12音技法」の創始者なのですが、大変にロマンティックな曲も残しています。本日演奏する「ペレアスとメリザンド」はそれにあたります。
　シェーンベルクはウィーンの靴店に生まれ、特別に音楽的環境の家庭で育ったというわけではありませんでしたが10歳に満たないうちにヴァイオリンの演奏や作曲をはじめたとのことです。16歳のときに父を亡くしたため中等学校を中退し銀行に勤めます。しかし長続きせず、弦楽器が十人足らずの小さなオーケストラのチェロ奏者になります。そこの指揮者がツェムリンスキーというウィーン音楽院を修了したばかりの若い音楽家で、シェーンベルクは彼から音楽に関するあらゆることを学んだと言っています（ツェムリンスキーはマーラーより少し後の後期ロマン派の作曲家として最近見直されています）。
　シェーンベルクが最初に認められた作品は弦楽六重奏曲「浄夜」作品4です。その音楽はワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」をさらに推し進めた半音階的和声により、単に濃厚なロマンティシズムだけでなく異様な緊張感と美しさを漂わせています。
　さて、本日演奏する「ペレアスとメリザンド」は作品5、すなわち「浄夜」の次の作品です。この曲はフル編成のオーケストラを使っていますから、前作同様のロマンティックな半音階的和声に加えて、複数のメロディーを同時に多数の楽器で演奏することによる屈折した感情表現や、弦楽器や木管楽器のソロおよびハープによる繊細で儚（はかな）い美しい響きなど、息を呑む場面が数多くあります。<br>
<b>２．曲の進行とストーリー</b><br>
　「ペレアスとメリザンド」は、日本では「青い鳥」で有名なベルギーの劇作家　メーテルランクの戯曲です（昔はメーテルリンクでしたが最近は原語読みに近いメーテルランクとよぶのが一般的です）。　
　シェーンベルクの「ペレアスとメリザンド」は劇音楽ではなく交響詩なのですが、劇の筋をかなり忠実に追っています。またワーグナーの楽劇と同様に登場人物や事物に固有のメロディーを割り当てた、いわゆるライトモティーフ（示導動機）により曲が構成されています。加えて4楽章の交響曲のような構成にもなっています。　
　ここでは音楽と劇の進行、そこに現れるライトモティーフについて解説していきましょう。これらを事前に理解しておくだけでこの曲をより深く楽しめるようになると思います。便宜的に四つの部分に分けて説明しますが楽譜にはそのような区切りは一切記載されていません。なお、特に聴きどころの部分はゴシック太字で表記しました。<br>
■登場人物
　原作の戯曲にはもう少し多くの人物が登場しますがこの交響詩では以下の三人を知っておけば十分でしょう。
・<b>ゴロー</b>：没落しつつある小国アルモンド王国の老王の孫。数年前に妻をなくしており、小さな子供がいる。
・<b>メリザンド</b>：正体不明の不思議な女性。一説では水の精であるとのことだが戯曲の中にほのめかしてあるだけで最後まで正体はわからない。
・<b>ペレアス</b>：ゴローの異母弟。若くて繊細な性格。<br>
<b>■第一部</b>
　ゴローが狩の獲物を追って森の奥深くに入ってゆく(「陰鬱な森」譜例１)。「トリスタンとイゾルデ」前奏曲の冒頭を憂鬱にしたようなこのテーマ(譜例１)がヴィオラ、コールアングレとファゴットを中心に繰り返される。
<img alt="1.JPG" src="http://www.shinkyo.com/concert/1.JPG" width="290" height="133" />
　そこへ<b>印象的な暗いメロディーがバスクラリネットによって二度奏される（譜例２）。これが「運命」と名づけられている、この曲の中心をなすライトモティーフである。</b>
<img alt="2.JPG" src="http://www.shinkyo.com/concert/2.JPG" width="165" height="64" />
　そのとき美しい若い娘が森の中に一人佇んでいるのが見える。オーボエを中心にメリザンドのテーマが現れる（譜例３）。美しいが生気の乏しい下降音型のテーマである。
<img alt="3.JPG" src="http://www.shinkyo.com/concert/3.JPG" width="195" height="64" />
　<b>ゴローがメリザンドを見つける。ゴローのテーマは最初ホルンでその後ヴィオラ、チェロが重なり、弦楽器群で美しく繰り返される（譜例４）。</b>
<img alt="4.JPG" src="http://www.shinkyo.com/concert/4.JPG" width="288" height="78" />
　<b>敵（かたき）役のライトモティーフであるにもかかわらずそのメロディーは悲劇的でかつ美しい。</b>ゴローの問いに対して要領を得ない答えしかしないメリザンド。ゴローはメリザンドの美しさに惚れ、妻にするため城に連れ帰る。悲劇の始まりである。<b>運命の動機が金管楽器と打楽器により冷酷に繰り返される。</b>
　王国の没落を象徴するように覇気のない城の中でメリザンドは塞（ふさ）いでいる。そこへペレアスが現れる（譜例５）。
<img alt="5.JPG" src="http://www.shinkyo.com/concert/5.JPG" width="288" height="112" />
　トランペットがリズミックに無調的な跳躍をする前半部と悩ましい響きの後半部からなる長いライトモティーフである。ペレアスの若々しくかつ憂いを持った二面的な性格を表現している。すると、<b>クラリネットが非常に官能的なメロディーを奏で、後半にはヴァイオリンのソロが重なる（「愛に目覚めたメリザンド」譜例６）。ペレアスに出会って愛に目覚めたメリザンドは急に生気を帯び、艶かしく変貌するのである。</b>
<img alt="6.JPG" src="http://www.shinkyo.com/concert/6.JPG" width="283" height="123" /><br>
<b>■第二部（スケルツォに相当）</b>
　急に早い三拍子となって、フルートが活躍する楽しげな音楽になる。この場面はメリザンドがペレアスと小さな古い井戸のそばで遊んでいる場面である。メリザンドはゴローからもらった結婚指輪をはずして弄（もてあそ）んでいるうちにその井戸に落としてしまう。このような情景がフルート、ピッコロを中心とした木管楽器で表現されている。ちょうどその頃、ゴローは森に狩に出かけて落馬する。井戸の傍らで無邪気に遊ぶペレアスとメリザンドの描写からゴローの落馬を表現する音楽に瞬時に移行する作曲技巧は目を見張るものがある。この、指輪紛失のできごとからゴローとメリザンドの悲劇が本格的に始まる。
　落馬のけがを癒すためベッドで休むゴローをいたわるメリザンド。そのとき、メリザンドの指に指輪が無いことをゴローが発見する。<b>「ゴローの疑いと嫉妬」のモティーフ（譜例７）がコントラバスにより“どす黒く”奏される。</b>ゴローにきつく問いただされたメリザンドは海辺の洞穴で波にさらわれたと言い逃れをする。
<img alt="7.JPG" src="http://www.shinkyo.com/concert/7.JPG" width="298" height="86" />
　<b>「ゴローの疑いと嫉妬」（譜例７）の後、ヴィオラとチェロのソロによる儚（はかな）く美しい経過部（ほんとうに美しいです！）があり、いよいよ有名な「城の塔」の場面になる。これはメリザンドが城の二階の窓から身長ほどになる長い髪を垂らし、その下でペレアスがその髪を愛撫しながら語らうと言う、なんとも“フェチ”な場面である。ペレアスは、「明日旅に出なければならない」とメリザンドに伝える。直接的に愛を語る事はなく暗示的な会話であるが、髪を愛で、そして撫でるという行為によってメリザンドに対するペレアスの愛を表現している。この部分の音楽は繊細さを極めている。フルート、クラリネット２，３番のゆっくりしたアルペッジョとソロヴァイオリン、チェロの「メリザンド」、さらにクラリネット1番が「愛に目覚めたメリザンド」のテーマを、メリザンドの髪をまるで愛撫するかのように繰り返し奏する。</b>
　そこへゴローがやってきてペレアスを咎める。官能的な音楽が終わりを告げ「運命の動機」や「ゴローの疑いと嫉妬」などによる切迫した音楽に変わる。ゴローの二人に対する疑いが決定的なものとなる。
ゴローはペレアスを城の地下にある洞穴につれて行き、穴底を覗かせることでこの城から姿を消さないと命はないと暗示する。そこでは底なしの溜りからよどんだガスが沸いてきている。2本のクラリネットがオクターブで不気味なパッセージを繰り返し、トロンボーンのグリッサンドがその雰囲気を助長する。<b>そして、木管楽器のフラッタータンギング※による上向音型の後、「運命の動機」が爆発する。</b>
※：巻き舌または喉を震わせてtrrrrと発音する奏法<br>
<b>■第三部（緩徐楽章に相当）</b>
　音楽は急に甘美な響きに包まれ「愛に目覚めたメリザンド」（譜例６）のテーマが繰り返される。ペレアスは城から立ち去ることを決め、メリザンドに別れを告げるために夜に城外の泉の傍らで最後の逢引きをする約束をしたのである。<b>ハープのアルペッジョと一瞬の休止の後、ヴァイオリンとチェロによりゆっくりした三拍子の甘美なテーマ（譜例８）が現れる。メリザンドはこっそり城を抜け出して来る。初めてお互いが好きだと言うことを口にし、これまで躊躇していた感情を爆発させる。原作では、愛の場面ではあるものの可憐で清純な愛の場面である。しかし、音楽の方はひたすら濃厚、爛熟、官能を極めてゆく。まさに「トリスタンとイゾルデ」第二幕をさらに濃縮したような音楽である。</b>
<img alt="8.JPG" src="http://www.shinkyo.com/concert/8.JPG" width="293" height="72" />
　甘く幸せな時間は短かった。ゴローがメリザンドの後を追ってきていたのである。メリザンドがそれを見つけ悲鳴をあげる。この悲鳴をピッコロや高音のクラリネットが表現する（芸が細かい！）。嫉妬の怒りが爆発したゴローは、ペレアスを剣で何度も突き刺して殺害する。<br>
<b>■第四部（フィナーレ楽章に相当）</b>
　これまでの悲劇を回顧するように冒頭の森の音楽が戻ってくる。ここで新しいテーマである「死の場面」（譜例９）が現れる。
<img alt="9.JPG" src="http://www.shinkyo.com/concert/9.JPG" width="289" height="136" />
　またメリザンドが憔悴（しょうすい）している姿も表現される。その後、嫉妬と後悔で錯乱したゴローが音楽により表現される。ゴローはメリザンドにペレアスとの関係を執拗に問いただす。メリザンドは、ペレアス殺害直後のゴローによって城に連れ戻されていたのである。音楽はゴローが嫉妬に狂っている姿を激しいフォルティシモで表現してゆく。<b>クライマックスの後にクラリネットのみが残り、それに続くコールアングレがメリザンドの悲劇的な運命を表現する。そして息を呑むようなハープのグリッサンドに導かれ、フルートとピッコロで美しい下降音型が、クラリネットで「死の場面」が奏される。</b>メリザンドが死の床についているのである。メリザンドの死期が迫ってきた。ゴローの執拗な問いかけに対して「本当は、本当は・・」と言ったきり答えない。美しい和音が響いてフェルマータとなったところでメリザンドは息絶える。真実は謎のままゴローは独り残されてしまったのだ。 
　このあとはこれまでのテーマを用いてこの悲劇を総括してゆく。そのなかでも<b>メリザンドの死の後、ゴローのテーマが万感の思いを込めて奏される箇所が印象的である。</b>最後も「ゴローのテーマ」と「運命のテーマ」によって締めくくられる。<br>
<b>３．シェーンベルクの「ペレアスとメリザンド」が表現しているものとは？</b>
　このように原作の筋書きと音楽を比較してゆくと原作に比べて音楽があまりにも濃厚でエロティックなのが気になります。同じ題材を用いたドビュッシー、フォーレそしてシベリウスも美しく儚い音楽を付けているのに比べてあまりにも“濃すぎる”のです。これについては次のように考えられませんでしょうか（あくまで仮説です）。シェーンベルクはゴローから見たペレアスとメリザンドを表現したのではないかということです。そう考えれば敵役であるゴローにあれだけ重要な美しいテーマを与えたということも納得できますし、異常に濃厚な音楽も全て説明がつきます。ペレアスとメリザンドの間には実際はゴローが考えるようなことは無かった（あったのかもしれませんが字面を読む限り無かったことになっています）にもかかわらず、ゴローの頭の中では、「あんなこと」や「こんなこと」をしているに違いないと妄想が膨らみ、嫉妬を燃やしていたということです。
　シェーンベルクがこの曲を作曲した1903年頃は長女が生まれ、家族円満な幸せな時代だったと思われます。にもかかわらずこれだけ深くて憂いを持った曲を書いてしまうというのは天才ゆえなのでしょうか。実は「ペレアスとメリザンド」の作曲から4年後、シェーンベルクに絵を教えるため出入りしていた若い画家ゲルシュトルがシェーンベルク夫人と駆け落ちするという事件が起きています。夫人は結局シェーンベルクのもとに戻り、ゲルシュトルは20代の若さで自殺するという結末を迎えます。なにか「ペレアスとメリザンド」を髣髴とさせる出来事です。あのマーラーが、二人の幼い娘が元気で幸せの絶頂のとき「亡き子をしのぶ歌」を作曲し、その後に娘を亡くしてしまうという有名な話のように、未来を予見しそしてそれを呼び寄せてしまったのでしょうか。
　ゲルシュトルに指導を受けたシェーンベルクは多くの絵画も残しています。そこにはゴローの狂気の世界にも共通する暗い感情が潜んでいるように思えます。<br>
参考文献
『"PELLEAS und MELISANDE" von ARNOLD SCHOENBERG Thematische Analyse』 
Alban Berg (Universal Edition)
『“Arnold Schönberg Center” web site』
http://www.schoenberg.at/6_archiv/music/works/op/compositions_op5_e.htm
『〔大作曲家シリーズ〕シェーンベルク 』
フライターク著、宮川尚理訳（音楽之友社）
『岩波文庫　対訳「ペレアスとメリザンド」』
メーテルランク作、杉本秀太郎訳　（岩波書店）　　
『名曲解説全集第６巻 P182-184』（音楽之友社）
挿絵：『"PELÉAS ET MÉLIANDE"』より　Carlos Schawb　　(Piazza社1924)<br>
初演：1905年1月25日 シェーンベルク指揮Orchester des Wiener Konzertvereines　（ウィーン楽友協会大ホールにて）
楽器編成：ピッコロ、フルート３（3番は2番ピッコロ持ち替え）、 オーボエ３（3番は2番コールアングレ持ち替え）、コールアングレ、クラリネット３（3番は2番バスクラリネット持ち替え）、Esクラリネット、 バスクラリネット、ファゴット３、コントラファゴット、ホルン８、トランペット４、アルトトロンボーン、トロンボーン４、テューバ、ティンパニ、シンバル、トライアングル、タムタム、テナードラム、大太鼓、鉄琴、ハープ２、弦5部  
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    <title>第202回演奏会ローテーション</title>
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    <published>2008-04-10T21:21:22Z</published>
    <updated>2008-05-11T15:00:26Z</updated>
    
    <summary><![CDATA[ &nbsp; ニールセン イベール ドビュッシー フルート1st 松下 岡田充...]]></summary>
    <author>
        <name>松井</name>
        
    </author>
            <category term="concert" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shinkyo.com/">
        <![CDATA[<table border bordercolor="#000000" cellspacing="0" cellpadding="1">
<tr>
<td>&nbsp;</td>
<td>ニールセン</td>
<td>イベール</td>
<td>ドビュッシー</td>
</tr>
<tr>
<td>フルート1st</td>
<td>松下</td>
<td>岡田充</td>
<td>兼子</td>
</tr>
<tr>
<td>2nd</td>
<td>吉田</td>
<td>丸尾(Picc)</td>
<td>新井</td>
</tr>
<tr>
<td>3rd</td>
<td>藤井</td>
<td>-</td>
<td>-</td>
</tr>
<tr>
<td>Picc</td>
<td>-</td>
<td>岡田澪</td>
<td>岡田澪</td>
</tr>
<tr>
<td>オーボエ1st</td>
<td>堀内</td>
<td>亀井淳</td>
<td>亀井淳</td>
</tr>
<tr>
<td>2nd</td>
<td>桜井(C.A.)</td>
<td>亀井優</td>
<td>山口</td>
</tr>
<tr>
<td>コールアングレ</td>
<td>-</td>
<td>岩城</td>
<td>岩城</td>
</tr>
<tr>
<td>クラリネット1st</td>
<td>末村</td>
<td>高梨</td>
<td>品田</td>
</tr>
<tr>
<td>2nd</td>
<td>石綿</td>
<td>大藪</td>
<td>進藤</td>
</tr>
<tr>
<td>ファゴット1st</td>
<td>浦</td>
<td>田川</td>
<td>田川</td>
</tr>
<tr>
<td>2nd</td>
<td>星</td>
<td>古川</td>
<td>古川</td>
</tr>
<tr>
<td>3rd</td>
<td>-</td>
<td>浦</td>
<td>星</td>
</tr>
<tr>
<td>コントラファゴット</td>
<td>-</td>
<td>-</td>
<td>浦</td>
</tr>
<tr>
<td>ホルン1st</td>
<td>大内</td>
<td>山口</td>
<td>箭田</td>
</tr>
<tr>
<td>2nd</td>
<td>園原</td>
<td>比護</td>
<td>山口</td>
</tr>
<tr>
<td>3rd</td>
<td>鵜飼</td>
<td>大原</td>
<td>比護</td>
</tr>
<tr>
<td>4th</td>
<td>市川</td>
<td>箭田</td>
<td>大原</td>
</tr>
<tr>
<td>トランペット1st</td>
<td>小出</td>
<td>倉田</td>
<td>野崎</td>
</tr>
<tr>
<td>2nd</td>
<td>北村</td>
<td>北村</td>
<td>青木</td>
</tr>
<tr>
<td>3rd</td>
<td>中川</td>
<td>青木</td>
<td>倉田</td>
</tr>
<tr>
<td>コルネット1st</td>
<td>-</td>
<td>-</td>
<td>小出</td>
</tr>
<tr>
<td>2nd</td>
<td>-</td>
<td>-</td>
<td>中川</td>
</tr>
<tr>
<td>トロンボーン1st</td>
<td>武田</td>
<td>志村</td>
<td>志村</td>
</tr>
<tr>
<td>2nd</td>
<td>小倉</td>
<td>小倉</td>
<td>武田</td>
</tr>
<tr>
<td>3rd</td>
<td>岡田</td>
<td>大内</td>
<td>大内</td>
</tr>
<tr>
<td>テューバ</td>
<td>足立</td>
<td>土田</td>
<td>土田</td>
</tr>
<tr>
<td>ティンパニ</td>
<td>桑形</td>
<td>中川</td>
<td>桑形</td>
</tr>
<tr>
<td>大太鼓</td>
<td>-</td>
<td>桑形</td>
<td>桜井</td>
</tr>
<tr>
<td>シンバル</td>
<td>-</td>
<td>(*)</td>
<td>中川</td>
</tr>
<tr>
<td>トライアングル</td>
<td>-</td>
<td>(*)</td>
<td>桜井</td>
</tr>
<tr>
<td>タムタム</td>
<td>-</td>
<td>田中</td>
<td>田中</td>
</tr>
<tr>
<td>小太鼓</td>
<td>-</td>
<td>桑形</td>
<td>-</td>
</tr>
<tr>
<td>タンブリン</td>
<td>-</td>
<td>今尾</td>
<td>-</td>
</tr>
<tr>
<td>カスタネット</td>
<td>-</td>
<td>(*)</td>
<td>-</td>
</tr>
<tr>
<td>鉄琴</td>
<td>-</td>
<td>-</td>
<td>今尾</td>
</tr>
<tr>
<td>木琴</td>
<td>-</td>
<td>(*)</td>
<td>-</td>
</tr>
<tr>
<td>チェレスタ</td>
<td>-</td>
<td>藤井</td>
<td>-</td>
</tr>
<tr>
<td>ハープ1st</td>
<td>-</td>
<td>(*)</td>
<td>(*)</td>
</tr>
<tr>
<td>2nd</td>
<td>-</td>
<td>(*)</td>
<td>(*)</td>
</tr>
<tr>
<td>1stヴァイオリン</td>
<td>前田（大隈）</td>
<td>堀内（大隈）</td>
<td>堀内（大隈）</td>
</tr>
<tr>
<td>2ndヴァイオリン</td>
<td>岸野（長沼）</td>
<td>岸野（笠川）</td>
<td>岸野（笠川）</td>
</tr>
<tr>
<td>ヴィオラ</td>
<td>柳澤（石井）</td>
<td>石井（柳澤）</td>
<td>石井（柳澤）</td>
</tr>
</tr>
<tr>
<td>チェロ</td>
<td>日高（光野）</td>
<td>光野（柳部容）</td>
<td>光野（柳部容）</td>
</tr>
<tr>
<td>コントラバス</td>
<td>加賀（中野）</td>
<td>中野（加賀）</td>
<td>中野（加賀）</td>
</tr>
</table>
(*)はエキストラ]]>
        
    </content>
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    <title>第202回演奏会のご案内</title>
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    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.shinkyo.com/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=6/entry_id=409" title="第202回演奏会のご案内" />
    <id>tag:www.shinkyo.com,2008://6.409</id>
    
    <published>2008-04-10T21:19:36Z</published>
    <updated>2008-05-04T11:39:58Z</updated>
    
    <summary>ニールセン＝北欧の巨匠 　山下一史氏２回目の登場となる今回は、デンマークの作曲家...</summary>
    <author>
        <name>松井</name>
        
    </author>
            <category term="concert" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shinkyo.com/">
        <![CDATA[<b>ニールセン＝北欧の巨匠</b>
　山下一史氏２回目の登場となる今回は、デンマークの作曲家ニールセンの作品を取上げます。山下氏は1986年デンマークでの「ニコライ・マルコ国際指揮者コンクール」で優勝後、北欧の多くのオーケストラと共演をしています。中でもつながりの大きいスウェーデン南部のヘルシンボリ交響楽団とはニールセン交響曲全曲を演奏しています。
　ニールセンはシベリウスと同じ1865年生まれ。今回演奏する交響曲第２番は、６つの交響曲の中でも最もニールセンらしい曲かもしれません。ニールセンが旅先で気質をテーマにした絵を見て興味を持ち作られた曲で「四つの気質」という副題がついています。古代ギリシャ時代から、人間には４つの体液がありそのバランスで病気が起こると考えられ、それによって性格の分類もされてきました。各楽章はそれぞれ胆汁質、粘液質、憂鬱質、多血質を表しており、４つのキャラクターを楽しむことができます。<br>
<b>「海の日」のコンサートに</b>
　後半はフランス印象派の作品から海にちなんだ２曲－イベール「寄港地」、ドビュッシー「海」を演奏します。
　イベールは６人組（ミヨー、オネゲル他）と同世代ですが、第一次世界大戦勃発時に志願して海軍士官となったため６人組に参加しませんでした。大戦後にパリに戻りローマ大賞を受賞してローマに留学中に書いたのが「寄港地」です。イベールは海軍士官として地中海を航行し沿岸各地に寄港しており、その時各地で受けた印象から、イタリア・アフリカ・スペインの港町の情景を美しく鮮やかに描いています。
　「海」は幼い頃船乗りになるのが夢だったドビュッシーの代表作。海の様々な表情が多彩な音色とリズムで表現されています。初版の楽譜の表紙には、ドビュッシーの要望により葛飾北斎の「冨嶽三十六景～神奈川沖浪裏」をモチーフにした海が描かれており、北斎の絵に霊感を得て作曲されたとされています。当時のパリでは、ジャポニズム（日本趣味）が流行しており、多くの芸術家が浮世絵に影響を受けました。「海」の中にも日本的な音がところどころ聞こえてきます。
　山下氏の華麗なタクトでどのような色彩の音楽が繰り広げられるでしょうか。どうぞご期待ください！


]]>
        
    </content>
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    <title>第202回演奏会</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.shinkyo.com/01next/202.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.shinkyo.com/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=6/entry_id=408" title="第202回演奏会" />
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    <published>2008-04-10T21:17:20Z</published>
    <updated>2008-05-04T11:29:30Z</updated>
    
    <summary> 2008年7月21日（月祝）14時開演 曲目　ニールセン／交響曲第2番「四つの...</summary>
    <author>
        <name>松井</name>
        
    </author>
            <category term="01next" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shinkyo.com/">
        <![CDATA[<img src="http://www.shinkyo.com/concerts/images/202-small.jpg" align="right">
2008年7月21日（月祝）14時開演
曲目　ニールセン／交響曲第2番「四つの気質」
　　　イベール／交響組曲「寄港地」
　　　ドビュッシー／交響詩「海」
指揮　山下一史
東京芸術劇場大ホール]]>
        <![CDATA[チラシの裏面より
・<a href="http://www.shinkyo.com/concert/c202.html">演奏会のご案内</a><br>
<a href="http://www.shinkyo.com/concert/rot202.html">この回のローテーション</a><br>
<a href="http://www.shinkyo.com/concerts/images/202.jpg">ちらしを拡大する</a>]]>
    </content>
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    <title>シューマン：交響曲第1番</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.shinkyo.com/concert/p201-1.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.shinkyo.com/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=6/entry_id=406" title="シューマン：交響曲第1番" />
    <id>tag:www.shinkyo.com,2008://6.406</id>
    
    <published>2008-04-10T21:12:09Z</published>
    <updated>2008-04-24T10:51:58Z</updated>
    
    <summary>クララ、ライプツィヒでの創作、そして「春」 藤井　章太郎（フルート） 　ロベルト...</summary>
    <author>
        <name>松井</name>
        
    </author>
            <category term="concert" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shinkyo.com/">
        <![CDATA[クララ、ライプツィヒでの創作、そして「春」
<div align="right">藤井　章太郎（フルート）</div>
　ロベルト・シューマンの交響曲第1番は1841年3月31日、当時ゲヴァントハウス管弦楽団の指揮者であり、シューマンの親友であったフェリックス・メンデルスゾーンにより「最大の愛情と心遣い」で初演された。この前年1840年9月12日、ロベルト・シューマンは苦難の末にクララ・ヴィークと結婚し、1841年は幸福と創作の絶頂にあった。交響曲第１番は、2番以降の交響曲のように15年後に訪れる「死に至る心の病」を予感させない、「春の訪れを歓ぶ」明るい作品に仕上がっている。クララの存在無しに交響曲第１番は生まれ得なかったし、それに続く３曲の交響曲も存在しなかったかもしれない。シューマンの作品が後世に残ったのも、夫の遺作の演奏に心血を注いだクララの偉業によるところが大きい。
　ロベルト・シューマンは1810年にライプツィヒから70ｋｍ南のツヴィカウで生まれた。出版商であり著述家でもあった父親は、早くからロベルトの音楽的才能に気がつき音楽教育を受けさせていた。母親は声楽家であり、この両親の才能を受け継いだロベルトは、その後、文筆活動と作曲で音楽界に入ることになり、ロベルト・シューマンの音楽は、「詩的なものから霊感を受けて音にしていく」というスタイルで作曲されていった。父親の死後、ロベルトは安定した生活を願う母の希望で法学を学ぶことになり1828年ライプツィヒ大学に入学したが、音楽家への夢を捨てることができず、ライプツィヒの音楽界に足を運んでいた。
　クララ・ヴィークは、1819年ピアノ指導者フリードリッヒ・ヴィークの次女として生まれ、幼少の頃から父親の英才教育を受け、1828年10月20日、9歳にしてゲヴァントハウスでデビューした。<br>
　ロベルトとクララの最初の出会いは、クララがゲヴァントハウスにデビューした年の3月31日、ライプツィヒの有力者邸での音楽会であったが、お互いの存在を知るに至ったのは1830年10月、ロベルトが弟子としてヴィーク家で生活を始めた時である。子煩悩なロベルトはたちまちヴィーク家の子供達の人気者となる。11歳のクララは9歳年上のロベルトを「ヘル・シューマン」と呼び、常に好意を持って見ていた。彼女の感じやすい心は、ロベルトの詩的な音楽の美を捉えていたが、カフェに入り浸ったり酒に酔ったりするのは気に入らなかった。ヴィーク家は、ライプツィヒの音楽社交場のようなありさまで、いつも音楽家達が出入りしており、クララは青年音楽家達が語る哲学的、美学的な言葉を理解することは出来なかったが、作品を披露する場面では必ずピアノを弾いていた。クララにとってあまりにも難解でアンバランスな状態であったため、これを紐解く役回りのロベルトといつしか精神的な深いつながりを持つことになっていった。1831年パリ演奏旅行からクララが帰宅し、次第にロベルトの作品も演奏するようになり、1833年にロベルトは「クララ・ヴィークの主題による変奏曲」を作曲すると、クララは自作の「ロマンス」をロベルトに捧げる。1834年、クララは音楽理論と声楽を学ぶために、単身ドレスデンで生活するが、その頃ロベルトはエルネスティネという別の女性に夢中になっていた。この境遇は14歳のクララの心にロベルトへの思慕の情を育むことになった。結局エルネスティネはライプツィヒを去り、クララは自宅に戻る。15歳のクララは子供から大人へと脱皮する過程であり、ロベルトはエルネスティネとの嵐の後に、クララに心の平安を見いだすのである。そして、ロベルトからクララへの手紙は「貴女が私にとってどんなに大切な人か、ご存じでしょう。」という一節で結ばれる。
　クララの父親フリードリッヒ・ヴィークは、二人の親密な交際に大反対であった。ヴィークはロベルトの才能は認めていたものの、作品はピアノ曲など小品ばかりなので、経済的に不安定だったのである。ロベルトはヴィーク家に出入り禁止の状態の上、ヴィークはロベルトがヴィーク家に現れたら射殺するとまで公言している。ヴィークはクララがロベルトの作品を演奏する事も禁じていたが、クララはロベルトの作品を絶えず研究し、作曲者の精神性に没入してロベルトの存在を身近に感じる事が心の慰安であった。ロベルトにとっても、クララが弾くことを前提として作曲に没頭することが心の救いであり、1839年まで数多くのピアノ曲を生み出す源になった。
　ロベルト＆クララと、フリードリッヒ・ヴィークは、お互いを訴訟するという、行き着くところまで行き着いてしまった。1840年8月20日に勝訴し、二人は結婚できることになったが、その後1843年、ヴィークからの和解の申し出により邂逅した。
　ロベルトとクララは、1840年9月12日、クララ21歳の誕生日に、ライプツィヒ郊外のシェーネフェルト教会で結婚し、ライプツィヒ市街地から東へ10分ほどのインゼル通りに居を構えた。ここからライプツィヒ郊外南東に在るメンデルスゾーンの家までも10分ほどである。インゼル通りのシューマン邸には、メンデルスゾーンをはじめとした仲間達が集まり、彼らの作品を演奏したり音楽談義などで親交を深めていた。
1839年までロベルトは多数のピアノ作品を作曲してきたが、1940年になると歌曲の創作に没頭する。クララへの手紙には「書けて書けてしかたがない。」とある。リュッケルトの詩篇「恋の春」からの12曲の歌曲では、ロベルト9曲とクララ３曲を共同で作曲した。
　そして1841年になって、ロベルトはいよいよ念願の交響曲に着手する。ロベルトは1839年にフランツ・シューベルトの兄を訪ね、遺稿の中から交響曲「ザ・グレート」を見つけ出し、ライプツィヒでメンデルスゾーンが初演を果たしたことから霊感を受けて交響曲を作曲する決意を固めた。更にアドルフ・ベッドガーの詩「汝、雲の霊よ」が作曲の機縁になったと言われている。このベッドガーの詩は、「冬の風景と自身の悩む心を重ね合わせ、春と悩みの昇華を重ね合わせて、春の到来に確信を持つ」といった内容のものである。詩的なものと音楽的なものを一体として捉えるロベルトは、いわば詩の続編とも言う形で、春の到来を音楽として生み出していった。1841年1月23日の日記に「春の交響曲を開始」、26日の日記には「万歳！交響曲が完成した！」とある。この４日間ロベルトは書斎に引き籠もり、クララとも殆ど語ることはなかった。この頃のクララはロベルトの作曲を邪魔しないように、自身でピアノに触れることを自制していった。しかしながら、26日のクララの日記には「私はすっかり幸福です。ああ、ここにオーケストラがあったら！・・・貴方はいつも感嘆の思いで私の心を満たしてくださいます」とある。交響曲第1番に引き続き、後にピアノ協奏曲の第1楽章になった「ピアノと管弦楽のための幻想曲」などの交響作品が生まれた。長い期間で育まれたクララとの愛情、苦難の末に得た幸福な家庭生活により、ロベルト・シューマンの才能は絶頂期を迎えていたのであった。
　このように、「春」のあらゆる背景が揃って交響曲第1番は創作されるに至り、当初ロベルトは、交響曲第1番に「春の交響曲」という表題を付け、さらに各楽章にも
　第１楽章「春の始まり」、
　第２楽章「夕べ」、
　第３楽章「楽しい遊び」、
　第４楽章「たけなわの春」
という表題をつけていた。しかしながら、詩的で精神の内面を追求する為に、表題によって聴衆に先入観を与えることが無いように、全ての表題を消し去ってしまった。現在は「春の交響曲」という表題だけが残っている。<br>
　今でこそ、クララはロベルト・シューマンの妻として知られている。しかしながら、交響曲第１番が作曲された1841年頃の音楽界では今と逆で、ロベルト・シューマンは天才女性ピアニストであるクララ・シューマンの夫という存在であった。ロベルトは、クララの夫として相応しい芸術家であるべく作曲活動に没頭していたわけである。本拠地ライプツィヒ周辺では妻や友人達の愛情こもった演奏に支えられ、シューマンは大作曲家への道を歩み始めることができた。しかし、演奏旅行に出ると様相は一変する。妻クララは演奏家であり自らの力で聴衆の評価を手中に収める事が出来るが、これに対して夫ロベルトの作品は、妻の演奏によるピアノ作品を除くと、準備も充分でないまま初対面の演奏家によって聴衆に晒されてしまう。これでは、「天才女性ピアニスト」と「夫は売れない作曲家」という構図は容易に覆せない。この葛藤がシューマンを精神的に追い詰めていった。1844年1月に出発した冬のロシア演奏旅行も、ロベルトの役回りはクララの付き添いであった。この旅行でロベルトの感性はロシアの風物によって異常なまでに刺激され、冬のロシア旅行による体力的な消耗などから、ついに体力と精神のバランスを崩し、躁鬱病が発症した。親友のメンデルスゾーンがベルリンに去ったこともあり、シューマン一家は環境の変化による病状回復に望みをかけてドレスデンへ転居することにした。1844年12月、クララはライプツィヒ生活最後の演奏としてロベルトのピアノ四重奏曲を初演し、そして創作の絶頂期を過ごしたインゼル通りの家を引き払っていった。<br>
　シューマン夫妻が新婚時代を過ごしたインゼル通りの家は、当時の建物がシューマン博物館として公開されている。ここは「静的な博物館」ではなく、子煩悩なシューマン夫妻の意を汲み、「クララ・シューマン音楽学校」として160年の時空を超えて児童音楽教育に使用されており、子供の歌声や歓声が聞こえている。
　かつて、ユーロ紙幣に移行する前の100ドイツマルク紙幣に印刷されていた肖像はクララ・シューマンであった。作曲家ロベルト・シューマンの妻として夫の亡き後、７人の子供を抱えながら、夫が残した作品の価値を高める為に献身した良妻賢母として、今でもドイツ国民に敬愛されている。<br>
初演：1841年3月30日　
フェリックス・メンデルスゾーン指揮　
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス・オーケストラ
楽器編成：フルート２、オーボエ２、クラリネット２、ファゴット２、ホルン４、トランペット２、トロンボーン３、ティンパニ、トライアングル、弦５部

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    <title>2008年3月30日</title>
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    <published>2008-03-29T22:43:06Z</published>
    <updated>2008-03-29T22:45:08Z</updated>
    
    <summary>第201回演奏会に関する団員のエッセイ（維持会ニュースの記事）を掲載しました。こ...</summary>
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        <name>松井</name>
        
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        <![CDATA[第201回演奏会に関する団員のエッセイ（維持会ニュースの記事）を掲載しました。<a href="http://www.shinkyo.com/01next/201.html">こちら</a>をご覧ください。]]>
        
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    <title>ウィーンとシェーンベルクの想い出</title>
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    <published>2008-03-27T11:06:32Z</published>
    <updated>2008-03-29T22:48:11Z</updated>
    
    <summary>松井祐介(Cb)　 　私が大学1年生の時、とある弦楽アンサンブル団体の演奏会を聴...</summary>
    <author>
        <name>松井</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shinkyo.com/">
        <![CDATA[<div align="right">松井祐介(Cb)</div><br>　<br>
　私が大学1年生の時、とある弦楽アンサンブル団体の演奏会を聴きに行った。まだオーケストラを初めて間もなかったせいか、一曲目の「リュートのための古代 舞曲とアリア第3組曲」の冒頭の美しさに驚いたことは今でも思い出すほどであった。その演奏会のメインがシェーンベルクの「浄められた夜」（以下「浄夜」）であった。シェーンベルク若書きの調性時代の作品、トリスタンの影響が強いという知識は知っていたが、実際は全く聴いたことのなかった曲だった。そして実際聴いてみて、極めて退屈であった。序盤のクライマックスでワーグナー風にH-durの和音を響かせるところは鮮明に覚えているが、それ以外は全く曲の内容がつかめず、20数分間がとてつもなく長く感じてしまった。最悪の第一印象の後、浄夜には全く縁がなかった。 <br>
　約1年後の2年生の時、大学OBオケがウィーンに演奏旅行に行くことをOBから聞いた。話によるとコントラバスが足らないようで、団員でもない私もついていくことができたのだ。かのムジークフェライン大ホールでの演奏そのものについては、しかし今回のテーマではない。 <br>
　ヨーロッパには高校時代に家族でパック旅行で行ったことはあったが、本格的に行動を一から決める海外旅行は初めてであった。早速仲間との観光予定を立てるためにガイドブックを買って読んでいると、ウィーンという街は音楽の街ならず世紀末美術の街でもあることが詳しく紹介されていた。そこに出ていたクリムト、シーレ、ココシュカというウィーン分離派を代表する絵画作品を見て大いに興味を引かれた。 <br>
　当時美術には関心がなかったわけではなかったが、分離派は縁がなく不勉強であった。昔たまたまテレビで見た「ユディトI」の艶かしい表情は一目見て以来強く印象に残っていたが、その作品名と作者がクリムトということはウィーン旅行がきっかけでわかった次第であった。分離派などの世紀末絵画についてはガイドブックで下調べをしはしたが、やはり現地で本物を見るという経験は、ウィーン世紀末絵画をより身近なものにしてくれた。厳密に言えば私にとって絵そのものを「見る」ことよりも絵が存在する場を「体験する」という経験のほうが重要であった。ベルヴェデーレ宮殿で見た「接吻」、「アデーレ・ブロッホ＝バウアーの肖像I」(*)の巨大な金ぴかの絵画そのものには確かに圧倒されたものだ（件の「ユディトI」は想像よりずっと小さい作品であった）。しかしウィーンの街が持つ言葉では言い表せない「雰囲気」を肌で味わったことが、私の感受性を変えたのでなはいかと思う。確かにマーラーもシェーンベルクもあの時代、あの街にいたのだ！黄金のムジークフェライン大ホールとクリムトの金箔の絵画は確かにウィーンという街の美意識を表しているものだ。　　 <br>
　帰国後しばらくして、不思議とシェーンベルクの「浄夜」は身近なものに感じられるようになった。ブーレーズ指揮ニューヨークフィルの名盤 （ジャケットはあの「接吻」！）を購入し、全曲何度もリピートして聴くほどはまりこんだ。あれほど退屈に思えた「浄夜」が一転大好きになったのも、クリムトの絵画を通じて体感したウィーン世紀末の雰囲気を味わったウィーン旅行のお陰だと感じている。 <br>
　もうひとつウィーンで印象深かった経験として、ザッハートルテで名高いホテルザッハーのカフェでザッハートルテを賞味したことを挙げたい。一緒に食した団員の方々はその日本人の標準的味覚を越えたあまりの甘さに辟易してしまっていたが、お一人（男性）だけがおいしそうに召し上がっていた（他の人が残した分まで！）。彼は「この甘さこそブラームスのドルチェ！」などとのたまっていた。なるほど西洋クラシック音楽を演奏するには日本人の感性を超えたものを受け入れるだけの度量が必要ということであろうか。それ以来あのザッハートルテは食する機会はないが、再び食する機会があればあの暴力的なまでに 甘いチョコレートケーキがかつてとは違ったように感じられるかもしれない。 <br>
　新ウィーン楽派が苦手な人は、回り道をしてでも他の角度から世紀末ウィーンにアプローチしていくものよいかもしれない。ウィーン旅行はなかなか適わないにしても、ザッハートルテなら日本でも味わえる。ザッハートルテの濃厚さはシェーンベルクの濃厚さに繋がる…かも？ <br><br>
(*)「アデーレ・ブロッホ＝バウアーの肖像I」は現在はニューヨークのノイエ・ギャラリーに所蔵されている。）
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    <title>禁断のR指定音楽へようこそ</title>
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    <published>2008-03-27T11:05:43Z</published>
    <updated>2008-03-29T22:42:27Z</updated>
    
    <summary>品田博之(Cl)　 　シェーンベルクというとメロディーも協和音も無い、砂を噛むよ...</summary>
    <author>
        <name>松井</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shinkyo.com/">
        <![CDATA[<div align="right">品田博之(Cl)</div><br>　<br>
　シェーンベルクというとメロディーも協和音も無い、砂を噛むようないわゆる“ゲンダイオンガク”の創始者と考えている方も多いのではないでしょうか。しかしながら、２０代までの彼の曲は爛熟を極めたロマンティシズムにあふれています。それはワーグナーやマーラーをもはるかにしのぐ濃厚さです。今回取り上げる交響詩「ペレアスとメリザンド」もその時代の傑作です。転調を繰り返しながらつながってゆく長い旋律線はワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」を、また、一見脈絡のなさそうな複数の旋律を重ねることで屈折した感情を表現するあたりはマーラーの交響曲第９番の第１楽章を思い起こさせます。そして、それらの中にシェーンベルク独特のキラキラと光る宝石のような、そして思わずため息が出てしまうような美しい瞬間がちりばめられています。<br>
　この交響詩で取り上げている題材は、フォーレの劇音楽やドビュッシーの有名なオペラにも取り上げられているベルギーの作家メーテルランクの戯曲です。「王子ゴローはあるとき森にいた謎の娘メリザンドを見つけて城に連れ帰り妻にするが、メリザンドはゴローの弟ペレアスと惹かれあってしまう。ゴローはそれに気づき嫉妬に狂い、ペレアスとメリザンドの逢引きに乱入してペレアスを刺殺、メリザンドは城に連れ戻されるが傷心のうちに亡くなる．」　という粗筋です。全体を貫く雰囲気は大きく異なりますが、道ならぬ恋愛という点では「トリスタンとイゾルデ」に共通する要素を見出すことも可能でしょう。シェーンベルクはフォーレやドビュッシーとまったく異なる雰囲気の響きを作り出し、清純な雰囲気のペレアスとメリザンドの恋愛がまるでトリスタンとイゾルデの恋愛のように濃厚かつエロティックに、また最後は弟を殺してしまうゴローの苦悩と嫉妬を執拗に表現しています。<br>
　ここまではチラシの裏面に書いた文章とほとんど同じですが、ここではこの少々難解だがエロティックな大人向けの音楽をしゃぶり尽くしていただくための「傾向と対策」を掲載いたしましょう。<br>
　シェーンベルクの「ペレアスとメリザンド」は交響詩なのですが、かなり忠実に劇の筋を追っています。またワーグナーの楽劇と同様に登場人物、事物や感情に固有のメロディーを割り当てた、いわゆるライトモティーフにより曲が構成されています。加えて4楽章の交響曲のような構成にもなっています。　<br>
　ここに掲載したのは音楽と劇の進行、そこに現れるライトモティーフと演奏する楽器について解説してあります。（ネタ本はアルバン・ベルクのテーマ分析（ドイツ語）です。）また代表的なCDのトラック番号も記しておきますのでぜひ事前にCDで予習しておかれることをお奨めいたします。場面が目に浮かび、それぞれのライトモティーフを聞き分けられるようになってくるとこの危険な魅力一杯の禁断の世界に足を踏み入れることになるでしょう。<br><br><img alt="pelleas1.jpg" src="http://www.shinkyo.com/pelleas1.jpg" width="600" height="1391" />
<br><br><img alt="pelleas2.JPG" src="http://www.shinkyo.com/pelleas2.JPG" width="600" height="902" /><br><img alt="pelleas3.JPG" src="http://www.shinkyo.com/pelleas3.JPG" width="600" height="846" />

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    <title>ロベルト・シューマンの交響曲第1番（フロレスタンとオイゼビウスとの対話）</title>
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    <published>2008-03-27T11:02:28Z</published>
    <updated>2008-04-02T14:59:35Z</updated>
    
    <summary>藤井章太郎(Fl)　 　ロベルト・シューマンの父は文学愛好から出版を生業としてし...</summary>
    <author>
        <name>松井</name>
        
    </author>
            <category term="concert" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shinkyo.com/">
        <![CDATA[<div align="right">藤井章太郎(Fl)</div><br>　<br>
　ロベルト・シューマンの父は文学愛好から出版を生業としてしまった人物で、ロベルトは「音楽新報」という同人誌で音楽評論家として活動していました。この活動は、1833年から、病に冒されてライプツィヒを去った1844年まで続きます。この期間は、作曲家シューマンにとって最も充実した活動が出来ていた期間でもありました。数多くのピアノ曲、歌曲、そして交響曲1番「春」を生み出し、J.S.バッハの作品の再評価を世に問い、シューベルトの「ザ・グレート」を発掘した時期です。クララ・シューマンとの結婚もこの時期でした。<br>
　「音楽新報」では、「ダビッド同盟」という組織の同盟員が投稿するという形がとられていましたが、実は「ダビッド同盟」は架空の組織で全てシューマンの頭の中にあったのです。彼は、様々な音楽観を表現するために、芸術観や性格の異なった「オイゼビウス」と「フロレスタン」という架空の人物を作り、シューマン自身と共に3名の人物が主になって音楽作品論を展開していました。1841年にメンデルスゾーンの指揮で初演された交響曲1番「春」は大成功だったわけですが、「音楽新報」に取り上げられることはありませんでした。もし、「音楽新報」に取り上げられていたならば・・・・・<br><br>
<hr><br>
　1841年＊月＊日<br>
　ロベルト・シューマンの交響曲第1番<br>
　フロレスタンとオイゼビウスの対談<br><br>
<b>フロレスタン</b>：ショパンは「作品2」を以て、オイゼビウスに「諸君、帽子をとりたまえ、天才だ」と言わしめた。私は、今、「諸君、帽子をとりたまえ、ベートーベンの後継者が現れた」と言いたい。ダビッド同盟の同志であるロベルト・シューマンの交響曲第1番が初演されたのである。一貫したモットーを展開した中に、詩的、精神的な深みがある、ベートーベン後を立派に継いだ傑作であろう。<br><br>
<b>オイゼビウス</b>：シューマンによると、ウィーン旅行で発見したシューベルトのハ長調交響曲に触発され、ベッドガーの詩が機縁になったという。<br><br>
<b>フロレスタン</b>：ベッドガーの詩が機縁とはどういう事だ？<br><br>
<b>オイゼビウス</b>：ベットガーの詩、交響曲１番の導入たる<br><br>
　「おんみ雲の霊よ、重く淀んで　海山をこえて脅かすように飛ぶ<br>
　おんみ灰色のヴェールはたちまちにして　天の明るい瞳を覆う<br>
　おまえの霧は遠くから湧き　そして夜が、愛の星を包む<br>
　おんみ雲の霊よ、淀み、湿って　私の幸せすべてを追い払ってしまった<br>
　お前は顔に涙を呼び　心の明かりに影を呼ぶのか？<br>
　おお、変えよ、おんみの巡りを変えよ　谷間には春が花咲いている」<br><br>
の後に、交響曲第１番のモットー<br>
<img alt="schumann1.JPG" src="http://www.shinkyo.com/schumann1.JPG" width="458" height="74" /><br>
が続くと考えればよい。このモットーは「待ち焦がれる春」への「春の訪れ」を表す。<br>
　そしてこのモットーは終始作品の中で展開されていく。<br>
<img alt="schumann2.JPG" src="http://www.shinkyo.com/schumann2.JPG" width="474" height="62" /><br>
　つまり、シューマンの頭の中では、詩と音楽が渾然一体と鳴っているのだ。<br>
　ロベルト・シューマンの音楽は、POETIC「詩的」で精神の内面を追究した音楽である。これは、初期の1839年までに23曲連続して作曲されたピアノ曲や、その後の歌曲に於いて余すところ無く発揮されている。しかしながら、彼はベートーベンの後継者たらんとするところから、何としても交響曲を作曲しなければならないと考えていたようだ。<br><br>
<b>フロレスタン</b>：ウィーン旅行で、ベートーベンとシューベルトの墓参をした時に、その墓の脇でペンを拾った。その後、フランツ・シューベルトの兄であるフェルナンド・シューベルトを訪れ、未整理の遺作の中から偉大な交響曲ハ長調を発見したのである。そして、ライプツィヒに持ち帰りメンデルスゾーンに初演を託したわけだが、その拾ったペンで交響曲1番の冒頭のモットー3小節を書いた。偉大なる先駆者の祝福を受けたモットーである事に疑う余地はない。<br><br>
<b>オイゼビウス</b>：彼は始め、交響曲1番に「春の交響曲」という表題を付け、さらに各楽章にも<br>
　第1楽章「春の始まり」、<br>
　第2楽章「夕べ」、<br>
　第3楽章「楽しい遊び」、<br>
　第4楽章「たけなわの春」<br>
という表題をつけていた。<br>
　しかしながら、POETICで精神の内面を追求する為に、表題によって聴衆に先入観を与えることが無いように、全ての表題を消し去ってしまった。春のイメージが溢れ出る演奏によって、聴衆の心が内面から「春」のPOEMの感覚で満たされることを理想としたのである。<br><br>
<b>フロレスタン</b>：ピアノ作品「クライスレリアーナ」に似ているところが有ったように思うが？<br><br>
<b>オイゼビウス</b>：その通り。交響曲1番の第2楽章にはクライスレリアーナの６曲目、第4楽章には8曲目のモットーが使われている。1841年1月23日の日記に「春の交響曲を開始」とあり26日の日記には「万歳！交響曲が完成した！」とあるので、僅か4日間で作曲した事になっているが、実は、クライスレリアーナが作曲された1838年頃、シューマンは少しずつではあるが交響曲のスケッチを始めていたようだ。この頃シューマンは、クララの父親フリードリッヒ・ヴィークにクララとの交際を禁止され、クララは父親と共にウィーンへ旅立ち、文通もままならぬ状態にあった。彼は、クララが演奏することを前提に、愛の葛藤をピアノ曲に託したのであった。結婚後の作品となった交響曲1番では、そのモットーが見事に昇華している。<br><br>
<b>フロレスタン</b>：1840年の初夏に結婚して「人生の春」の中で、1841年新婚生活で初めての春の訪れに、「大作曲者としての春の訪れと」言える交響曲1番を創り出したということだね。<br><br>
<b>オイゼビウス</b>：ロベルト・シューマンの音楽は、「詩的なものから霊感を受けて音にしていく」というスタイルで作曲されているから、あらゆる「春」の詩が重なり合い、それが霊感となって音になったと言うことだろう。<br><br>
<b>フロレスタン</b>：ところで、「カフェ・バウム」の新しいメニューがとても良い。あのコーヒーを飲むと冷えた体の中に染み込んでいくようだ。<br><br>
<b>オイゼビウス</b>：あの特製アップルパイも絶品だ。<br><br>
<b>フロレスタン</b>：そろそろ、ロベルト・シューマンが「カフェ・バウム」に現れる時間だね。丁度、小腹も空いてきたし、アップルパイとコーヒーをいただきに行くとしよう。<br><br>
<hr><br>
もちろん、これは筆者の想像による架空の対談であり「音楽新報」に掲載されたものではありません。<br><br>
（注）カフェ・バウム　当時ライプツィヒの音楽家達が良く利用していたカフェ。ロベルト・シューマンも入り浸っていた。今も、当時のまま営業中。写真は現在のメニュー。<br><br>
<img alt="caffebaum1.JPG" src="http://www.shinkyo.com/caffebaum1.JPG" width="190" height="256" />　<img alt="caffebaum2.JPG" src="http://www.shinkyo.com/caffebaum2.JPG" width="256" height="192" />

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    <title>1957年～1965年の自主演奏会の記録</title>
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    <published>2008-02-08T14:47:33Z</published>
    <updated>2008-02-12T12:47:46Z</updated>
    
    <summary>（指揮は特記なしは芥川也寸志）  1965年 12/6　第8回定期演奏会　日比谷...</summary>
    <author>
        <name>松井</name>
        
    </author>
            <category term="concert" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shinkyo.com/">
        <![CDATA[（指揮は特記なしは芥川也寸志） <br>
<b>1965年</b>
12/6　第8回定期演奏会　日比谷公会堂
ワーグナー：歌劇「ローエングリン」第3幕の前奏曲
ベートーヴェン：交響曲第8番
ドヴォルザーク：交響曲第9番「新世界より」<br>
9/26　日立労音9月例会　日立市民会館
ワーグナー／歌劇「ローエングリン」第3幕への前奏曲
シューベルト／交響曲第8番「未完成」
ベートーヴェン／交響曲第5番<br>
8/23　サマーコンサート　東京文化会館
ウェーバー／歌劇「魔弾の射手」序曲
ベートーヴェン／交響曲第6番「田園」
ベルリオーズ／歌劇「ファウストの劫罰」よりハンガリー行進曲
ドヴォルザーク／スラブ舞曲第10番、第1番
ラヴェル／ボレロ<br>
7/24・25　浜松労音7月例会　浜松市民会館
ウェーバー／歌劇「魔弾の射手」序曲
ベートーヴェン／交響曲第5番
シューベルト／交響曲第8番「未完成」<br>
4/22～28　労音4月例会
松山女子商講堂（22日）
宇和島市公会堂（23日）
新居浜市民文化センター（24日）
高知中央公民館（25日）
中村高校講堂（26日）
徳島市民会館（27日）
高松市民会館（28日）
スメタナ／歌劇「売られた花嫁」序曲
ハイドン／交響曲第94番「驚愕」
ベートーヴェン／交響曲第3番「英雄」<br>
4/10～18　東京労音4月例会
東京文化会館（10日）
共立講堂（14日）
渋谷公会堂（18日）
スメタナ／歌劇「売られた花嫁」序曲
ハイドン／交響曲第94番「驚愕」
ベートーヴェン／交響曲第3番「英雄」<br>
3/28　東京労音（千葉）3月例会　新宿小学校講堂
スメタナ／歌劇「売られた花嫁」序曲
ハイドン／交響曲第94番「驚愕」
ベートーヴェン／交響曲第3番「英雄」<br>
2/3　第7回定期演奏会　日比谷公会堂
スメタナ／歌劇「売られた花嫁」序曲
ハイドン／交響曲第94番「驚愕」
チャイコフスキー／交響曲第6番「悲愴」<br>
<b>1964年</b>
8/31　サマーコンサート　東京文化会館
J.シュトラウス／喜歌劇「こうもり」序曲
同／皇帝円舞曲
チャイコフスキー／舞踏音楽「白鳥の湖」より
レーウェ／マイ・フェア・レディ
ロジャーズ／回転木馬
ロジャース／南太平洋
　合唱：東京プリマ・ヴォークス
　合唱指揮：岡田和夫<br>
5/25　第6回定期演奏会　日比谷公会堂
シャブリエ／狂詩曲エスパナ
ラフマニノフ／ピアノ協奏曲第2番
ブラームス／交響曲第1番
　ピアノ：井内澄子<br>
<b>1963年</b>
12/16～27　東京労音12月例会
東京文化会館（16日）
厚生年金会館（22・25～27日）
バッハ＝ストコフスキー／トッカータとフーガニ短調
ベートーヴェン／交響曲第9番<br>
6/16・17　水戸労音6月例会　水戸市民会館
ウェーバー／歌劇「魔弾の射手」序曲
J.シュトラウス／皇帝円舞曲
シューベルト／交響曲第8番「未完成」
ベートーヴェン／交響曲第5番<br>
4/21　両毛労音4月例会　両毛小学校
ウェーバー／歌劇「魔弾の射手」序曲
J.シュトラウス／皇帝円舞曲
シューベルト／交響曲第8番「未完成」
ベートーヴェン／交響曲第5番<br>
3/10～19　東京労音3月例会
日比谷公会堂（10日）
東京文化会館（16・18日）
産経ホール（19日）
グリンカ／歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲
ベートーヴェン／交響曲第7番
同／交響曲第5番<br>
<b>1962年</b>
5/19・20　栃木労音5月例会　中央公民館
シベリウス／交響詩「フィンランディア」
同／カレリア組曲
モーツァルト／交響曲第40番<br>
4/23～30　東京労音4月例会
文京公会堂（24日）
厚生年金会館（26日）
文京公会堂（29日）
日比谷公会堂（30日）
シベリウス／交響詩「フィンランディア」
同／カレリア組曲
モーツァルト／交響曲第40番<br>
<b>1961年</b>
11/22　熱海労音11月例会　熱海市観光会館
シューベルト／交響曲第8番「未完成」
ドヴォルザーク／交響曲第9番「新世界より」
チャイコフスキー／交響曲第5番<br>
11/19　秩父労音11月例会　秩父高校体育館
シューベルト／交響曲第8番「未完成」
ドヴォルザーク／交響曲第9番「新世界より」
チャイコフスキー／交響曲第5番<br>
11/2　第5回定期演奏会　文京公会堂
シューベルト／交響曲第8番「未完成」
ドヴォルザーク／交響曲第9番「新世界より」
チャイコフスキー／交響曲第5番<br>
4/25　第4回定期演奏会　共立講堂
ビゼー／「アルルの女」第2組曲
メンデルスゾーン／ヴァイオリン協奏曲
シベリウス／交響詩「フィンランディア」
ドヴォルザーク／交響曲第9番「新世界より」<br>
<b>1960年</b>
11/28　第3回定期演奏会　大田区民会館
バッハ／組曲第3番
モーツァルト／交響曲第40番<br>
5/15　熊谷労音例会　富士見中学校
ベートーヴェン／交響曲第1番
J.シュトラウス／皇帝円舞曲
イッポリトフ＝イワノフ／酋長の行列
シューベルト／交響曲第8番「未完成」<br>
1/12　上田労音例会　上田市公民館
モーツァルト／歌劇「劇場支配人」序曲
グルック／アウリスのイフゲニア序曲
シューベルト／交響曲第8番「未完成」
ベートーヴェン／交響曲第5番<br>
<b>1959年</b>
5/17　会津労音例会　謹教小学校
ベートーヴェン／エグモント序曲
J.シュトラウス／ラデツキー行進曲
シューベルト／交響曲第8番「未完成」
ベートーヴェン／交響曲第5番<br>
<b>1958年</b>
11/12　第2回定期演奏会　日本青年館
モーツァルト／歌劇「劇場支配人」序曲
同／アイネ・クライネ・ナハトムジーク
同／ピアノ協奏曲第26番「戴冠式」
同／交響曲第41番「ジュピター」<br>
<b>1957年</b>
11/21　第1回定期演奏会　日本青年館
I 管弦楽
J.シュトラウス／ラデツキー行進曲
同／芸術家の生涯
グリーグ／ペールギュント第1組曲より「オーセの死」

II　合唱と管弦楽　世界民謡めぐり

III　管弦楽
ベートーヴェン／交響曲第5番


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    <title>1966年～1975年の自主演奏会の記録</title>
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    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.shinkyo.com/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=6/entry_id=394" title="1966年～1975年の自主演奏会の記録" />
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    <published>2008-02-08T13:30:16Z</published>
    <updated>2008-02-12T15:35:16Z</updated>
    
    <summary>（指揮は特記なしは芥川也寸志）  1975年 12/8・9　第九特別演奏会　郵便...</summary>
    <author>
        <name>松井</name>
        
    </author>
            <category term="concert" />
    
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        <![CDATA[（指揮は特記なしは芥川也寸志） <br>
<b>1975年</b>
12/8・9　第九特別演奏会　郵便貯金ホール
シベリウス／交響詩「フィンランディア」
ベートーヴェン／交響曲第9番 <br> 
10/19　第30回定期演奏会　日比谷公会堂
ブラームス／大学祝典序曲
モーツァルト／ファゴット協奏曲
ブルックナー／交響曲第4番「ロマンティック」
　指揮：山岡重信
　ファゴット：前田信吉 <br>
8/9　サマーコンサート　東京文化会館
J.シュトラウス／喜歌劇「こうもり」序曲
同／「おしゃべり」ポルカ（トリッチ・トラッチ・ポルカ）
同／円舞曲「ウィーンの森の物語」
同／ポルカ「狩」
グールド／ラテンアメリカシンフォニエッタ
ムソルグスキー＝ラヴェル／組曲「展覧会の絵」(*)
　吹奏楽：瑞穂青少年吹奏楽団(*)
　ツィター：河野保人 <br>
6/1　第29回定期演奏会「ストラヴィンスキー三部作」　渋谷公会堂
ストラヴィンスキー／舞踏組曲「火の鳥」（1919年版）
同／舞踏組曲「ペトルーシュカ」（1911年）
同／舞踏組曲「春の祭典」
　ピアノ：渡辺達 <br>
4/23　新響鯨特別演奏会　文京公会堂
シューベルト／交響曲第8番「未完成」
モーツァルト／レクイエム <br>
<b>1974年</b>
12/15　ペトルーシュカ（第28回定期演奏会） 　東京文化会館
ベートーヴェン／交響曲第8番
芥川也寸志／絃楽のための三楽章
ストラヴィンスキー／舞踏組曲「ペトルーシュカ」
　ピアノ：渡辺達 <br>
8/10・25　サマーコンサート　東京文化会館（10日）　神奈川県立音楽堂（25日）
ハチャトゥリアン／ガイーヌより第1組曲
ビゼー／カルメン第1組曲
同／「アルルの女」組曲よりファランドール
チャイコフスキー／舞踏音楽「白鳥の湖」より（ナレーション付）
　おはなし：黒柳徹子（東京公演）、芥川也寸志（横浜公演） <br>
5/17　芥川也寸志と弘中孝（新響名曲コンサート）　杉並公会堂
ベルリオーズ／ローマの謝肉祭序曲
ベートーヴェン／ピアノ協奏曲第4番
ドヴォルザーク／交響曲第8番
　ピアノ：弘中孝 <br>
3/31　新響とショスタコーヴィチ（第27回定期演奏会）　東京文化会館
モーツァルト／交響曲第35番「ハフナー」
ドビュッシー／牧神の午後への前奏曲
ショスタコーヴィチ／交響曲第5番 <br>
<b>1973年</b>
12/19・21　新響第九特別演奏会　中野サンプラザホール
ワーグナー／楽劇「トリスタンとイゾルデ」より前奏曲と愛の死
ベートーヴェン／交響曲第9番 <br>
11/5　第26回定期演奏会　中野サンプラザホール
メンデルスゾーン／交響曲第4番「イタリア」
モーツァルト／ピアノ協奏曲第26番「戴冠式」
ストラヴィンスキー／舞踏組曲「火の鳥」
　ピアノ：小栗豊 <br>
8/18　サマーコンサート　東京文化会館
ベートーヴェン／交響曲第6番「田園」
プロコフィエフ／ピーターと狼
ガーシュウィン／パリのアメリカ人
　指揮：芥川也寸志、小林研一郎
　語り手：浪花千栄子 <br>
3/24・25　チャイコフスキーの夕べ（第25回定期演奏会）　東京文化会館（24日）　神奈川県立音楽堂（25日）
チャイコフスキー／イタリア奇想曲
同／ヴァイオリン協奏曲
同／交響曲第6番「悲愴」
　ヴァイオリン：徳永二男 <br>
<b>1972年</b>
12/15・17　新響・鯨特別演奏会”第九”　日比谷公会堂
ベートーヴェン／交響曲第9番
　指揮：小林研一郎 <br>
11/12　第24回定期演奏会　東京文化会館
ベルリオーズ／劇的物語「ファウストの劫罰」より
モーツァルト／2台のピアノのための協奏曲
ベートーヴェン／交響曲第7番
　ピアノ：池場文美、中井正子 <br>
4/2　第23回定期演奏会　東京文化会館
モーツァルト／交響曲第36番「リンツ」
ベートーヴェン／ピアノ協奏曲第4番
ベルリオーズ／幻想交響曲
　指揮：小林研一郎
　ピアノ：遠藤郁子 <br>
2/7　新響新春特別演奏会　日比谷公会堂
バッハ＝ストコフスキー／パッサカリアと小フーガ
メンデルスゾーン／ヴァイオリン協奏曲
マーラー／交響曲第1番 <br>
<b>1971年</b>
12/15・17　第九特別演奏会　日比谷公会堂
バッハ＝ストコフスキー／パッサカリアと小フーガ
ベートーヴェン／交響曲第9番 <br>
10/28　第22回定期演奏会　厚生年金会館
芥川也寸志／交響管絃楽のための音楽
モーツァルト／フルート協奏曲第2番
マーラー／交響曲第1番「巨人」
　フルート：澄川千津 <br>
8/10　サマーコンサート　東京文化会館
タイケ／旧友
メンデルスゾーン／結婚行進曲
チャイコフスキー／「くるみ割り人形」から行進曲
エルガー／威風堂々
ブリテン／青少年のための管弦楽入門
リムスキー＝コルサコフ／交響組曲「シェエラザード」
　指揮：芥川也寸志、小林研一郎 <br>
4/18・22　第21回定期演奏会　千葉県文化会館（18日）　虎ノ門ホール（22日）
バッハ／管弦楽組曲第3番
ベートーヴェン／ヴァイオリン協奏曲第3番
ブラームス／交響曲第3番
　ヴァイオリン：徳永二男 <br>
<b>1970年</b>
12/21・23　新響第九特別演奏会　共立講堂
バーバー／弦楽のためのアダージョ
ベートーヴェン／交響曲第9番 <br>
11/4　第20回定期演奏会　共立講堂
モーツァルト／歌劇「後宮よりの逃走」序曲
シューベルト／交響曲第5番
チャイコフスキー／交響曲第4番
　指揮：外山雄三 <br>
8/20　サマーコンサート　東京文化会館
スッペ／喜歌劇「軽騎兵」序曲
オッフェンバック／喜歌劇「天国と地獄」序曲
ニコライ／喜歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」序曲
リスト／ハンガリー狂詩曲第2番
ヘンデル／「水上の音楽」組曲
グローフェ／組曲「大峡谷」 <br>
4/13　第19回定期演奏会　日比谷公会堂
リスト／交響詩「前奏曲」
ハイドン／交響曲第101番「時計」
ムソルグスキー＝ラヴェル／組曲「展覧会の絵」 <br>
<b>1969年</b>
12/21　鯨・新響特別演奏会“メサイア”　厚生年金会館
ヘンデル／オラトリオ「メサイア」 <br>
10/27・11/2
熊本市民会館（10/27）
福岡市民会館（11/2）
J.シュトラウス／喜歌劇「こうもり」序曲
チャイコフスキー／ヴァイオリン協奏曲
ドヴォルザーク／交響曲第9番「新世界より」 <br>
10/26～11/4　第1回九州沖縄芸術祭参加演奏旅行
琉球大学ホール（26日）
佐賀市民会館（29日）
長崎市民会館（30日）
大分文化会館（11/1日）
北九州市小倉市民会館（2日）
都城市民会館（3日）
鹿児島文化センター（4日）
J.シュトラウス／喜歌劇「こうもり」序曲
シューベルト／交響曲第8番「未完成」
ドヴォルザーク／交響曲第9番「新世界より」 <br>
8/4　サマーコンサート　東京文化会館
J.シュトラウス／喜歌劇「こうもり」序曲
同／円舞曲「ウィーンの森の物語」
チャイコフスキー／舞踏組曲「眠りの森の美女」から
グローフェ／組曲「ミシシッピ」
ロジャース／南太平洋
ポーター／カン・カン
レーウェ／マイ・フェア・レディ
　合唱：東京混声合唱団 <br>
4/1　第18回定期演奏会　東京文化会館
J.C.バッハ／シンフォニア変ロ長調
ベートーヴェン／ピアノ協奏曲第1番
ショスタコーヴィチ／交響曲第5番
　ピアノ：岡村梨影 <br>
2/2　特別演奏会（石岡）　石岡市市民会館
J.C.バッハ／シンフォニア変ロ長調
モーツァルト／交響曲第40番
ベートーヴェン／交響曲第5番 <br>
<b>1968年</b>
12/23・26　第九特別演奏会　日比谷公会堂 <br>
10/14　第17回定期演奏会　虎ノ門ホール
モーツァルト／歌劇「魔笛」序曲
同／交響曲第40番
同／モテット「おどれ、喜べ、なんじ幸いなる魂よ」
同／交響曲第41番「ジュピター」
　指揮：近衛秀麿
　ソプラノ：常森壽子 <br>
4/8　第16回定期演奏会　厚生年金会館
ブラームス／大学祝典序曲
メンデルスゾーン／ヴァイオリン協奏曲
ベルリオーズ／幻想交響曲 <br>
<b>1967年</b>
12/14　第15回定期演奏会　日比谷公会堂
コレルリ／合奏協奏曲ハ長調作品6の10
ドビュッシー／小組曲
ブラームス／交響曲第2番 <br>
9/25～10/3　ソビエト演奏旅行
ハバロフスク（25日）
イルクーツク（27日）
モスクワ（29、30日）
レニングラード（10月3日） <br>
8/17　訪ソ記念新交響楽団特別演奏会　東京文化会館
伊福部昭／交響譚詩
カバレフスキー／組曲「道化師」より
芥川也寸志／絃楽のための三楽章
チャイコフスキー／交響曲第5番 <br>
4/17　第14回定期演奏会　日比谷公会堂
ベルリオーズ／序曲「ローマの謝肉祭」
ハチャトゥリアン／舞踏組曲「ガヤネー」第1番
レスピーギ／リュートのための古風な舞曲とアリア　第3番
ブラームス／交響曲第4番 <br>
<b>1966年</b>
12/19　創立10周年記念ベートーヴェン・チクルス第4回　虎ノ門ホール
ベートーヴェン／交響曲第8番
同／交響曲第9番
　独唱：S常森壽子　A福島久貴子　T金谷良三　B常森闘士
　合唱：東京プリマ・ヴォークス　日本合唱団
　合唱指揮：岡田和夫　芥川也寸志 <br>
11/7　創立10周年記念ベートーヴェン・チクルス第3回　虎ノ門ホール
ベートーヴェン：序曲「エグモント」
同／交響曲第6番「田園」
同／交響曲第7番 <br>
10/2　創立10周年記念ベートーヴェン・チクルス第2回　虎ノ門ホール
ベートーヴェン／「レオノーレ」序曲第3番
同／交響曲第4番
同／交響曲第5番 <br>
9/5　創立10周年記念ベートーヴェン・チクルス第1回　虎ノ門ホール
ベートーヴェン／交響曲第1番
同／交響曲第2番
同／交響曲第3番「英雄」 <br>
4/4　第9回定期演奏会　日比谷公会堂
ボロディン：交響詩「中央アジアの草原にて」
伊福部昭：交響譚詩
芥川也寸志：絃楽のための三楽章
シベリウス：交響曲第2番
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